029
「ソフィ、クリアランスの呪文の詠唱はこれで正しい?」
「う~ん、ここが『清涼』じゃないと発動しない」
「『清潔』じゃないのか。ありがとう」
僕はおばさんに習った簡易魔法の呪文を紙に書く。おばさんとレイが鉢合わせした時はちょっと騒動になったけど、僕が雇った魔法の講師だと説明したら全員が落ち着いた。レイは何を心配していたのだろう? 僕達三人はおばさんからクリアランスの魔法の手ほどきを受けた。レイは一回、ソフィも三回で成功したのに僕だけ発動する兆しが無かった。加護の差と納得するしかない。それでも呪文を覚えていればいずれ役に立つ。僕だって加護を授ける方法があるんだ。自分自身に使えば簡易魔法だって発動する。
「俺に聞けよ!」
レイが不満そうだ。
「じゃあ清書したのが正しいか確認して」
「任せろ!」
僕は清書しながら雑談を続ける。
「しかし簡易魔法には様々な魔法があるみたいだ。おばさんが知っているのはライトとゴーストサウンドだけだったのは残念だ」
おばさんが羅列しただけで二十近くあった。中には使用者が極端に少ない簡易魔法もあるので全部覚えるのは不可能だ。
「水路掃除はライトと言う灯りの魔法を使うと聞いた時はアイクの頭をねじ切りそうになったわ!」
ソフィは憤慨しているけど、追加料金を払ってもライトを覚えられなかったソフィが言っても空しいだけだ。
「水路掃除に行くなら俺を誘え。ライトを一回で極めたからな!」
レイが珍しく対抗意識を燃やしている。領主の館生活がそんなにストレスなのだろうか?
「そういうレイはゴーストサウンドがいつまでも使えないじゃない!」
ソフィが喧嘩腰になる。ゴーストサウンドは少し離れた所でタップ音を出す魔法だ。何かの拠点を攻略するなら役に立ちそうな魔法だ。
「相性があるんだよ、きっと」
「だろうね。でも三種だけだと方向性が見えない」
僕はそう締めくくって清書した三枚をレイに渡す。レイはこれ幸いとソフィとの会話を打ち切る。
「他に当てあるの? あのおばさんは変に協力的だったけど」
ソフィはもっと魔法を学びたそうだ。
「そうだね。纏まった金を優先したんだと思う。教えずに毎日クリアランスを使った方が長期的には儲かる」
僕とソフィが冬の間の出稼ぎだったのが大きい。それと未成年だから魔法を覚えられない方に賭けた。まさかレイとソフィの二人に覚えられるとは思っていなかったはずだ。それに僕達三人が文字を書けるとも思っていなかった。だから詠唱を覚えられなければすぐに忘れると期待した。でも今回の一件で僕達の事は簡易魔法を使うコミュニティ内で噂になる。同じ手はもう使えない。
「銀貨300枚なんて出すバカはそういないもの」
簡易魔法一つに銀貨100枚。それほど悪い取引じゃないと思う。
「となると図書館か私塾かな」
両方とも入るのが難しい。図書館には入りたいけど紹介状が必要だ。あの執事長に頼めば用意してくれると思うけど、お返しに何を求められるか想像もつかない。レイ絡みの事だったらリスクが高すぎる。私塾も同じだ。その上で結構な資金が必要だ。それに私塾だから「呪文だけ教える」なんて事にならず、魔法を体系だって教えるはずだ。ソフィにはそんな悠長な事をやっている時間が無い。
「なら俺が入れるようにするぜ?」
「待った!」
「何だよ? 不満か?」
「今回はね。だってレイに無理をして貰う事になる」
「別にアイクのためなら」
「バカ過ぎ! アイクは魔法を使えないのよ!」
ソフィが怒鳴る。
「あっ!」
レイも気付く。レイは僕のために動くと言っていたけど、メリットを享受出来るのはソフィだけだ。
「僕だって図書館の蔵書には興味があるよ? でも本漁りが今必要かと言われるとね」
成人したら一年くらい本に埋もれたい。でも今は来年一年を越すための蓄えを稼ぐのが優先だ。他にはモールスヴィルがこの冬を越せる物資を少量でも都合付ける必要がある。出稼ぎに行っている僕達がモールスヴィルへ何も送らないと村全体から白い目で見られる。
「そうか」
「魔法については今後の課題にして、まずはどうやってお金を稼ぐか。そしてどうやってモールスヴィルへ物を届けるか」
