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013

 僕はキレッキレのソフィに睨まれている。右手には炎が渦巻いている。そして体の左半身の火傷跡が炎の様に揺らめている。ヤバいのは分かるけど、ソフィがここまで激高する理由が分からない。


「待って! まずは話し合おう」


 レイの不在で僕の信用度にマイナス補正が掛かっている気がする。一週間くらい留守にした事を怒っているのか? だけど小作農は農奴でも奴隷でもない。自由農民としての権利を行使したに過ぎない。


「話す事なんて無い!」


 ソフィが不格好なファイアボールを放つ。最初の一撃と同じなら当たったら無事では済まない。「グリモワール、オープン」と叫べば回避出来るけど、そうなったらソフィの命を奪うまで戦いが続いてしまう。何かこの絶対のピンチを抜け出せる方法は無いのか? 死を覚悟して走馬灯が見えたのか、一瞬だけ事態を好転させうる方法を思いつく。それはずばり、忍法!


「忍法、変わり身の術!」


 僕の声でソフィの魔法の発動が一瞬だけ遅れる。もしかして攻撃が来ると誤解した?


「ゴ?」


 僕は全力で鹿を担いでいるゴブリンの後ろに回る。そして僕を追尾していたファイアボールがゴブリンに当たり爆ぜた! 何とか変わり身の術が間に合ったと安堵する。今度から森へ入ったら忍法の修行をしよう。いずれは本物の変わり身の術みたいに瞬時に木の枝と入れ替わりたい。今の僕では今回みたいに不格好に真似るのが関の山だ。


「何をするかと思ったら、ゴブリンを盾にするだけじゃない!」


 ソフィが怒る。


「あの攻撃を食らったら痛いから!」


 あの威力は絶対に即死だよ、即死。


「安心して、次は当てる!」


「待った、待った! せめて理由の一つでも教えてくれないか?」


「ゴブリンを引き連れて村でも襲う気! そんな事は私が許さない!」


「こいつらは僕の召喚したクリーチャーだ。村を襲ったゴブリンとは関係が無い!」


「ゴブリンはゴブリンよ! 私の半身と私のお父さんを殺したモンスターなのよ!!」


 しまった。ゴブリンを見て怒ったのか。僕だって村へ入れないつもりだった。でもソフィが森に入って来たから僕が彼らを隠す前に遭遇してしまった。こんな形で会うなんて僕は余り運が良くないのかもしれない。


 だけど話してくれて良かった。僕がゴブリンの安全性を幾ら語っても聞いてくれないと分かったのなら、攻め口を変えるだけだ。


「肉のためには仕方がないんだ!!」


「お肉!?」


 ソフィのお腹の虫が「ぎゅううう」と鳴く。まともに食べていないのか? おばさんが僕に与えていた量だと冬を越せないのは分かっていたけど、ソフィの分をそこまで切り詰める必要があったのだろうか?


「そうだ! ほら、ソフィが最初に吹き飛ばしたのは猪! 僕の目の前に鹿! みんなで食べられるように狩ってきたんだ!」


「……バカみたい」


「え?」


「何でもないわよ! それを視界に入れないで」


「あ、ああ。そこの茂みに隠れよ、ゴブリン」


 ゴブリンはいつもより素早く逃げた。


「アイクが出て行ってからお母さんが二人の私物を没収して……」


 近づいてきたソフィからとんでもない話が出てきた。僕は黙って聞くしか出来なかった。もしソフィが知らせてくれていなければ僕はどう行動しただろうか? 少なくともレイに顔向け出来ない事をやっていたと思う。


「それであの剣だけは無理やり奪ってきたけど、ここ数日は干し草しか食べていない」


「え~と、形見の剣を守ってくれたら家に入れず数日絶食しているって事?」


「そんな感じ」


「良し、ならこの猪でも食べて! ソフィの魔法でここら辺が良く焼けている」


 僕はミディアム以上に焼きあがっている部分を切り取って渡す。どちらかと言うと黒焦げになっている部分を除去する方が大変だった。


「ん、美味しい」


 あのままだったら餓死一直線だからなんでもおいしく感じるんだろう。僕も味見したけど、塩分が足りないのとちょっと固すぎる。野菜くずのスープで煮込めばちょっとはマシな味になるか?


