028
「臭い」
「確かに」
スルーブルグへ到着して三日経った。僕とソフィは冒険者ギルドで受けた最初の仕事をやっている。仕事は地下水路の掃除だ。レイはいない。初日に宿屋で別れてから数日は帰って来られないと執事長が言っていたので僕とソフィはその間に初心者用の依頼を受ける事にした。レイはこういうのを去年既にやっているはずだ。だから僕たちに付き合わせるのは悪いと思って二人で頑張る事にした。
「他に無かったの?」
ソフィが文句を言う。それは分かるけど、これにはちゃんと理由がある。
「これが一番評価が高い」
薬草採取、ゴミ集め、そして水路掃除の三つが新人冒険者の定番だ。臭くない薬草採取が一番人気だ。しかしモールスヴィル時代の経験から薬草は発見し辛いのが分かっていた。それにソフィを連れて森の中を彷徨うわけにはいかない。村の森ではソフィがゴブリンの背中に乗って移動していたので問題が無かった。ここでそれをやって誰かに目撃されたら大問題だ。村ではただでさえ魔女と恐れられている。スルーブルグも同じ考えに至ればソフィの命が危ない。ソフィの加護は炎魔法系と確実視されているから、テイマー系では無いと判断される。そしてテイマー系以外でモンスターを従えられる加護は知られていない。人は未知を怖がる。知るくらいならソフィを殺した方が早いと結論付ける。
黄昏で人類の生存領域が減っているのは、こういう姿勢が関係しているのじゃないかと邪推する。黄昏とは、加護とは、そしてモンスターとは何かをもう少し調査すれば今よりマシな状況になるのではと考える。無論、今の人類にそれに費やすリソースそのものが無いので「モンスターはとにかく殺す」以上の方法を取れない。
薬草採取がアウトなら残るはゴミ集めと水路掃除だ。両方ともスルーブルグの中で完結する。ゴミ集めの方が奇麗だけど辛い肉体労働になる。それにゴミ集め(・・)だから糞尿だろうと持ち運ばないといけない。僕は我慢できるけど、片腕しか使えないソフィでは荷運びは難しい。それとソフィは町の人に奇異の目で見られるのは避けられない。それでソフィが切れたら大火事待ったなしだ。そして放火は斬首と決まっている。ソフィ、そしてスルーブルグのためにゴミ集めは無しだ。
消去法で水路掃除だ。しかしこれが案外悪くない。地下、暗い、臭いと最悪の場所だけに仕事をやり切れば冒険者ギルドで高評価を得られる。聞いた範囲ではこれを10回ほど繰り返せばもうちょっと実入りの良い新人用の依頼を出してくれるらしい。成人していたらこんな面倒な事をせずにゴブリン退治で稼ぐけど、ゴブリンを倒しても換金出来ないのならやるだけ無駄だ。
「で、何処まで進めば良いの?」
松明代わりに炎の魔法で辺りを照らしているソフィが問う。
「通路をもう二つほどだ。急いできっちりブラシ掛けするから!」
支給されたデッキブラシを下水で濡らし、床と壁をブラッシングする。見た目が奇麗なら良いらしいのでそれほど頑張る必要はない。偶に固まっている穢れはソフィに焼いて貰う。下水へ落とせるものは黙って落とす様に言われているのでその通りにする。死体とか重い物は何処かで詰まるのじゃないかと心配したけど、そう言うのは一か所に流れ着く様になっていると聞いた。そして一人前の下水掃除人はそこで色々漁って(・・・)かなり裕福な暮らしが出来るらしい。僕は絶対にやりたくない。あ、そう言えばゴミ集めの方も一定の実績があればゴミ山を漁った良いって話を聞いた。こう言う行為は既に利権化していて、社会の中に組み込まれているのか。
「何一人で頷いているのよ?」
「何でもない。ちょっと町の社会構造を知れたと思って」
「はぁ?」
ソフィが馬鹿を見る様な目で僕を見る。
「よ、よ~し頑張って作業を終わらせる!」
それからは黙って作業を進めた。こんな臭い所であんなセリフを吐けばそう思われても仕方が無いか。