「俺の給料を前借りすれば結構な額になるぜ」
「ほどほどにね。僕達の生活費にもなるんだし」
「地道に依頼を受けても金にならないわよ」
ソフィが鋭い指摘をする。稼ぐのなら冒険者ギルドとは関係ない所で稼ぐしかない。今の僕達なら山賊業が一番稼げる。それは流石に駄目だから山賊退治? でもレイが居る中でそれをやれば領主に止められる。大きく稼ぐのはレイが領主の館で仕事をし出す十二月以降だ。
「二度手間だけど、二回送ろう」
「「二回?」」
「ああ。レイが仕事を始めたら領主様にモールスヴィルへ物資の発送を頼むんだ。そうしたらお抱えの行商人が向かうはずだ。それに僕とソフィは同行して荷物をモールスヴィルへ届ける」
これにはレイが給料の前借りをする前提だ。僕が反対してもレイはやる。ならせめて僕達にメリットがある形でやりたい。
「二人だけで帰っても構わないけど?」
ソフィが実現不可能な事を言う。
「!! 絶対に行商人を手配させる!」
「レイ、そんなに力強く言う事か?」
「か、覚悟! 覚悟を示すためだ! 問題無い!」
「分かった、分かった」
「となると一月くらいは水路掃除で潰すのね?」
「いや、水路掃除はもう数回やればもっと実入りの良い仕事になるはずだ」
「俺の時もそんな感じだった」
「なら、期待出来そうね。何があるの?」
「城壁修理」
「前言撤回よ!」
「レイ、他には商人の手伝いとかあると聞いたぞ?」
「あ、あ~? でもあれって数学が出来ないと駄目だし」
「それは早く言いなさい、バカ!」
数学が得意なソフィが怒る。僕も数学は得意な方だ。何せ割り算が頭の中で出来たら天才扱いなんだ。大人になって食い扶持を稼ぐだけならこれで十分なほどだ。
「はは、すっかり忘れていたぜ!」
わざと言わなかったな!
「で、僕としては二日働いて一日休むくらいでやっていきたい」
「俺も……と言いたいが三日に一度くらいしか来られそうにないぞ!」
「一体何をやっているのか、今度覗きに行きましょうか?」
キヒヒとソフィが笑う。
「く、来るな! 絶対だぞ!」
「行きたくても門番が入れてくれないって」
「そ、そうだな!」
「レイが来る日は三人でギルドの依頼を受けよう。レイが居ない日は稼げそうな依頼をやる。休みの日は自由だ」
「夜まで寝ている」
「それも良いな。僕は御者ギルドへ行ってみる」
「「御者?」」
「ソフィと冒険に行くのなら馬車があった方が良いだろう? 御者ギルドは金を払えば御者の基礎を教えてくれるらしいんだ」
聞くところによると基礎だけだ。御者が増えて商売敵が増えたら堪らない。でも御者ギルドに所属せずとも馬車を持つ人間は多い。そういう素人がギルドの馬車と事故を起こすと面倒だ。御者ギルドが預かった高級な荷物に何かあればギルドの責任だ。事故を起こした素人に責任を追及しようにも払えないか逃げた後だ。なので最低限の交通ルールと馬の扱い方を有料で教えているらしい。筋が良ければ勧誘があると思うけど、僕は最初から断るつもりだ。
「ムカつく」
ソフィが何に怒っているのか分からない。
「レイ! 蔵書とかあるんでしょう? そこから魔法の本を一冊パクってきて!」
「ええ!?」
「レイ、パクらず領主様に貸し出しを申請したら良いから。一冊くらいなら目くじらを立てる事は無いはずだ」
パクった方が明らかに問題だ! ソフィが宿屋で読書をするのなら反対する人間は少ないはずだ。
「分かった。領主様に頼んでみるぜ!」
ナチュラルに領主に頼む事が第一案なレイに不安を覚える。
「執事長も一冊くらい持っていないか?」
せめてワンクッション入れよう。
「う~ん、あいつは加護を持っていないから無いと思うぜ?」
「はぁ。そういう人ほど魔法を使えるようにと面白い蔵書を持っていると思うよ?」
僕の前世では「将来使えるかも」と言って大量に雑学の本を仕入れていた気がする。忍法を始め結構役に立っているから、無駄では無かったと前世を慰めておこう。
「え~。アイクが言うのなら聞いてみるけど」
嫌そうな表情のレイを見て、ソフィがまた変に弄ろうとする。それを僕が必死に仲裁する。モールスヴィルでもスルーブルグでもいつもの光景だ。
応援よろしくお願いします。




