q95「宿泊研修二日目とは」
バーベキューが終わり、僕たちは後片付けの後で解散となった。
その間、識那さんは女子三人と固まっていて僕とは目も合わせてくれない。普段なら女子がいても僕の方に来てくれることが多いから、少しショックだ。
「それじゃあ部屋に行こうぜ、柳谷」
「あ、うん。そうしよっか。じゃ……じゃあね、識那さん。綾垣さん、佐藤さん、伊藤さんも、また明日ね」
「うん、おやすみぃ。まったねー」
「おやすみなさい」
「ばいばーい」
「……ま、またね」
識那さんは明後日の方向を見たまま、小さな声でそう言った。
それを見た元凶の綾垣さんは、ジェスチャーで僕にごめんねと謝る。
「……なあ? 何があったか聞いていいか?」
「うーん、説明が難しいなァ。識那さんが綾垣さんたちに揶揄われて、恥ずかしくなって僕を見てくれなくなったってところかな?」
「どうして揶揄われたら柳谷を見なくなるんだ? 二人の仲でも茶化されたか?」
「まあ、そんなところ」
「簡単にまとめ過ぎにゃ」
「珍しく意見が合ったな、馬鹿猫。ワシも同意見じゃ」
「わたしもですニャ。お姉ちゃんに一票」
「というか、騒動の核が分かってないポン? いや、これは……」
「パパ、女心は難しいの。特に思春期は繊細なの」
(光理はどういう立ち位置なのかな? 確かに長生きで色々見てるだろうけど、普段が五歳児の姿だから台詞が全く腑に落ちないんだけど)
そんな一幕はあったものの、部屋に戻った僕たちは入浴を済ませると皆でゲームに勤しむ。灰谷君が七曲君たちに事の顛末を聞いて「流石、やるなコーメイ」とか言ってたけど、彼は本当に分かって言ってるのだろうか。
ともかく、皆で遅くまでゲームをし、日付が変わる頃に漸く眠りに就き。
そして深夜になると、僕は分体を部屋に残してこっそり散歩に出掛ける。アイミスに頼んで眠ることもできるけど、今は外を歩きたい気分なのだ。
「……パパ、どこまで行くの?」
「まあ、体を動かした方が気分が晴れることもあるポン。改造人間のミケに通じる理論かは分からないけどポン」
そんな僕に付き添ってくれたのは、眼鏡モードの光理とポンちゃんだ。
残る猫又姉妹と鈴子は、僕の分体と寄り添ってぐっすり眠っていた。昼間、大勢の生徒に囲まれた環境だったから疲れたのかもしれないな。
「ありがとう。ポンちゃんは疲れてない?」
「俺はタフだから大丈夫だポン。それより、相棒の悩みの方が大事だポン」
「そっか、ありがとう。相棒」
「二人で愛棒って連呼して、なんだか怪しい雰囲気なの。ぼく、目を瞑っているから、気にせず始めちゃっていいの」
「何を? それに目を瞑ってるって、最初から目が無ぇじゃない。眼鏡だけに」
「真剣なムード、台無しポン。とりま、色ボケ眼鏡はその辺に捨てるポン」
「冗談なの。だから捨てないでほしいの」
少数でも相変わらず賑やかな妖怪組に、少しだけ気分が晴れた気がした。
いや、元々フラットになるから、モヤモヤや悩みは長く続かないんだけど。
「で、どうするポン?」
「え? 何が?」
「惚けるなポン。識那のことだポン。分かってるはずだポン」
「ポンさん、パパにそういうのは無理だと思うの。パパ、鈍鈍チンチ……」
「いや、こいつは分かってるポン。本当は、ずっと前からポン」
「えっ?」
ポンちゃんの言葉に、僕は激しく動揺した。
もちろんすぐにフラットに戻るけど、その動揺を彼は見逃さない。
「こうして散歩になんて出たのが、何よりの証拠だポン」
「……凄いね、相棒。上手く隠せてたはずだけど、どうして分かったの?」
「いや、全然上手くなかったポン。皆はそういうやつだと勝手に分かった気になってたみたいだけど、俺は騙されないポン」
「……ポンさん、いつも皆に同意してた気がするの」
「う、煩いポン! とにかく、そろそろ限界だと思うポン。どうするポン?」
「……」
