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015 *

「12歳、日常が終わる日」に出てきたゴブリンウォリアーのレアリティをアンコモンにアップしました。該当箇所の修正は後日一斉にやります。

「ロウェンナです。レイ様をお連れしました」


「入れ」


「失礼します」


 ロウェンナに促されレイが部屋に入る。その後ろからロウェンナが部屋へ入り扉を閉めた。


「マリア!」


 エリックは半分立ち上がって固まる。ヘドリックとニールも言葉を失う。部屋の暖炉の上に掛かっているマリアの肖像画と寸分違わぬ美少女がそこに立っていた。ロウェンナが意図的に肖像画と同じドレスを着せたのでこの反応は彼女の想定通りだ。何せマリアが付けていた宝石類まで完全に合わせて、ドレスの痛んでいたり色褪せていたフリルを突貫工事で修繕した。レイを湯浴みさせる際に発覚した真実のおかげで準備する時間は十分取れた。レイに手を出さないと信じたベテラン侍女たちに湯あみを任せたおかげで領主が聞きつけるような大きな騒ぎにならず、ロウェンナが率いる侍女たちは粛々と準備を進められた。


「なあ領主様。男は都会でスカートを履くのか? 下がスースーするんだが?」


 レイの発言は無視された。男三人の頭の中はそれどころでは無かった。


「エリック様、いつまでぼけているのです!」


「あ、ああ」


 ロウェンナの叱責を受けてもエリックは座ったり半立ちになったりと落ち着かない。


「ロウェンナ、これは流石に人が悪いです。そのレイは……」


 一番最初に話せる程度に回復したニールが問う。


「女性です」


「俺は男だって!」


「男性と同じものが股間にありますか?」


 ロウェンナほどの年齢になると普通の侍女なら言葉を濁すような事柄も平気で言い放つ。


「いずれ生えてくるって!」


「な、なるほど。分かりました。スカートは下ろしたままで」


 ニールがそこでその会話を打ち切る。これ以上続けたらレイが服を脱ぎそうだ。ニールにはエリックが姪の裸を見て理性が持つか自信が無かった。そういう意味ではヘドリックも警戒対象だとニールは考えた。


「で、俺は何をしたら良いんだ? この服だと肉体労働はちょっときついぞ?」


 ヒールを履いていないとは言え、着飾ったパーティードレスでそんな作業は不可能だ。


「淑女教育です」


「それは金になるのか?」


 ロウェンナに苦手意識が芽生えていたレイはその発言に疑問を挟む。


「授業をしっかり受けたら給金を出します。成績が良ければボーナスを約束します。ね、領主様?」


 ニールはレイがここに来た理由を思い出し的確なフォローをする。ロウェンナの言う通りにしていたらレイは逃げて二度と帰って来ないのは明白だ。


「あ、ああ! 給金は弾む!!」


 前後不覚からの復帰が当分掛かりそうなエリックがうわ言の様に言う。


「流石は領主様だ! 来て良かったぜ」


「ずっとここに残っても構わん。いや、いっそそうしろ!」


「それは出来ない。俺を待っている親友とおばさん一家が村で待っている。それにあの村は親父が命懸けで守った村だ」


 レイがきっぱりと言う。


「……」


 エリックはこれをイングスの呪いと決めつけたが、鋼の自制心でレイの前で激高だけはしなかった。ニールは今夜は強めの酒を開けて徹夜になると覚悟した。


「分かった。無理に留めはしない。ここに居る間に何か希望はあるか?」


 時間は自分の味方だと自分に言い聞かせ、エリックは長期戦を選択した。それはすなわち領主を嫡男に譲るのが当分先になる事でもあったが、今のエリックはレイしか見えていなかった。


「冒険者になってモンスター討伐!」


「考え直せ、その年齢ではモンスターを殺すのは無理だぞ!」


 ヘドリックが堪らず言う。加護ブレイブを授かるのは成人式だ。12歳のレイではモンスターに通じる攻撃を放てない。


「俺が村に侵入したモンスターを倒したんだ! 殺せる!」


 レイは声を大にして言う。


「「レイが?」」


 これには大人四人が驚く。


「そうだぜ。村長には内緒だが、領主様に嘘はつくなって親友が言っていたし」


「その親友は他に何か言っていたか?」


 エリックは興味深そうに聞く。村長に要らぬ事を言わなかったレイに安堵して、その親友の事が気になった。


「寝室に呼ばれたら全力で逃げろって。う~ん、このスカートだと逃げきれないかな?」


 レイはスカートの裾を持ちあげて言う。奇麗なおみ足が露わになり、若手の騎士の前でそんな行動をすれば殺到する者が多数だ。


「逃げんで良い。そもそも呼ばん」


 エリックは必死に否定する。否定したくないが、ここで宣言しなければロウェンナは一生レイに二人だけで会わせてくれなくなるかもしれない。それとは別にレイの親友に静かな敵意を燃やした。その親友と同居して、寒い日は抱き合って暖を取っていると知れば、エリックは我を忘れてモールスヴィルを灰燼に帰していた。


「そうか! それなら安心だ。それはそうとなんで呼ばれるんだ?」


 12歳の純粋な好奇心が眩し過ぎて、大人全員が顔を背ける。


「淑女教育を受ければ分かります」


「ちぇ!」


 ロウェンナのセリフを聞いてレイは悪態をつく。レイの教育は長丁場になりそうだとニールとロウェンナは密かに頷き合う。そしてそれの最大の障害が甘やかすエリックになるだろうと無言で理解し合う。


「ロウェンナ、他のバカが呼ばないかしっかり見張ってくれ」


 ニールが声を出して言う。エリックは大丈夫でも他の男は信用ならない。特にヘドリックは美しくて強い女性が好きで、加護ブレイブを授かった女性を孕ませた数は片手では足りないほどだ。レイは間違いなくヘドリックの女性趣味にどストライクな少女だ。


