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018

 クレセクへ差し入れをしてから数日、モールスヴィルでは肉の出所で騒ぎになった。結果的に僕の狩りは問題視された。村長は「勝手に狩りをした」と僕を罰すると主張した。実際は村長派の何人かが食料足らずでひもじい思いをした逆恨みだ。村長派以外からは餓死者が出ており、僕の味方はいなかった。おばさんすら「アイクが勝手にやった事」と僕を生贄に捧げた。ソフィ一人が気を吐いたが、僕が彼女の口を押えて黙らせた。ここで援護をしても連座の理由にされるだけだ。ソフィは火傷の影響もあり体が弱い。おばさんですら平手打ち以上の事は恐れて出来ない。しかしソフィの姿を気味悪がっている他人なら連座を盾に容赦なく体罰を与える。レイが不在の内は僕がソフィを守る。


 そもそも別に無策で援護を断ったわけではない。計ったかの様にクレセクが僕の援護に回った。更には新しく村へ来た人々までクレセクを支持した。僕じゃなくクレセクだ。本来なら新参が村長に逆らうのはリスクが高すぎる。それが村長派、中立派、クレセク派の三派で村を三分してしまった。新参が無学な小作農ばかりなら村長が恫喝すれば終わっていた。だけど他の村で経験を積んだ元村長を始めとした指導層がおり、村長一人だと追及の手が足りなかった。皮肉にも村長が農地を渡した親族が派閥争いで農地を失うのを恐れて日和見寄りの態度を取ったのが大きい。農地を持たない自由農民は農地を持てたらそれで満足する。村長の様に更にその先を夢見たりはしない。


 最後の頼みである暴力に訴えようにもクレセク側の方が数が多かった。それにモールスヴィル最強のソフィはその存在を誰にも知られていない。何かあれば僕のために戦ってくれると自惚れておく。結果だけ言えば村長が折れた。折れざるえなかった。僕の件で揉めていた十日間でモールスヴィル再建が大幅に遅れた。領主の金で行っている小作農小屋を始めとした必要な建物の建築と村の防壁修復作業がストップしていた。これが四月の最初までに終わっていなければ村長の手腕が疑われる。


 それが領主の密命を受けたクレセクの狙いだと気付いた時は驚いた。僕は村長と教会の権力争いの駒になるだろうと軽く考えていた。実際にそうなったけど、事は僕が考えているより遥かに上のにかっとんでいった。領主は村長に味方しておけば年貢は確実に手に入ると考えているはず。それなのにここまで強権を発動させて村長の頭を押さえに来るなんて。


 村長の顔を立てる形で鞭打ち三回で決着した。おばさんが証言した僕が狩った猪の数と同じだ。実際は八匹だ。それに鹿と兎まで入れたら結構な数になる。一回でも死ぬほど痛い。それを三回もやられては生きた心地がしない。おばさんの家畜小屋へ歩いて帰ったら最速でヒーリングで治療しておいた。痛みは引かないが出血は止まったはずだ。ソフィが見た限りでは傷一つ残っていないそうだ。血みどろのシャツを着ていれば背中を確認しようとする村人はいないだろう。


「死ぬかと思った」


「大げさに泣きわめいてダサい」


「うぐ……でも本当に痛かったんだよ?」


 演技八割と言いたいけど、実際は演技二割程度で本当は情けなく涙と鼻水を垂らしていた。もう数回叩かれたら小便すら漏らしていた自信がある。これはレイが見ていても我慢できたか分からない。


「はいはい。それでどうするの?」


 一欠片も優しさを感じない口調で話を進める。


「今から森に入りたいけど、怪しまれるか。明日一番に出るよ」


 僕は四月上旬までは森で狩りをして獲物を村に提出する様に命じられた。四月以降は領主が選んだ狩人が来る。そうなれば森の狩りは彼の管理下に置かれて、小作農の出る幕は無くなる。罰はあくまで無断・・で狩りをした事による。村長は狩りの獲物を分配・・して村人に分ける事で権力を強化したいと考えている。クレセクは不満顔だったけど「助祭が肉を捌くのですか?」と聞かれたら押し黙るしかなかった。小作農に身をやつしている元村長は格が足りずに名乗り上げる事すら許されなかった。僕の刑罰が腕一本切断とかじゃなかったのは村長が自己の復権を賭けたのが大きい。


