021 *
「カァ!」
少し先からダイアクロウの鳴き声が聞こえる。
「急げ! あんなモンスターが村の近くで活動しているなんて聞いてない!」
モールスヴィルの屯田冒険者として赴任してきたブラノックは焦っていた。日課のストレッチをしていたら上空を家畜殺しとして有名なダイアクロウが飛んでいた。ダイアクロウはゴブリンより弱いが、空を飛んでいるために攻撃を当てるのが難しい。それに家畜殺しの名に恥じぬ家畜と子供を専門に狙う奇襲型ハンターのため、一般の冒険者パーティーではその姿を一度も目視出来ない内に家畜が全滅する事さえある。一羽が近くに巣を作ればモールスヴィル規模の村だと数か月で滅びる。
ブラノックは同じ冒険者パーティーで屯田冒険者を始めたデンゲルに声を掛け矢を射って貰った。しかしダイアクロウはそれを華麗に回避し森の方へ飛んで行った。ブラノックはグレートソードと革の鎧だけを持って急いで後を追った。白の加護しか持たないブラノックは剣の腕だけで赤ランク一歩手前までなった冒険者だ。もし黄の加護を持っていれば領主が騎士に抜擢していたと言われるほど腕は確かだった。そんな彼を持ってしてもダイアクロウを倒す事は絶望的だが、攻撃を受けたと思ってモールスヴィルから逃げてくれたら御の字だ。ダイアクロウはリスクを取らないと信じられている。敵が滞在する村より襲いやすい村を狙うはずだ。狙われた村はたまったものではないが、それはブラノック、そしてモールスヴィルには関係が無い。
「敵はゴブリンと聞いていたのに、これは特別ボーナスが無いとやってられないぜ」
デンゲルは弓矢とダガーを持ってブラノックの後ろを走る。弓矢は最低限扱える程度だ。南の方を調査している狩人が居ればデンゲルは弓矢を持たずに追跡に専念していた。デンゲルはこの巡り合わせの悪さに愚痴を吐く。そもそもケチの付き始めはブラノックが冒険者パーティーの女性二人を同時に妊娠させた事だ。実働が四人から二人に落ちれば稼ぎは雀の涙になる。幸いブラノックが見込みのある少年に剣を教える仕事を取って来たので湖口は凌げると思った。まさか屯田冒険者になる事が条件とは思っていなかったデンゲルは盛大に抗議したが、三対一では端から勝ち目なんて無かった。数年だけ農民の真似事をしてゴブリン駆除に精を出せば良いと思っていたら、冒険者に嫌がらせをする事が存在意義と揶揄されるダイアクロウを見つけてしまった。どちらかが死ぬまで付きまとわれては嫌だなと思いながら急いで歩を進める。
「君は! 大丈夫か少年!」
「あ、はい。お二人は?」
警戒しながら後退る少年。ブラノックは余り期待出来ないと値踏みする。デンゲルは面倒な戦い方をしそうだと警戒を強める。
「俺はモールスヴィルの屯田冒険者になったブラノックだ。こちらは相棒のデンゲルだ。俺たちはダイアクロウを追って来たんだ。襲われなかったか?」
「ああ、モールスヴィルの! 僕はアイクです。狩人の真似事をさせられています」
「おお、君がアイクか。となると確かもう一人……」
ブラノックがソフィの名前を思い出せそうになった瞬間、ブラノックとデンゲルは後ろに飛びのき武器を構えた。
「え? あの、どうしたんです?」
困惑する少年を無視して、ブラノックとデンゲルは少年の背後を睨む。
「俺が時間を稼ぐ。デンゲルは急ぎ知らせろ」
「逃がしてくれるかよ!」
この世の終わりが来た感じで話す二人。
「クーちゃんに矢を射る不届き者は誰かしら?」
地獄の底からあふれ出したどす黒い怨霊の様な声が木霊する。
「「……」」
「あ、こっちがユフィです! ユフィ、二人がモールスヴィルの新しい屯田冒険者なんだって」
少年はこの魔女をユフィと呼ぶ。彼は気付いていないのだろうか?
