014 *
レイの秘密だけ6000文字を超えたので分割です。
スルーブルグは3000人規模のかなり大きい城塞都市だ。人口だけなら王国でも上位に入る。しかし下火の農業以外に取柄が無いことが災いして王国十大都市には掠りもしない。口さがない者は「余剰人口の掃き溜め」と喝破している。それが強ち外れでは無いから質が悪い。スルーブルグを維持するには16万人前後の農民を必要としており、200人前後の農民が生活する村が800は必要になる。それに物資集積所の役目を果たす町が所々にあるが、他の領地に比べて町の数は少ない。
スルーブルグ領主のエリックは決して無能では無いが、十年以内に本格的に始まると神託されている黄昏に対応出来るかは未知数だ。ここ数年だけで異常気象とモンスターの襲撃で50近くの農村が地図から消えている。援助を頼んだ王国中央からは増税の王命しか帰って来ない。ここで大規模な農民反乱が起こればエリックの対応能力を超えてスルーブルグの統治は破綻する。そんな背景があるためにモールスヴィルの村長を悪と断じながらも彼の言い分を認めるしかなかった。税さえしっかり納めていたら王国に背後から刺される事は無いはずだ。何せスルーブルグは刺すだけの価値が無い僻地の城塞都市だ。
エリックに取っては幸いに城塞都市の中はまだ平和で市民の顔は明るい。これは最初の神託の内容を聞いたエリックの先代が財貨による開拓を切り上げ貯蓄に回したのが大きい。スルーブルグだけなら数年の不作が発生しても耐えられる。スルーブルグが門を閉ざせば、近隣に済む16万人の一割が生き延びれば良い方だ。エリックはその最悪の決断をしたくないし、決断しないといけない時に決断出来るか分からなかった。
エリックは二十四歳になる嫡男に領主の地位を押し付けようと本気で考えていた。しかし若すぎる自分が領主業を引き継いだ辛い記憶があるため、もう数年は自由にさせたいと考えていた。父として、そして男としては美点だが、領主としては欠点でしかない。エリックの周りも薄々感づいてはいるが、それを指摘できる家臣はいない。エリックと同程度に有能だが経験を積む時間が足りない嫡男では黄昏を生き残れないと言うのが共通認識となりつつある。嫡男が黄の加護を授かっていれば話が違っていた。しかしエリックと彼の二人の息子は白の加護しか授けられていない。どうしてもかゆい所に一歩届かない。それが領主家の王国での評価として固まりつつある。
外の噂など我関せずとスルーブルグにある領主の館で三人の男がテーブルを囲む。
「ふう、また村が消えたか」
エリックは眉間にしわを寄せ書類を睨む。今年消えた村は八つ。他に十四ほど半壊して立て直しが不可能に近い。来年支払う税の事を考えればこの十四村も消滅扱いにした方が助かる。生き残った人間は他の村へ小作農か農奴として回せば良い。昔から住んでいる農民との間に発生する軋轢は領主の知った事ではない。本来ならモールスヴィルが筆頭候補に挙がるが、レイの存在が領主に余計な手間を賭けさせる。
「モールスヴィルが残ったのは奇跡かと」
家宰のニールが静かに言う。エリックより少し年上の男は先代の頃から仕えている内政のベテランだ。加護を授けられず家中の者からは下に見られている。しかし加護など不要と言わんばかりの手腕を発揮してエリックに取っては手放せない右腕となっている。実年齢より十年は老いて見える。それでもスルーブルグで住んでいる家族の心配がない分だけニールは楽を出来ていると考えている。他家へ修行に出している嫡男の事は心配だが、成人しているのだから何とかなると達観している。
「それも領主様が試験的に始めた屯田冒険者制度のおかげだ。よもやあのイングスがそうだったとは……」
騎士団長のヘドリックは最初は領主を褒め称えるも、イングスの名前を出すと渋い顔になる。黄加護のナイトを授かったヘドリックはスルーブルグ軍の中心的な人物だ。禿げで粗暴で女がらみの問題が多い。彼の影響力が強い農村には必ず彼の一夜妻が控えていると陰口を囁かれる。それでもスルーブルグ近隣が未だこの程度の被害なのはひとえにヘドリックの活躍によるところが大きい。領主を超える名声を得そうなヘドリックの現状を不味いと思ったエリックが考えた対抗策が屯田冒険者制度だ。