「三日くらい死んだ振りをしたら?」


「そうするとバレるかもしれない」


 村に残ると必ず面倒ごとに巻き込まれる。ここは十日ほど村から離れて僕不在で荒れてくれた方が良い。


「そう。じゃあ明日一番から行くわよ」


「え?」


「私も監視・・として一緒に行くから」


 滅茶苦茶不満なんだけど?


「村長の四男辺りの方が良かった?」


 ソフィが察して言葉を続ける。


「ソフィの方が良いに決まっている。でもどうやって説得したの?」


 村長の四男はかなり大きい。僕の監視をする’より建築を手伝った方が村のためになる。僕の監視なんてさぼるための口実だからソフィが理を説いて説得したのだろうか?


「燃やした」


 ニヤッと笑ったソフィは美しかった。


「ええ!?」


「ちょっと頭髪を燃やした程度で大げさよ」


 魔法は隠しておいた方が良いと思うけどソフィは僕のために危ないを橋を渡ってくれたんだ。


「ありがとう」


「バカ、それは鞭打ちされる前に言いなさい」


 そう言われては返す言葉が無い。鞭打ちされ損と思わなくもないけど、僕の解放とバーターだった場合ならソフィは村長の愛人にされていたかもしれない。農民は加護ブレイブを有難がっても魔法を恐れる。だから村長は手を出せないだろうけど、魔法使いの愛人は村長の権力を固める上で非常に強力なカードになる。クレセクと彼の後ろにいる領主のこれまでの行動全てが無駄になりかねない。僕とソフィは当分の間は留守にした方が良さそうだ。


「おやすみ。また明日」


 ソフィはそう言って家の方へ帰った。そしていつも通り朝寝坊した。


「朝だよ、起きて!」


 僕はソフィの部屋へ入って彼女を揺する。男の子が裸で寝ている女の子の部屋に入るのは憚られるけどもう慣れた。


「ほら左手は持ってあげるから」


 ソフィの左半身は以前よりは動くけど余り回復する兆しが無い。ヒーリングの回復量が足りなかったのだろうか? 昨日自分に使った感覚だと、火傷が残らない程度に治療できないとおかしい。ソフィを焼いた炎は加護ブレイブ絡みだから普通の火傷と違うと言うのだろうか?


「おぶって」


「……背中が痛いはずなんだけど」


 ソフィは無理難題を言う。それでも僕は半分寝ぼけているソフィを担いで森へ入る。更にソフィの杖と形見の剣を両方携帯すると僕の積載限界に近づく。形見の剣を使う予定は無いけど、置いておくとまた騒動の種になるかもしれない。森に入ったら道具類はゴブリンに担がせよう。


「ご在宅ですか?」


 僕が森へ入るのとほぼ同時にクレセクがおばさんの家のドアを叩く。クレセクの滞在している家からの移動経路を考えると家畜小屋の方へ先に行かなければ確実に遭遇していた。ソフィを取り込むために僕のケガを魔法で治すとか言い出されたら大変だ。クレセクが回復魔法を使えるか分からないけど、この時期に来たのなら加護ブレイブ持ちだ。形見の剣を持ってきたのは正解みたいだ。僕が散々レイと領主の関係を説いておばさんを脅しておいたけど、クレセクが目敏く見つければ手に取る可能性が高い。そうなった時の反応が読めない。僕のパパが作ったにしては出来が良すぎる。要らぬ騒動の種になるなら隠した方が良いに決まっている。


「誰か来た?」


 ソフィが寝ぼけて問う。


「助祭さん。ソフィは人気者だから」


「うるさい!」


 ソフィは狩人の小屋に到着した後も、半日は口を利いてくれなかった。

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