q94「焚き火とは」
宿泊研修で隣県の施設を訪れた僕たちは、予定通りに研修を消化していく。
林業について学び、木材の加工を体験した後は、待ちに待った夕食だ。
「木って、火が点きにくいんだね」
「そっちは生木だからな。それじゃあ手順通りに焚き火しようぜ」
「確か、着火剤を最初にだっけ? あはは、これ松ぼっくりみたい」
「実際、キャンプだと松ぼっくりを着火剤代わりに使うらしいな」
「これ、敢えて着火剤を松ぼっくりの形で作ってるんだね。ウケるわ」
そうやってワイワイと楽しく、屋外で焚き火の準備を進める。
僕らの班では七曲君と田中君がアウトドア経験者らしく、焚き火も難なく準備することができた。僕もアイミスに聞けばできるけど、ここは彼らに任せよう。
「おーい、七曲! こっち点かなくてさ、ちょっと見てくれよ!」
「田中ァ! こっちの焚き火、点けてくれないか!」
「お、わりぃ。ちょっと行ってくるわ」
「俺も呼ばれてる。柳谷君、こっち頼むね」
「分かったよ。行ってらっしゃい」
そうしていると、上手くいかない班から引っ切り無しに七曲君と田中君を呼ぶ声が飛び交う。こういう場所では、彼らを含めアウトドア経験者は人気者だよね。
僕の班では二人が抜け、男子が僕一人になってしまった。アイミスを頼れば二人みたいに手伝えるのだけれど、公言しない方が楽そうだ。火の番に止めよう。
「……で、女子会みたいになったけど」
「あはは、ウケる」
「僕は女子じゃないよ、綾垣さん?」
「ほぼ女子会ってことで、恋バナでもする?」
「いいね。それで綾垣と柳谷君は付き合ってるのかな?」
「えっ?」
急激に女子トークが始まった場で、綾垣さんの友人の伊藤さんがそんなことを口にした。すると識那さんが驚きの声をあげる。
女子って本当にこういう話が好きだよね。女子だけだと男子とはノリが違うや。
「えー? どうだろー?」
「ちょっと、綾垣さん? そういう冗談は……」
「だ、駄目っ‼」
次の瞬間、識那さんが綾垣さんと僕の間に飛び込んで来る。
僕が呆気に取られていると、識那さんを見た綾垣さんが思わず吹き出した。
「プッ! アハハハハ! だ、大丈夫だって、識那ちゃーん」
「……えっ? あ、いや……」
「私ね、前に柳谷君にもハッキリ言ったから。君よりイケメンで逞しい人がタイプなんですよーって」
「……へ?」
「あ、うん。告白したわけでもないのに、何故か言われたよね。しかも生徒会の皆の前で公開処刑みたく」
「ククッ……だ、だから大丈夫だよ。あなたの柳谷君は、取ったりしないからさ。プッ、アハハハハハハ!」
「……ふぇぇ」
綾垣さんにそう言われて、識那さんは真っ赤になってしまった。
僕に背中を向けている状態だけど、耳まで真っ赤だから分かってしまう。
「ククッ! アハハハハハハ! し、識那さん、可愛すぎ!」
「ナハハハハハ! マジ⁉ これ最早、公開告白じゃん!」
「アハハハハハハ! ご、ごめんね、識那ちゃん。まさか、そんな仲だとは知らなくてさ。柳谷君ってば、こんな可愛い彼女がいたんだねぇ?」
「あ、いや……友達なんだけど。それより、そろそろ火の準備ができたよ」
冷静にそう言うが、識那さん以外の女子三人は今のが相当ツボに入ったらしく、笑いが止まらなくなっている。一方の識那さんは更に赤さが増し増しだ。
「おう、ただいま……って、何だ? この空気?」
「どうしたの? なんで皆、笑い転げてるの?」
そこに戻って来た七曲君と田中君は、訳が分からずキョトンとしている。
綾垣さんが必死に笑いを堪えて、二人に説明をしようとするが――――
「ストップ! この話、ここで終わり。三人とも識那さんを見て?」
――――僕にそう言われた女子三人は、漸く彼女が泣いていることに気付く。
元々こういうのに慣れていない子が、周りに大勢いる前で笑い者にされたら泣くのも無理はない。三人とも笑い過ぎて気付いていなかったみたいだけど。
「え? わ、わあ⁉ ご、ごめんね、識那ちゃん! そんなつもりじゃ……」
「ご、ごめん! 私たちが悪かったから、泣かないでぇ!」
「笑い過ぎたね、悪かったよぉ。ほ、ほら、ティッシュあげる」
掌を返して識那さんを慰めようと集まる女子三人に、七曲君と田中君はより一層キョトンだ。周囲の生徒も何事かとこちらに視線を移している。
「七曲君、申し訳ないんだけど。周りの皆がこっち見て焚き火を見てないから、なんとかしてくれない? このままだと危ないと思うんだ」
「あ? お、おう。そうだな。任せとけ。田中、手伝え」
「うん。よく分かんないけど、任されたわ」
七曲君と田中君に周囲の対応を任せ、僕は識那さんに集中する。
本当は僕らの焚き火も誰かが見てないといけないけど、今はそっちより識那さんだ。焚き火は思考/分割や属性技/炎氷を駆使すれば何とかなるはず。
「識那さん、大丈夫? 揶揄われてビックリしちゃったよね」
「……ふぇ」
そう言いながら、僕は笑顔で彼女の背中を摩った。
気休めだが、こうすると落ち着きやすい気がする。
「綾垣さんは、別に識那さんに意地悪して虐めようとしたわけじゃないよ。いつもこんな感じだけど、普通にいい人だからさ。怖がらなくていいよ?」
「ちょ、待って? こんな感じってどゆこと? 君は私をどう見てるの?」
「あ、ちょっと黙っててもらっていいですか? 識那さんが怖がるので、できれば三メートル以内に近付かないでくれません? それか檻に入ってて?」
「酷っ⁉ 私、猛獣かよ⁉」
そんなやり取りに、今度は識那さんが思わず吹き出してしまう。
今泣いた烏がもう笑ったとは、こういうことなんだろう。
「クスクスクス……」
「よかったぁ。笑ってくれたねぇ」
「本当にごめんね、識那ちゃん。変に揶揄ったりして」
「悪かったよぉ。許してぇ」
「……うん、もういいよ。大丈夫だから、三人とも気にしないで」
「よかった。雨降って地固まるってやつかな?」
「…………も、もう大丈夫だから。その、光明君? 背中……」
「え? あっ、ごめん⁉」
彼女に言われ、ずっと背中を摩ったままだったと気付く。
泣いてる間は誰の腕か分からなかったのだろうけど、僕のだと分かったからか、識那さんの顔は再び赤く染まってしまう。今笑った烏がもう赤くなったや。
「……ねえ、これってさ」
「うん。ガチのガチで、だよね」
「温かく見守ってあげよっか。下手なことすると、また泣いちゃいそうだし」
「お? 無事に解決したのか?」
「空気読まなくて悪いけど、そろそろバーベキュー、始めない?」
田中君のひと言で、僕らは漸くバーベキューを始めることに。
その後、女子四人は滅茶苦茶仲良くしてたけど、僕と識那さんは何だか微妙な空気になってしまった。というか、あれ以来全く目を合わせてくれないんだが。
「これ、どうなのにゃ?」
「うむ、これは……本当に分からないのじゃ」
「どう言っていいか分からないポン」
「甘酸っぱいですニャ」
(パパ、男を見せる時だと思うの)
(……あ、うん)
そうしてバーベキューを囲みながら、僕は様々な想いを巡らせるのだった。