「既に冬の間休んでいるベテランを呼び戻しています。間違いは絶対に起こりません」


 ヘドリックから一切目を離さず言い放つロウェンナの声色には逆らったら絶対にヤバいと皆が感じた。


「レイは色々あって疲れているだろう。今夜はゆっくり休んで明日から作業を開始してくれ」


 これ以上はレイの教育に悪いと心配したエリックがレイを退出させる。部屋の外にはロウェンナが手配したベテラン侍女が待っており、レイを寝室までエスコートした。寝間着でひと悶着あるのだが、エリック達はこれを微笑ましい出来事と捉えた。


「あの糞野郎が! 墓があれば暴いて牛引きにしてやるものを!」


 レイが去ったのを見てエリックが我慢の限界に達した。聞くに堪えない罵詈雑言を無視して、ニールは強い酒を入れたコップを四つテーブルに置く。


「それよりレイラ様の将来をどうするおつもりです?」


 それはヘドリックとロウェンナに余り聞かせる内容ではないと思ったニールが力業で話題を変える。男ならレイ、女ならレイラと名付けたのは先代だ。レイが女性だと判明したのならレイラを使うのが正しいとニールは判断した。


「姪としてふさわしい暮らしをさせるに決まっているじゃないか!」


「レイラ様は三か月でモールスヴィルへ帰ります」


「帰さなければ……」


「マリア様のご息女です。逃げます。もう確実に逃げます」


「私達への警戒が強い子です」


 ニールとロウェンナがエリックの発言を否定する。


「いっそ村を無くすか?」


 ヘドリックが脳筋な解答例を出す。


「駄目だ! 今さら屯田冒険者の成功例を無くす分けにはいかない。冒険者ギルドまで敵に回す」


 エリックが否定するだけの理性を残していたの見て三人は安堵する。


「14歳まで冬の四か月間で淑女教育を徹底的に行うのが最善です。成人式が終わればこの屋敷で数年修行させて、良い家に嫁がせましょう」


「それは無理だな」


「何ですって!」


 ロウェンナの考える将来像をヘドリックが一言で否定する。


「村長の奴は気付いていないが、レイはアンコモンのゴブリンウォリアーを殺している。レイの加護ブレイブは最低でもアンコモンだ。中央はここで終わるのを認めない」


 ヘドリックの軍事的才覚は確かだ。その彼がそこまで言うのなら否定できない。


「変だな。私の家系の女性は加護ブレイブを授からないで有名なんだが……」


 エリックの一族が没落気味な理由の一つであり、マリアが冒険者と自由恋愛の末に結ばれた理由でもある。


「四代前にレア加護ブレイブを授かった女傑がおります」


 ニールが急いで補足する。姪じゃないから手を出しても良いなんて思想に目覚められては困る。


「そうか」


 エリックは心底残念そうに言う。


「冬の四か月で淑女教育を重点的にやるとして、残りの八か月をどうします?」


「村に居るのだろう?」


 ニールの問いにヘドリックが何もできないと答える。


「モールスヴィルは人手不足です。教会の助祭も天に召されました」


「そうか! こちらの息のかかった人間を送り込める!」


 モールスヴィルほど小さな村だと領主側の人間はほとんどいない。村がもう少し大きければ酒場か粉ひき用の水車小屋を領主が設置して、その人員を送り込める。だが村の状態を鑑みれば村長に疑われず大量の手勢を村に押し込めるチャンスだ。


「左様です」


「それなら教会に働きかけて司祭様を送れませんか?」


 ロウェンナが懇願する。


「あの規模では……いっそ規模を大きくするか!?」


「あの村長の頭を押さえるにはそれが最善です」


 エリックが逆説的な答えを出し、ニールが賛意を示す。


「だがよ、やり過ぎじゃないか?」


 ヘドリックが前例が無い介入に難色を示す。領内から変な注目を集めるのは避けられない。


「レイがエリックさまのコレだと噂を流せば良いのです」


 ニールがさらっと外道な事を言う。


「噂じゃなくても……」


 半分その気になったエリックを見てロウェンナの顔が修羅に変わる。


「レイ少年・・はとある貴族のご落胤。それ以上は認めません」


 ロウェンナの発言でレイの当面の身分は固定された。


「それをするのなら小作農用に小屋でも建ててやれそうだな」


 ヘドリックは村を調べた際に小作農小屋の大半が潰れていたのを思い出した。人員の大幅増員をするのならそれに紛れてレイのために新築する余裕が出来る。


「そうやった方が守れそうだ。しかしなんであの男はレイを男と偽ったのだ! 面倒が増えるだけだ」


「農村で暮らすのなら男の方が発言力が強いのはあります。レイラ様の安全を考えるのなら男と偽った方が良かったのでは?」


 ニールは農民目線で答える。


「はぁ、これだから男は! 良いですか、あの男は娘を取り上げられたくなかったのです。マリア様が死んだらその娘を先代様が冒険者に預けたと思います?」


「「!?」」


「マリア様の娘は死産と報告されています。あの男が男の子を育てていても誰もマリア様の忘れ形見とは思いません」


 ロウェンナの考えた通りだった。イングスが死んだら、彼の仲間が領主へ真実を伝えると約束していた。しかしその仲間はレイを守るために全員討ち死にしていた。イングス達は最後までレイを守るために戦ったのは疑いようのない事実だ。


「あの男がそんな事を考えていたなんて」


 エリックは三杯目の酒を一気に飲み干す。本来ならニールが止める頃合いだが、今夜は無言でもう一杯注いだ。

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