「それで、この肉をどうしよう?」


「小作農を続ける?」


「レイが続けるから、僕も続ける」


「アイクにはレイしか映っていないのね!」


 ソフィがムスッとする。


「だってレイは村で唯一の男友達だぞ。特別に決まっている!」


「そ、そう」


 ソフィがそわそわして様子がおかしい。前世の記憶から「腐女子注意報」なるものが流れてくるが、意味不明なので無視だ。僕の記憶が全部繋がれば意味が分かる様になるのだろうか?


「大丈夫?」


「大丈夫! 大丈夫に決まっているでしょう! それより肉よ」


「もっと食べる?」


「……食べる。それとは別にどうやってお母さんに話を持っていくかよ」


 ナイフに良さげな切れ端を刺して、ソフィの火で炙って貰う。良い匂いが辺りに充満する。


「考えてもいなかった」


 肉を渡したら喜ばれるとばかり思っていた。まさか私物を全部没収・・されているなんて想像すらしなかった。


「冬の間は七日……十日に一回獲物を狩れる?」


「ゴブリンを使えば余裕だ」


「ゴブリン……」


 ソフィの機嫌が途端に悪くなる。


「あっ、ごめん」


「いいのよ。私も色々あって切れやすくなっていたわ」


 でも謝らない辺りが僕の知っているソフィだ。


「それで十日に一匹で良いの?」


「それで食料以外の物を帰す様に説得する」


「任せる。でもゴブリンの事をくれぐれも……」


「黙っていて欲しい? 欲しいなら私の頼み事を聞いて」


 ソフィだって言えないのを知っているはずなのに。これは我が儘を押し通す高度な駆け引きか!?


「出来る範囲なら」


「私を捨てないで」


「捨てないよ!」


「嘘! 二人は冒険者になるんでしょう。そうしたら二人は村を出ていく」


「そうだ。だから僕はソフィが欲しい!」


「私が……欲しい?」


 ソフィが何故か真っ赤になる。


「うん。ソフィに魔法の加護ブレイブがあるのは知っていたからね。レイが前衛でソフィが後衛、そして僕が遊撃をやれば最強の冒険者パーティーになれる!」


 間違いない。僕は自信満々でソフィに未来予想図を騙った。


「……バカ」


「え?」


「バカだって言ったのよ! 分かったわよ、一緒に冒険者になってあげる!」


「ありがとう!」


 僕は感極まってそのままソフィに抱き着く。人間は加護ブレイブを授からないと魔法を使えないらしいから、ソフィの加入は大きい。


「ちょっと! 近い、近いって!」


 ソフィは文句を言っても僕を蹴飛ばさない。


「あ、ごめん」


 レイと違ってちょっと膨らみとかあるんだ、と思ってしまったのは前世の悪影響に違いない。


「まったく、アイクと話すと話が変な所に行って大変よ! 私が先に家へ入るから、アイクは他の村人にバレない様にそれらを持ってきて」


「任せて」


 そうしてソフィがおばさんを説得してくれたおかげで僕は冬の間は自由に行動出来るようになった。食べ物と硬貨以外の没収・・された物は帰って来た。ソフィは硬貨も取り返したかったみたいだけど僕がソフィを止めた。僕とレイに取って失えないのはこの形見の剣だけだ。猪の毛皮数枚分の硬貨は必要経費と割り切る。その分を毛皮の売却益の分割で取り戻そうとしたけど、三割しか勝ち取れなかった。やはり小作農の立場は弱い。それに皮をなめしたりする作業はおばさんとソフィがやるため、余り強く出られなかった。


 悔しいけどもう数年の我慢だ。十五歳になったら絶対に村を出ていく!

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