下水道を出たら外は夕焼けだった。
「思ったより潜っていたか?」
「誰かがシミを取るのに真剣になったからね」
「あれは気になるだろう?」
「全然」
「そんな!」
ソフィとそんな話をしながら監督に終了印を貰う。これを明日冒険者ギルドへ提出したら仕事完了だ。今から行っても良いけど、年少冒険者は夜はお断りとなっている。そうでなくても酔っぱらってゲロをぶちまける冒険者の巣窟に変わるので近づきたくない。この世界では正確に時間を計れる時計はまだ普及していないけど、日の出から計算して冒険者ギルドがもっとも安全なのは朝の8時から10時くらいまでだ。まるで計ったかの様にゴミ集めと水路掃除は11時から始まる。
「クリアランス、一回半銀貨でやっているよ!」
「クリエイトウォーター、コップ一杯で一銀貨! 安いよ!!」
作業が終わるのを待っていたのか、辻魔法売りが商売を始めていた。魔法は加護が無いと使えない。だからここに居る人たちはある程度のエリートのはずだ。しかし加護があっても確実に成功するわけじゃない。そうしてこう言う場末で安い魔法を売って生計を立てる生活を余儀なくされる。
「この匂いで宿屋に入れる?」
ソフィが「クリアランスしろ!」と暗に言う。
「大衆風呂が四銀貨だから1/8か。安い方かな?」
「……」
「分かった、分かった! お~いクリアランス二回!」
なので近くに居たクリアランス売りを呼びつける。見た目四十代のおばさんだ。実際はもっと若いのかもしれない。
「まいど! 先払いだよ。それと二人だからってまけないから!!」
性格はきつめだ。
「大丈夫。銀貨一枚」
「良し、本物だね。じゃあ、……クリアランス!」
クリアランスの前に小声で呪文を唱えていたみたいだ。僕が知る唯一の魔法使いであるソフィは呪文なんて唱えないから新鮮だ。体を光の粒粒が覆ったと思ったら匂いがマシになった。風呂に入る事に比べてどっちが奇麗かは判断に困る。何せ大衆風呂は大人の商売を普通に提供している。実際はかなり不潔な可能性がある。
「匂いは取れたみたいね」
ソフィは結構ご満悦だ。
「ほら、行った行った、次の客の邪魔だよ」
次の客なんていないけどね。
「おばさん、魔法を教える事は出来る?」
「あ? 私の商売を取ろうってのかい?」
「まさか。でも僕達が魔法を使えたら楽だと思ってね」
「加護が無いと幾ら唱えても何も出やしないよ!」
「ソフィはファイアアローを出せるから、たぶん大丈夫」
「ひ? その歳でかい?」
「悪い!」
ソフィが睨む。だからすぐに喧嘩腰にならないで欲しい。
「どうだろう? ある程度の金なら出せる」
「クリアランスなら銀貨100枚。他の簡易魔法なら要相談」
「良し! それで契約成立だ」
「値切りなさいよ!」
「冒険者ギルドの賭けで儲けたから大丈夫だ」
僕とレイの勝ちで二回儲けさせてもらった。宿屋が良いとしても、下手にこの金を持っているのは危険だ。なら噂が広まりそうなところで盛大に使い切った方が安全だ。
「で、何処に教えるんだい? 流石にここは無理だよ」
「僕たちの宿屋に明日来てよ。三人目も居るはずだし」
「やれやれ。何処だい?」
「『柏木の新芽』ってところ」
「は? 結構良い所止まっているじゃないか!」
「ちょっと紹介して貰える伝手があってね」
「それなら私なんかより……おっと今更払わないなんて無しだよ!」
「それは大丈夫。宿屋はあっちの都合で教えて貰えたけど、他の事には頼れない」
僕とソフィが頼んでも無視されたのは間違いない。レイを使う感じになったのでちょっと後ろめたい。でも安全な宿屋確保は死活問題だ。これくらいはきっと許してくれる。
その日はそのまま宿屋へ帰った。そして次の日、おばさんとレイがほぼ同時期に訪ねて来た。
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