002
「本当?」
僕の聞き分けが良すぎるのが気になったレイがテーブルに乗り出して聞いてくる。その甘いマスクで上目遣いは反則だと言っているだろう! 俺が普通に女の子が好きで良かった。
「忘れたのか? 加護の有無に関わらず一度村に戻っておばさんに伝えるって決めていただろう?」
「「あっ!?」」
二人はすっかり忘れていたみたいだ。ソフィに取っては実母なんだから忘れるなよと言いたい。
「それが終わったらスルーブルグで一緒に冒険者をやるって話は流れてしまったけどね」
僕は残念そうに言う。二人も軽く頷く。
「母とティムによろしく言っておいて。二度と帰らないから」
ソフィが冷酷に言い放つ。ソフィの弟ティムがまた拗ねて僕を殴りそう。
「よろしくまでは伝える。いずれ会いたくなる事があるかもしれないだろう?」
「無い」
「ソフィは会える事を喜んだ方が良い。私とアイクにはもう家族は残されていない」
頑なに会わないと言うソフィを見てレイが会話に入ってくる。
「……分かった」
ソフィは折れずに永遠の別れを伝えない事にだけ同意する。
「なら加護と王都留学だけ伝える」
僕はどちらにも肩入れせずに淡々と決定を伝える。ソフィが帰らない理由は痛いほど分かる。ソフィはティムが農地を継ぐ最大の障害だ。アンコモンイエローの加護を授かったと聞けばティムの村での立場は落ちるところまで落ちる。あの糞村長なら自分の穀潰しの三男辺りを無理やり婿入りさせて農地を乗っ取りアンコモンイエローを身内にする。ムカつくけど、それが「村の正義」だ。もしそうなりそうなら僕はソフィを攫ってでも村を離れるくらいの覚悟はある。
レイはいつまで経ってもそういう機微が分からない。モンスターとの戦いではこの鈍感さが何度も僕たちの命を救った。でも人間関係になると途端にポンコツになる。王都でやっていけるのか心配になる。
「なぁ二人とも。王都でやっていけるのか?」
心配になってついつい口から出てしまった。
「当然」
自信満々に語るソフィ。
「寮に入ったら服は毎日たたむんだぞ? 洗濯は最低週に3回……」
「うるさい!」
ソフィが怒る。これは駄目かもしれない。僕が部屋に居ても平気で裸でうろつくのにはもう慣れた。慣れさせられた。何せソフィの汚部屋を掃除しているのが僕だ。ソフィの家族はただでさえ生活が苦しいんだ。ソフィの部屋で虫でも湧けば一大事だ。それでなくてもソフィの汚部屋の恩恵を僕とレイは受けているので村に居た頃は余り強く言えなかった。おばさんに大事な物を取られない様にソフィの汚物に紛れ込ませるのは日常茶飯事だった。
「私がフォローしよう!」
レイが良い笑顔で宣言する。
「「無理」」
僕とソフィがハモる。
「なっ!?」
「レイは剣の修行で食べる事すら忘れるだろうが!」
一食抜くだけなら分かる。だがレイは数日眠らないで剣を振り続けるから始末に負えない。上手い具合に僕かソフィが休憩に持ち込んで何か腹に入れさせないといけないほどだ。レイは食わずとも問題無く数日は戦えるのだと思う。でもそんな生活を続けたらどんどん人間離れしていく。人類が黄昏を生き延びるために英雄が必要とは言え、僕はレイに人を止める様な悲しい未来を背負わせたくはない。加護そのものは人を強くしないと言われているがレイを見る限りそれは嘘っぱちだ。ぎりぎりホワイトコモンまでならそうなのかもしれない。
僕の一番の親友は身も心も英雄に相応しい。そうなったのが僕のせいだとしても、レイにはこのまま真っすぐ進んで欲しい。だからこそ生活能力に欠けているレイとソフィが王都へ行くのが心配になってくる。
「身だしなみとかも結構ズボラよ。今朝の髪の毛だって私が……」
「ストップ、ストップゥゥゥ!」
レイが必死に僕たちを止める。髪の毛のセッティングはソフィだったか。
「ああ、今日のレイから果実系の匂いがしたのはそのためか。てっきり何かフルーツを間食したのかと」
「アイクじゃないんだから、間食なんてしない!」
レイが顔を真っ赤にして反論する。
「悪い悪い」
僕は両手を見せて降参する。いつものやり取りをソフィが呆れた風に見守る。
「アイクは私たちの心配より自分の心配をしたら?」
ソフィが自分から話題を変えるために口を開く。でも長い付き合いでこれは罠だと知っている。僕が「村を出る」と言えばこの二人は猛反対するのは目に見えている。かと言って小作農に未来なんてない。正解はなんだ?
「ティムが成人するまではそう変わらないから問題ない」
玉虫色の回答だ。ただの時間稼ぎでしかない。
「そう……。きっとそうか! 学園を卒業したらいの一番に帰って来よう!」
レイが満面の笑みを浮かべて言う。
「学力マウントをしに帰ってくるなよ」
「いや、そういうわけじゃ……」
やばい、虐め過ぎたか?
「冗談だ。レイにまた会える日を楽しみにしている」
「うん!」
「二人を見ていると飽きない。下手なコメディーよりお捻りを貰えるわ」
「ソフィのツッコミがあっての事じゃないか」
「アイクのバカ」
それだけ言ってソフィは黙ってしまった。そしてそのまま僕たちは無言で軽食を食べて外へ出た。
「これからどうする?」
「私たちは学園が用意した宿屋に泊まる」
リッチな事だ。恐らくフカフカのベッドで朝寝坊コースだ。
「最後の晩は一人寂しくってやつだな」
言っていてちょっとへこむ。
「ど、どうすれば……」
レイは最適解に迷いアタフタする。
「レイはアイクと仲良くボロ宿に泊まったら?」
「ソフィを一人で向かわせるわけにはいかない」
ソフィの提案にレイが少し残念そうに答える。
「ならここでお別れだ。僕はちょっと冒険者ギルドに寄ってくる。二人は冒険者カードの更新は終わっているんだろう?」
「加護を授かった時に冒険者ギルドの職員がやってくれたわ」
「三人一緒が良かったな」
「僕がこれから更新したらまた三人一緒だから同じだ」
「そう言う事。見送りには来なさい」
「それは当然。寝坊するなよ?」
「しないわよ、たぶん」
僕は僕とレイの全財産を「寝坊する」に賭ける!
「私が頑張って起こす。無理なら背負って行く」
レイも当然の様にソフィが寝坊すると考えている。
「スルーブルグ中の人間が見ている中でそれはすごいインパクトだな!」
アハハと笑ったらソフィに足を踏まれた。最後の会話としては締まらないが、僕たち三人にはこれくらいが良い。それにまたすぐ会える。僕が来月の初頭に王都へ現れたら二人は驚いてくれるはずだ。