q93「木の香りとは」
隣県にある片田舎の風景。
僕らの地元以上に自然溢れる環境の中、その施設があった。
「森林宇宙大学」
そんな仰々しい名称に、僕らはテンションだだ下がりである。
今の今まで小旅行気分だったのが、如何にも学びの場という雰囲気に呑まれたのだ。まあ、最初から研修だと言われてはいたのだが。
「森林なのか宇宙なのか分からんな」
「そもそも、駐車場から全体が見渡せる規模の施設なのに、大学って」
「シッ! 施設の人に聞こえちゃうよ」
「普通に木の学校でいいんじゃないか? なんでこんな大袈裟な名前……」
皆に好き放題にディスられ、学校が泣いている気がした。
それはともかく、今回の宿泊研修はこの施設が舞台だ。
ここは主に木のことを学べる施設なのだが、近くにロケット実験場がある関係で少しだけ宇宙関連の施設もあるらしい。近くとは言っても何キロか先だけど。
そんなわけで僕らは木のことや林業のこと、そして少しだけ宇宙についても学ぶことになっている。もちろん近くにコンビニも無い山の中だから、逃走不可だ。
「よーし、それじゃあ皆、自分の班のメンバーと固まってくれ」
そう言われて、僕たちはノロノロとやる気なく動き始める。
ここに来るまでのバスではクラスメイトと好きに座れたが、ここから愈々班分けのメンバーと合流となるのだ。
「よろしくな、柳谷。識那さんも」
「うん、こちらこそ。七曲君」
「よ、よろしくね」
「ねえ、これって運命じゃない? こんな偶然ある? 奇跡じゃない?」
「それを言ったら僕の場合、クラスの友達の識那さんと組めたのが奇跡だよ」
「あ、それもそうだね。とにかくよろしく、柳谷君、七曲君。あと識那さんも」
「よろしくね、綾垣さん」
「おう、よろしくな」
「……よろしくお願いします」
僕らの班は七人。そこには隣のクラスでサッカー部の七曲君と、生徒会メンバーの綾垣さんが含まれていた。
七曲君とはたまに話す仲だし、夏祭りでも会ったな。それに彼は性格イケメンで有名だから、話しやすい。ちなみに性格だけじゃなく顔もカッコイイと思う。
綾垣さんとは言わずもがな、生徒会で頻繁に会っていたから随分と仲良くなった。生徒会メンバーだけど真面目すぎず、かと言って陽キャすぎず、話しやすいタイプだと思う。正直、この二人が揃った時点で怖いもの無しだ。
残りの三人は僕も識那さんも面識がほとんどない他のクラスの人だけど、七曲君や綾垣さんと友達らしいので安心だ。
そんなわけで班は、僕と識那さん、七曲君、綾垣さん、七曲君の友人の田中君、綾垣さんの友人の佐藤さんと伊藤さんになった。男子三人、女子が四人である。
「では、まず部屋に荷物を置いてください。リーダーは施錠を忘れずに」
「十分後、正面ホールに集合だ。絶対に遅れないようにな」
引率の先生たちの指示に従って、僕らは宿泊する部屋へと急ぐ。
施設の中は木のいい香りがしていて、泊まる部屋もふんわりと木の香りに包まれている。今夜はよく眠れそうだ。寝る必要ない体だけど。
「おう、佐々木。よろしくな」
「七曲、同じ部屋かよ。よろしく」
「この部屋のリーダーは中泉だっけ?」
「ああ、うん。施錠、頑張るよ」
宿泊する部屋は、僕らの班と他二班の男子が共同で使うことになっている。
各班から三、四名ずつで計十名なのだが、ここでもちょっとした奇跡があった。
「おお、コーメイ。はじめましてよろしく、だな」
「そうだね。はじめましてよろしく、灰谷君」
「お前ら仲いいな。どんな挨拶だよ、それ」
なんと、別の班だった灰谷君と一緒の部屋になったのだ。
今回の宿泊研修、組み合わせに奇跡が多くて最高だね。
「よし、それじゃあ寝る前にゲームするか」
「そうだね。そのまま寝落ちして、先生に怒られたらいいと思うよ」
「仲いいのはいいが、まずは集合だぞ。ゲームは夜にしろ」
七曲君のツッコミを受け、僕たちは集合場所に急ぐ。
どうやら楽しい研修になりそうで安心したよ。
「それでは全員いますね。これから日程の確認をします。まず……」
集合した僕らに、先生たちが研修日程の再確認を始めた。
今回、僕らがやるのは班ごとでの施設見学、後日提出するレポートの前準備、木材の加工体験、それから夜の自炊となっている。全体的に退屈そうだが、夜は薪を使ってバーベキューだから、そこだけはかなり楽しみだ。
僕らはまず、班の七人で施設内を色々と見て回り、事前に出された課題をクリアできるよう協力して情報を集めて行く。