「そう」
多少圧が減る。
「ダイアクロウが村の上を飛んでいたので追い払ってみたが……」
「あの子は私のペットよ」
「だからユフィ、ダイアクロウはペットじゃないって」
「ふん!」
少年の必死の懇願も魔女には届かない。
「害が無いのならそのままにしておこう」
「そうして」
「じゃあ、俺たちはこれで帰ろうぜ」
デンゲルが今にも逃げ出すのを必死にこらえて言う。
「それなら村長に肉の回収をお願いして貰えますか? 前回の三倍の量と言えば分かると思います」
「「任せろ!」」
少年の頼みを聞けばこの場を離れられると思った二人は快く引き受ける。そして足早に立ち去る。
「何らかの事情で人間がモンスターに落ちるって聞いたが……あれがそうなのか?」
ブラノックが言う。
「わかんねぇが、まじもんのバケモンだ。あれは森の主だぜ。ここいらにはバカなゴブリンくらいしか寄り付かねぇよ」
デンゲルが答える。ソフィがモールスヴィルの北に鎮座していた事で付近のモンスターはモールスヴィルから遠ざかった。一部がクワックヴィルへ突撃して、そこを根城にしている大山賊団に打撃を与えたが、その因果関係を知る者はいない。
「あの少年……大丈夫だろうか?」
「分かんねぇ」
「光り輝く太陽とその光をかき消すどす黒い影の間に挟まって無事な少年が普通って事は無いと思うが……」
「だなぁ」
それだけ言って二人は無言で歩く。命拾いした安堵と魔女と同じ村で暮らす絶望で二人の口の中はガラガラに乾いた。
「あ、あ、俺が村長に話すから」
「お、おう。助祭にナシつけてくる」
リーダーのブラノックが村長に直接報告する事で村内での序列を維持している。しかし二人の真の雇用主は領主なのでデンゲルが助祭へ同時期に報告する。面倒だがモールスヴィルの指導層の格付けが終わるまではこんな綱渡りが日常茶飯事だ。
二人は村の扉がまだはまっていない城門を越えそれぞれの目的へ向かう。ブラノックは真っすぐ村長の家に入り、報告を開始する。村長は水一杯すら出さない。ブラノックは特に気にせず話す。
「ダイアクロウは逃げた。当面の危険は無い」
「仕留められんのか!」
「領主様に騎士団を派遣して貰わない事には無理だ」
「役に立たん!」
「森でアイクに合った。前回の三倍の肉が用意出来たそうだ」
「三倍!? くそ、くそ、多すぎる!」
「量が多い方が良くないか?」
「……」
村長は無視して目を閉じる。村長は肉を分配する事で村人に感謝された。そしてそれを下に権力の再結集を狙った。しかし肉は少量だから価値がある。全員に余裕で生き渡る量ともなれば分配する事で得られるリターンが大幅に目減りする。助祭を押し切って得た利権が紙くずに変わったとして知って村長は不機嫌になった。
「やはりあの時腕の一本でも斬っておけば!」
「アイクの事か?」
「それ以外にあるか!」
「ならやめておけ」
「私が村長だぞ!」
「村長ってのはモンスターを殺せるのか?」
「……いや」
急に戦いの話になって委縮する村長。村長は武器を持つのは野蛮と考えており、それを振りかざす冒険者と貴族を嫌っていた。自分が振るう暴力は良い暴力と思っているのでアイクの腕を斬る事に問題を感じていない。
「ならアイクには手を出すな。ソフィがその気になればこの村は一夜で消える」
「あの阿婆擦れがか!?」
「無知とは幸せだな。あれは領主様の騎士団が出張っても勝てるか分からん」
ソフィとダイアクロウが共闘すれば農村など一溜りもない。戦力が揃っているスルーブルグすら奇襲されたら被害は甚大だ。
「バカを言え! 片足が動かぬ女如き!!」
村長はヒステリックに叫ぶ。
「だがあの二人が肉を狩ったのは村全体が知っている。あの二人が消えて肉の供給は維持できるのか?」
これは駄目だと思ったブラノックは攻め口を変える。冒険者時代に面倒なクライエントと対応した経験が生きた。デンゲルなら容赦なく村長の首を刎ねて逃げている頃合いだ。
「うぐぐ」
「ガキ二人に手を出さなければ良いだけじゃないか。村長の支配は盤石なままだ」
