001 追放は固い黒パンの味
001~003では主人公が世界の悪意を食らって落ちぶれていきます。
主人公が活躍し出すのは004からです。
千年周期で訪れる黄昏。それは太陽の光が陰り、気温が下がり、そしてモンスターが我が物顔で闊歩する暗黒時代。残されている断片的な記録と廃墟の壁画から黄昏を無事に乗り切った種族はいないと言われている。神々は黄昏に挑む種族に手厚い支援をするとも言われれているが、それが良好な結果に繋がった事は無い。それでも人々は神々が与える加護に一縷の望みを託して日々を生きる。
生活に暗い影が落ちる日々が多くなっても、年に数回開かれるお祭りではそんな悩みを忘れるかのように人々は大いに騒ぐ。領主が減り続ける在庫からビールと肉を大々的に供出してその力を示す。大道芸人が下手な芸を披露し、音痴な吟遊詩人がだみ声で英雄譚を引き語る。そして屋台が出所不明な食材で作った料理を暴利で売りさばく。
塞都市スルーブルクで開催されている成人を祝う祭りは他の祭りに負けない熱量を持っていた。教会で神々へ祈り加護を授かる儀式は新成人の未来を左右する大イベントだ。加護の9割はこの儀式で得られると言われていて国家の未来すら左右すると言われている。農村から出てきて成人式に出席している者の大半はそんな事を気にせずただ酒を飲みに来ている。
成人式を終えた僕は村の幼馴染二人と一緒に少し寂れた酒場で軽食を取る。お祭りのために必死に飾り付けた努力の後は認めるが、数年後には潰れていそうなぼろい店だ。酒場のマスターが水割りしたビールを出し、常連と思われる三組がチビチビと飲んだくれている。そんなぼろい店でしか祝えない僕たちにも問題がある。折角なのだからもう少し奮発しようと意見したのに、二人に却下されてしまった。ビールに漬けて柔らかくした固い黒パンにかみつくも、その固さは些かも損なわれてはいなかった。
「石でも入っているのか?」
僕が冗談半分に言う。幼馴染二人は気まずそうに何も言わない。出された料理には一切手を付けていない。
「どうかしたか?」
二人とは三年近く冒険者見習いをやっているから雰囲気がおかしい事に気付く。見習いとは言いつつも、一人前の冒険者以上にモンスターを狩っている。そのためかスルーブルグでは若手最優と噂されている。スルーブルグとしてはこのまま三人が残って冒険者を続けるのが望ましいし、僕たちもそんな生活を夢見ている。
「別れよう」
リーダーを務めるレイが冷静に言い放つ。使い古された革の鎧とミスマッチが激しい腰近くまで伸ばした奇麗な金髪が靡く。その甘いマスクで落とせない女性は居ないと僕は確信しているけど、レイは何故かまだ童貞だ。僕と一緒に大人の階段を登ろうと言う約束を律義に守っているのかもしれない。僕が何とか家から持ち出せた業物のショートソードを振るいながらモンスターとの戦いの最前線で皆をけん引する姿は勇者の如しだ。スルーブルグの商人や騎士から養子に来ないかと言う誘いは多く来ているが、「三人で冒険者を続けたい」と言う理由で全て断っている。
「え?」
だからレイの言った言葉が理解できない。僕たち三人は産まれた家は違えど死す日は同じと誓い合ったんだ。そうだろ、レイ? 僕は無意識のうちにもう一人の幼馴染を見る。
「アイクは村に帰れって事よ」
気怠そうにソフィが呟く。彼女は残った右目で僕を鋭く睨む。前髪で隠した顔の左半分が火傷で酷く爛れているのを知っている者は村外ではほとんどいない。肩から足元までを隠す黒いローブを纏い、頭にはとんがり帽子を被った典型的な魔法使いファッションに身を包んでいる。家に居る時は基本的に裸族だが、外出する時はこのローブで左半身の全身火傷を隠す。火傷が無ければ農村なら可愛い方だと太鼓判を押す。