帰納したい黄ランク以上の冒険者を領主が支援する代わりに有事には村の防衛戦力として戦う制度だ。屯田する村の中でそこそこ規模の農地を与えられ、最初の十年は低税率で多くの冒険者を呼び込もうとした。多くの志願者が現れたのだが、最近は農地を継げない少年少女が冒険者になって屯田冒険者を目指す社会問題に発展している。それでも冒険者から農民に転向した者で成功したのは思ったより少なく、エリックの望むような防衛戦力と税収の増加には繋がっていない。農業に失敗した屯田冒険者が逃避して山賊になったと言う悪い噂が最近増えている。
屯田冒険者は防衛戦力としては機能しているのかもしれない。しかしこれまで領主が兵を率いて救援に駆けつた時には村が全滅している。村を我が物顔で歩くモンスターを討伐するか尻尾を巻いて逃げるかはモンスターの種類と数で決まる。エリックは討伐寄りの考えを持つが、軍を預かるヘドリックは兵の無駄な消耗を嫌う。結果的にモンスターが集まる廃村が出来上がり、そこから他の村を襲撃するモンスターの集団が出来上がる。エリックが領内の全戦力を集結させてもモンスターを追い出せるか分からないほどに状況は悪化している。よしんば勝てたとして、エリックの戦力も壊滅的な打撃を受ける。
モールスヴィルはそんな暗い現実で領上層部が頭を抱えている中で初めて屯田冒険者が防衛に成功した村だ。本来ならイングスの息子であるレイは農地を加増の上で継承し、十年近く低税率の恩恵を与えられていた。村長がレイの農地を取り上げレイを農奴に落としていたら、エリックが無言で村長の首を刎ねていた。皮肉にもアイクが考えた生き残るための策が村長を延命させてしまった。神ならぬアイクでは配られたカードで勝負するしかないので、彼の策はレイを見捨てない中で出来る最善だった。
「功績は功績だ!」
エリックは吐き捨てるように言う。エリックは妹のマリアがイングスと結婚するのに反対していた。マリアは病弱の癖に冒険者に憧れた。周りに内緒で冒険者登録をして駆け出しのイングスと同じパーティーに入った。先代が必死に裏から手を回したおかげでイングスは黄ランクまで進めた。イングスなら将来的には赤ランクまで進めると噂された。しかし生来より体の弱かったマリアの妊娠と出産時の母子死亡で全てがご破算となった。イングスはそれからしばらくして屯田冒険者として故郷のモールスヴィルへ帰った。エリックは二度とイングスの名前を聞くことはないと思っていた。マリアの死のショックで先代が倒れていなければエリックはイングスを八つ裂きにするまで止まらなかったかもしれない。
「息子のレイが恩恵を受けるのですから良しとしましょう」
会議が脱線し過ぎない様にニールが明るい材料を提示する。彼らの中では既にレイは「マリアの息子」であり、イングスなどと言う男の事は記憶の片隅に必死に追いやろうとしていた。
「それにしては遅くないか? メイドがつまみ食いでもしているのか?」
ヘドリックが笑いながら言う。
「そんなメイドが居たら私手ずから首を斬り落とす!」
青筋を浮かべながらエリックが叫ぶ。この剣幕にはヘドリックが驚き、口を滑らせたと後悔する。助け船を求めてニールを見る。
「エリック様、あのロウェンナがそんな部下を見逃すと思いますか?」
ニールの言葉で二人がハッとする。侍女長のロウェンナは棺桶に両足を突っ込んでいると言われるほどの老婆だ。先々代の頃から領主家に仕える最長老で、家宰のニールですら頭が上がらない。ロウェンナの前ではエリックとヘドリックなど「ただの悪ガキ」でしかない。そんなロウェンナ唯一の後悔がマリアだ。マリアの希望を優先したばかりにマリアが死んでしまったと今でも後悔している。その忘れ形見が生きていたと知れば全力で守るに決まっている。
「ニールの言う通りだ。それにしても遅い。誰か確認に……」
トントン。噂をすればだ。
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