ブラノックはここですかさず村長のプライドを刺激する様に煽てる。
「うむ、そうだ! その通り! 私が村長だ! 誰か、若手を招集しろ! 肉を持ち帰れ!!」
気を良くした村長が若手を呼びつける。それの見届けてブラノックは家へ向かった。今日はもう仕事をしたくない思いが強かった。
「師匠!」
「おお、レイか! 肉集めか?」
「そうだ! やっと帰って来るんだよな!」
数日前にレイは司祭と一緒にモールスヴィルへ帰って来た。アイクとソフィが森に居ると聞いてそのまま駆け出しそうになった。しかしモンスターがはびこる森の何処に居るか分からない、と言う理由で村長と狩人に反対された。ブラノックも反対に回ったため、レイは渋々待つ事にした。数日待って音沙汰が無ければ一人でも森へ突撃したはずだ。幸い、アイクはレイが帰還する日を予想して村への帰還を決めていた。レイの帰還が数日早かったに過ぎない。
「うむアイクとソフィには会ったぞ。元気そうだった」
ブラノックは二人の無事だけを伝えた。下手にそれ以上言ってはボロが出ると心配した。レイの前では「頼れる師匠」でありたかった。ブラノックは領主の騎士団長ヘドリックからこの仕事を引き受ける前にレイの凡その事情は聞いていた。特殊な立場にあるレイに剣を教える以上にレイが無事に成人するまで守るのが仕事だ。それを成すには弟子との信頼関係が最重要と考えた。
「良かった。なら俺はそろそろ行くぜ」
ブラノックはレイを見送った。レイの屈託のない笑顔を見て「もう少し頑張ろう」と言う気が湧いてきた。今日の疲れは嫁二人に甘えて癒そうと前向きに考えた。しかし家に帰ってみると嫁二人は急いで外出してしまった。女性は肉を料理するために総動員されていたので、手持ち無沙汰のブラノックが赤子の世話をする事になってしまった。結果的に踏んだり蹴ったりな一日となった。
ブラノックが村長を宥めているのと同時期にデンゲルは助祭のクレセクに報告をしていた。
「ダイアクロウを従える森の主ですか」
「助祭よぉ、スルーブルグへ帰りたいんだが駄目か?」
デンゲルは座っている助祭の頭をペチペチ叩きながら言う。
「駄目です」
クレセクはデンゲルに安い酒を渡して髪の毛から手を退かせる。
「ちぇ!」
半分ほど一気飲みしながら悪態をつく。
「危険は?」
「あのアイクが居る限り大丈夫そうだが、村人次第じゃねぇか?」
「一番期待できない村人頼りですか」
生まれが良いクレセクは眉間にしわを寄せて言い放つ。本来ならこんな農民と直接かかわる事は無い。しかし領主直々の頼みだ。それに司祭への推薦まですると言うのなら数年の赴任は我慢できると安請け合いした。貴族にでもなったのかと勘違いしている村長の相手だけで疲れると言うのに、冒険者が眉唾の森の主なんて持ち出す始末。
これは本来なら、隣部屋で惰眠を貪っている司祭の仕事だ。しかし彼は死を待つばかりの助祭だったところを領主が大金を積んで司祭にした。それはまだ年若いクレセクが司祭の代理として司祭の権力を使えるようにするため。10年すれば司祭になれたエリート助祭のクレセクは50年ただの下っ端だった助祭に頼るのは彼のプライドが許さない。
「手出し厳禁で良いんじゃねぇか? 元々村八分って聞くし」
「最強戦力が村八分ってのはゾッとしませんがね」
「違いねぇ」
酒の残りを飲み干して酒瓶を部屋の角に投げる。
「はぁ。ちょっと村長にまた釘を刺してきます」
せっかく司祭が大人しくしているのだから面倒な手間でもクレセクが動くしかない。
「毎日ごくろうだぜぇ」
「これも神に仕える者の務め。務めぇ……」
言っているクレセク本人すら本気に思っている分からないセリフを吐く。それでも毎日似たルーチンの繰り返しはクレセクのストレスになっている。そんなクレセクは村始まって以来の肉祭りの準備で天手古舞な村長と話を付けに動く。そして村長とクレセクの言い争いは多くの村人に目撃される事となる。
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