023
「やっと収穫が終わったね」
「まったく、村長の奴は俺たちをこき使い過ぎだ」
僕はレイと作業が終わって山積みにされた麦を見ながら談笑する。他の小作農も似た様なものだ。
「今年は去年よりは暖かったみたいだ」
「そうだが……」
レイが渋い顔をする。僕は詳しく分からないが、大人の話を総合すると収穫量が去年より少ない。ソフィの計算では僕たちの税金を払えるだけの収穫はあるが冬を越す余裕は無いとの事だ。僕たちは森で密漁するなり、スルーブルグで冒険者になったり幾らでも稼げるので心配する事は無い。土地持ち農家になると蓄えが無いとギリギリ払えないそうだ。払った後には来年植える種が残る程度で、冬を越せるかは賭けになる。こうなっては村長の立場がかなり悪くなる。収穫量を維持する約束で強権を発動させたところ、良い気候に恵まれたのに結果を出せなければ領主の怒りを買うのは確定的だ。教会が取りなせば何とかなるかもしれないが、村長と教会は対立している。教会がどんな条件を提示するか、そしてそれを村長が受け入れるか、僕には想像もつかない。この五か月、僕なりに調べてみたが村長と教会は見ている物が違う程度しか読み切れなかった。レイが何か知っているみたいだけど僕には教えてくれない。無理やり聞き出すのは悪いし、僕はレイを信じる。
収穫後の感謝祭は人が増えて賑やかになった。しかし増えた人口と出される料理量の減少で思ったより鯖しい祭りになってしまった。若い男が若い女を茂みに連れ込む恒例のイベントは起きそうにないし、今年は話題になりそうな出来事は発生しそうにない。暇なのか大人達が僕達三人をチラチラ見ているから落ち着かない。
「どうする?」
特にやる事が無いし家に帰るか?
「助祭に呼ばれているんだ。悪いが一人で行ってくる」
レイが一抜けだ。
「ティムを虐めてくる」
ソフィも抜けた。身重のおばさんの事が気になるのだろう。あっちは羊を潰せば冬を越せそうだけど、去年よりはきついのは間違いない。
「先に帰っている」
そして二人の盛大な愚痴大会に備える。この手の話は穏当に終わったためしがない。僕みたいに積極的に回避すれば良いのに、二人は積極的に踏み込んでいくから大変だ。つばらくすると外からカッカッカッと杖の音が聞こえる。音から爆発寸前だと分かる。
「ぶっ殺す!」
ドアを無造作に開けて不機嫌なソフィが入ってくる。そしてドカッと椅子に座る。
「祭りからサイダーをパクッて来たけど、飲む?」
「……」
ソフィは無言で飲む。
「金が無いって! なら死になさいよ!」
飲み干したコップの中を見ていると思ったら突然叫び出した。
「まあまあ、落ち着いて」
「私に頼るな! くそ、ムカつく!」
「わかるけどさ」
おばさんの生活は厳しいのは分かっていたけど、ソフィに集るほど悪いのか。最悪ソフィを奴隷商人に売ろうとするか? おばさんは気付いていないのか目を背けているのか。加護持ちのソフィはかなり高額な奴隷になる。幾らになるか分からないけど、最低でも貧農が数年暮らせる程度の金額になる。
「はぁ、これを売ろう」
僕は足元にある熊の絨毯を指さす。二頭の熊の内、一つはクレセクへ売った。凄く良い金になった。それの売り上げで三人の新居を整える事が出来た。入居した当初は椅子すら無かったから、今の家ではかなり文明的な生活が出来ていると思う。もう一つはクレセクの伝手で絨毯にしてもらった。売っても良かったけど、小作農が金を持っていれば盗んでくれと同義だ。熊の絨毯ほどかさばるものだと盗み辛い。
「せっかく暖かいのに」
「僕たちの持ち物で換金出来そうなのはこれだけだ」
冒険者を始める際の装備資金にする予定だったけど、それは僕のカードで何とかなりそうだ。形見の剣、鉄の剣、鉄の盾2つが手元にある。ソフィのための魔法使いのロッドも村を出たら召喚出来る。ソフィが突然ロッドを持つようになると怪しまれるのでカードのままだ。何らかの方法でスルーブルグへ行ければ購入したと言い訳が立つけど。……待てよ?