アイミスに頼めば一瞬で終わりそうだけど、ズルは無しで頑張ろう。
「あ、こっちの林業の基礎ってコーナーが怪しいね」
「課題の三番だったか。関係ありそうだな」
「あっちに国内の林業がどうこう書いてあるわよ。課題の五番はたぶんそれね」
「結構広いわね。明日、筋肉痛になりそうだわ」
そこそこ楽しみつつ、僕らは順調に課題を終わらせていった。
動き回った分、バーベキューが美味しく感じられそうだ。僕は疲れないけど。
「よし、これで最後か」
「あっさり終わったね」
「さーて、バーベキューの準備しようぜ」
「まだよ。この後、木材を加工するって言ってたじゃん」
「面倒臭いな。柳谷、お前に全部任せた。一人で上手く加工しとけ」
「虐めだ! 酷いよ、七曲君……」
「あはははは、ウケる」
僕らの班はそんな感じで仲良くしつつ、綾垣さんの舵取りもあって問題なく過ごしていた。流石は生徒会メンバーだけあって、素晴らしいリーダーシップだ。
七曲君も、場を盛り上げたり全員に気配りしたりと性格イケメンを存分に発揮してくれていた。器が大きくて、とても同じ高校一年生とは思えないよ。
やがて全ての班が課題を終えた頃、僕らは休憩を兼ねたレポート準備に移る。
そこで僕も班の役に立とうと、皆の分の飲み物を買ってくると申し出た。
「じゃあ、皆はレポートの方をお願いね」
「柳谷君、悪いわね。ありがとう」
「いいやつだよな、柳谷」
「優しいよね」
「そんな、褒めても何も出ないよ」
「え? 褒めたんだから全員分のジュース、奢りだろ?」
「虐め⁉ さっきから酷いよ、七曲君……」
「あはは、冗談だって。それじゃあ頼むな、柳谷」
「あはははは、ウケる」
そうして僕は、自動販売機がある施設のホールへと向かった。
僕らの休憩場所からは少し距離があるから、この役は疲れない僕が適任だろう。
「ミケ、パシリにゃ。虐められてるのにゃ」
「馬鹿猫め、話を聞いておらんかったのか? どう見ても仲良しじゃろが」
「パパ、優しいの。株価が急上昇なの。ハーレムも間近なの」
「それは無理だポン。こういう男はいい人止まりで終わるものだポン」
「ポン右衛門、辛辣ニャ。でも確かに、昔から優しいだけの男はモテないニャ」
(……相変わらず賑やかだなァ。皆、ぞろぞろついて来なくてもいいんだよ?)
「たまにはウチにもジュース奢るにゃ。初めての奢りにゃ」
「たわけ。おのれがミケの奢りじゃなかったことなど無いじゃろが」
「お姉ちゃん、少しはミケに感謝するのニャ」
(シレッとジュース要求してるけど、そもそも琴子って飲まないよね?)
「そうだと思うポン。飲めなくはないけど、ツナ缶があれば充分だポン」
「それも嗜好品だから無きゃ無いでいいと思うの。ただの構ってちゃんなの」
ゆっくりと歩く僕の後ろを、ぞろぞろと皆が付いて歩く。
見ての通り、今回の宿泊研修には妖怪組の皆も同行してたりする。イリエだけは安定の留守番だけどね。
「なら、ツナ缶で我慢するにゃ」
「意味不明だポン。どういう文脈でそうなったポン?」
「そもそもツナ缶は普通の自動販売機で売ってないと思うの」
「ミケ、無視していいのじゃ。馬鹿猫は死んでも治らんのじゃ」
「残念ながら鈴子に同意ですニャ。適当に流してくださいニャ、ミケ」
そんな妖怪組を見て、僕はクスクスと笑ってしまった。
周りから見たら一人で笑っているように見えると、慌てて表情を戻す。
(まったくもう……ほら、琴子。疲れたなら僕の肩に乗る?)
「にゃにゃ! だからミケ、大好きにゃ!」
「どいつもこいつも、甘やかしすぎだポン。ところで、俺も乗るポン」
「ふふ、喜んでるお姉ちゃんも可愛いニャ。わたしも肩、いいですニャ?」
「ミケ、お人好しが過ぎるのじゃ。もっとこう、厳しくじゃな……」
「そう言いながら、抱っこしてと腕を広げる鈴子、可愛すぎなの。ツンデレロリババア可愛いの。それはそうと、満員みたいだからぼくはパパの下半身でいいの」
(下半身でいい……の意味が分からないよ、光理。そっちの方が難易度高いから、眼鏡のままでいてもらっていい?)
そうして僕は両肩と頭を座席代わりにされ、運搬係として賑やかすぎる皆を乗せたまま自動販売機で買い出しをするのだった。
ちなみに四人に対し両肩と頭で三席しかない問題は、頭の上の鈴子が更に上にポンちゃんを乗せることで解決した。夏場は暑苦しさマックスな絵面だけど。
妖怪が見えるようになり、そして琴子と出会って以来、寂しさとは無縁だなァ。