僕は火傷があっても気にしないがソフィの目にはレイしか映っていない。去年勇気を出して告白してみたらけんもほろろに断れてしまった。レイが間髪置かずにソフィに告白すればカップルが成立すると思ったのに、二人の仲はいじらしいほど進展がない。二人の人間関係を読み違えたのだろうか? でも二人でコソコソしている事が多くなっているし、相性は良いはずだ。
「どうして!? ずっと三人でやって来たじゃないか!」
「加護無し(ブレイブレス)だからよ」
「……」
ソフィの発言に僕は沈黙する。成人式で僕だけ加護を授からなかった。それは本当だ。それでも頑張って三人で冒険者を続ける事は出来るし、誰かが加護無し(ブレイズレス)でも継続するのは既定路線だ。少なくともレイが別れ話を切り出す前はそう信じていた。
「ごめん、私のせいだ」
レイが泣きそうな顔で言う。
「レイ、涙が似合うのは美少女だけだよ? 全く……詰まらない事で気を使わせてしまったか」
僕は頭を掻きながらどうやってこの事態を収めるか思案する。
百人に一人は加護を得ると言う。だから加護そのものはそれほど珍しくない。僕はそんなありきたりなものを逃したのかと意気消沈する。転生者はすごいチートな加護を与えられるのがお約束じゃないの?
加護には等級がある事が事態をややこしくしている。白、黄、赤、そして青の順で等級が高い。等級は主にその色で分類される。アンコモンイエロー以上は千人に一人と言われている。そしてスーパーレアブルーは五万人に一人居たら良いほうだ。この国の総国民数が十万人じゃないかと言われている。即ち王国全土でスーパーレアブルーは二人しかいない。レアレッドの数は安定しないが五千人に一人と噂されている。
そんな希少な加護には無縁に思えるけど、レイはそのレアレッドだ。そしてソフィはアンコモンイエローだ。二人がコモンホワイトなら別れ話なんて無かった。無かったと信じたい。黄昏に対抗するために王国はアンコモンイエロー以上の加護持ちを王都の学園に集めている。アンコモンイエローまでならギリギリ拒否出来るがレアレッドは強制だ。レイは本人の希望に反して王都の学園に通わなくてはいけない。
そういう事態になって色々な人が右往左往する中で僕は三人で王都に行けば良いと楽観視していた。
「う~ん、僕が王都に行くのは反対なのか?」
「チケットが無い」
右手で紙をヒラヒラと靡かせながらレイがボソッと話す。
「チケット?」
僕の知らない何かがある?
「はぁ、アイクは蹴りだされたから知らないのね。私とレイは空飛ぶ船で王都へ向かうの。アイクの全財産を叩いても乗船が不可能なくらい高いから!」
ソフィが説明してくれる。つっけんどんな態度と裏腹に面倒見が良いのがソフィの良い所だ。ツン8割、クール2割みたいな感じでいつも接してくれる。デレ2割になってくれたら嬉しいけど、高望みかな?
「歩いていくけど?」
「どんなに危険か分かっているの!」
レイがテーブルを強く叩いて叫ぶ。レイが本当に僕の安全を心配している事が分かる。なにせこの時代で加護無し(ブレイブレス)は自殺行為だ。
「大丈夫。モンスターを倒せるのは二人とも知っているだろう?」
でも三人の中でもっとも多くのモンスターを殺してきたのは僕だ。農村よりもモンスターが弱い王都への道で後れを取る事は無い。
「それでなんで加護が無いのよ」
呆れたようにソフィが肩をすくめる。加護が無いとモンスターを倒すのはほぼ不可能だ。だけど僕はずっとモンスターを倒してきた。だから僕が加護を得られなかったのがショックだ。僕がどんなにモンスターを倒しても加護が無いから評価されない。
「二人が僕の心配しているのは分かった。だから一度は村に帰る」
本当に帰るしかないのか迷う。だけどこれから王都へ向かう二人を心配させたくない。