そんなふうに言われ、僕は暫く無言で考えを巡らせる。
それはポンちゃんに言い訳をするため……ではなく、もっと別の理由でだ。
「……うん、ありがとう。相棒の喝のおかげで、漸く考えが纏まったよ」
「それじゃあ、前に進むポン? それともヘタレのままポン?」
「辛辣だなァ。僕だってやる時はやるよ?」
「……分かったポン。それならもう、何も言わないポン」
「男同士で通じ合って、少し羨ましいの。ぼくには分からない世界なの」
「光理も、心配して付いて来てくれてありがとう。君の明るさにはいつも癒されてるよ。これからもよろしくね」
「……応援しているの。パパ、ファイトなの」
二人の応援を受け、僕は決意を固める。あとはタイミングだけだ。
そう思いつつ、僕らは星がよく見える暗がりを暫く散歩し続けたのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
翌朝。
部屋で横になった僕は、皆が目覚めた頃を見計らい起床したフリをした。
寝起きからシャキッとし過ぎては変だから、適度に眠そうなフリも忘れない。
「おお、柳谷。さっさと布団、片付けろよ? もうすぐ朝食だぞ」
「あ、うん。ごめんごめん」
寝起きでエンジンがかかっていないフリをするのも、騙してるみたいで少し罪悪感があるな。まあ、それもフラットになるんだけどさ。
そうして僕らは部屋を綺麗にし、朝食を摂るために食堂へ向かった。
「……あ。おはよう、みんな」
「おお、おはよう。テンション低いな」
「まあ、朝だし」
「別人みてぇだな、綾垣」
その途中で同じ班の女子とバッタリ会うが、彼女たちは普段と違い静かだ。
どうやらこの班の女子は全員朝が弱いらしく、下手すると普段静かな識那さんが一番元気に見えるほどで。
「……おはよう、識那さん」
「……お、はよ、ございます」
小声で挨拶を返すと、識那さんは目を逸らしてさっさと食堂に行ってしまう。
昨日はフォローに入ってくれた綾垣さんも、今は屍のようで期待薄である。
「マジで喧嘩したんか? スマホのメッセージとかは?」
「何も送ってないよ。気まずさはあるけど、別に喧嘩じゃないし」
「どうしたもんかね? 誰かにヘルプ頼むか?」
「ありがとう、七曲君。心配してくれて。けど大丈夫。一時的なものだと思うし、すぐに元通りになれると思うからさ」
「そうか? ならいいけどよ」
そう言いながら、僕は心のどこかで「元通りにはなれないかもな」と予感していた。それは球体の機能とは関係無く、僕自身の勘のようなもので。
もしかしたら何事もなかったかのように元通りという可能性もあるけど、それでは駄目な気がする。このままでは永遠に先送りにしかならないのだから。
「あーあ、面倒臭いな。早く帰りてーぜ」
「まあまあ。今日は宇宙のことらしいから、昨日より面白いかもよ?」
「おお、ポジティブだな。流石は柳谷だぜ」
「宇宙と言えば、愛先生よね。名字が数学で名前が愛だから数学大好きっぽいのに、まさかの宇宙ラブだもんね」
「お? 綾垣さん、復活したんだね」
「愛先生、数学教師で苗字も数学ってウケるよね」
「苗字が数学だから数学教師になったんかな? けど宇宙の話になると止まらなくなるよね。授業そっちのけで話し続けるのもウケる」
「この前、将来は宇宙って名字の人と結婚して、フルネーム宇宙愛になるんだって語ってたぜ。あの人、実は馬鹿なのかな?」
「さっきから先生をディスりすぎだよ、みんな」
だが、班員たちが盛り上がる中、識那さんだけは無言で暗い表情をしていた。
皆は話に夢中で気付いてないみたいだけど、僕はそれが気になって仕方ない。けど、今は僕が声を掛けても逆効果な気がするし……どうしたものかなァ。
そうやって一人で悶々としていても意に介さず、研修は淡々と進んで行く。
心ここに在らずでも球体の力で、僕は完璧に研修内容を記憶するのであった。