「バカ。死ねと言って見捨てなさいよ!」
「ふふふ。ただで助けるなんていつ言った?」
「お人好しのアイクが悪ぶっても……」
「格好つけたい男心を分かってよ!」
「むーりー!」
「はぁ。熊の絨毯を換金するバーターで冬の間にスルーブルグへ行く許可を貰おう」
おばさんの旦那は土地持ち農民だから村の政治へ参加出来る。ナイマー村から来た住人の代弁者としてかなり重要な立場なのだけど、叔父である元村長の操り人形でしかない。彼が議題で僕達三人が冬の間はスルーブルグで出稼ぎ出来る様に提言すれば十中八九許可が出る。許可が出なくても行くだけだ。でもモールスヴィルの一員で居るのなら村の支配層の許可を取らないと村八分にされてしまう。今は腫物を扱う様な扱いを受けているが、まだ僅差で村八分を回避出来ている。
「森は……難しいか」
ソフィがため息をつく。熊の絨毯を売るより森で野生動物を乱獲した方が将来的な収支はプラスになる。
「狩人が今後10年は狩り禁止と言ったし」
北の森の惨状を調べた狩人が動物が森へ戻ってくるまで立ち入り禁止を宣言した。良い迷惑だけど僕とソフィを名指しで東と南の森への侵入を禁止した事に比べたら理解出来る。その時のソフィを諫めるのは大変だった。お気に入りのクーちゃんの安全のためだと言ってやっと説得出来た。
だからこの村を出るのが重要になる。スルーブルグへ行くと言えば反対する大人は少ない。スルーブルグ近くにある滅んだ村で数週間過ごしても誰も気付かない。そこでなら熊だろうとモンスターだろうと乱獲し放題だ。スルーブルグの冒険者ギルドへ伝える際の辻褄を考える必要はあるかもしれない。ブラノックに聞いた限り、駆け出し冒険者なんて誰も気にしないそうだが、僕たちのパーティーには領主が気に入ってるレイがいる。変に目を付けられる可能性は常に考えておかないといけない。
後はレイをどうやって説得するか。レイは冬になったらスルーブルグへ行くため、早くここを出る理由が無い。一緒に行ってくれると思うけど、村の仕事をこなすことを優先するかもしれない。僕が言えた義理では無いけど、レイはもう少し自分自身の事を大切にした方が良いと思う。正しい事をやろうとする余り、レイは無自覚に搾取されている。小作農の立場は弱いからある程度は仕方がないと割り切るけど、こんな生活をずっとさせ続けるわけにはいかない。
「ただいま……」
ソフィと話し込んでいたらレイが帰って来た。こんな不機嫌なレイを見たのはいつ以来だろう。ナチュラルに煽るソフィすら空気を読んで空っぽのコップを口に当てている。
「どうした?」
「助祭がスルーブルグへ行けって五月蠅い。領主の館へ行くまでまだ二か月近くあるのに!」
「でもここよりはマシじゃない?」
「そんな事をしたらアイクとソフィと離れ離れになるじゃないか!」
「レイは何時に成ったらアイク離れ出来るのかぁ?」
ソフィが悪そうな笑みを浮かべる。
「でも丁度良かった。助祭も利用出来そうだ」
「何が?」
「僕とソフィもスルーブルグへ行こうと思っているんだ」
僕はソフィのおばさんのために熊の絨毯を売る話をする。それを梃子にスルーブルグで年少冒険者になって小銭を稼ぐ案まで披露する。
「う~ん、俺が冒険者になった時は大人の後ろ盾が必要だったぜ。二人だけだと無理じゃないか?」
「冒険者になっているの?」
「アイク、裏切り者! 裏切り者が居るわよ!」
「去年騎士団長のおっさんに案内して貰って。師匠とはその時に知り合ったんだ」
騎士団長同伴で冒険者登録するって、領主はどれだけレイが好きなんだ? もう「お手付きじゃない」と言っても信用できない! それでも僕たちの友情は不変だ!
「ブラノックさんに頼んでみようか」
「それなら俺が師匠に話すぜ! 一人で冒険者をやるのは危険だと言っていたから!」
レイが前向きだ。
「ならそれを基本に大人たちに話を持っていこう」
そうして多少の変更を余技無くされながらも僕たちのスルーブルグ行きが決まった。
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