q92「宿泊研修とは」
濃密な日々を過ごす中、新生徒会が少しずつ落ち着きを見せ始めた頃。
僕たちの学校では、宿泊研修と修学旅行の時期が訪れる。
「それじゃあ、私たちがいない間、学校をお願いね」
同時ではないけれど、二年生は修学旅行、一年生は宿泊研修があるのだ。
ちなみに三年生は受験勉強や就活があるので何も無いそうだ。お疲れ様です。
「はい、僕たちに任せてください」
「私と柳谷君で頑張ります。とは言っても、何も無いでしょうけど」
「ハハハ、とても頼りになるね。お礼にお土産、買ってくるからさ」
「そんなのいいですから、目一杯楽しんで来てください」
「なんて出来た後輩だ……」
「ありがとう。安心して楽しめるよ」
「そういえば、君らも宿泊研修があるんだっけ?」
「はい。先輩たちの修学旅行の翌々週ですね」
「僕らのは、体験型施設で一泊するだけですけど」
そんなふうに各々が期待に胸躍らせる中、僕には心配事があった。
それはカナ先輩と根古先輩のことだ。二人は妖怪なのだし、修学旅行中に正体がバレるようなことにならないといいけど。
「本当に大丈夫ですか、先輩方。僕の分体を変化させて付き添いましょうか?」
カナ先輩と根古先輩だけになったところで、僕はそんな提案をしてみる。
すると、何故かカナ先輩はニヤリと笑みを浮かべた。
「……そっかそっか。ミケ君、そんなに旅行先で私の入浴を覗きたいんだ?」
「こっちは真面目に心配してるんですけど? 本当に大丈夫かなァ……」
「ありがとな。けど協力者もたくさんいるし、大丈夫だって」
「協力者?」
根古先輩の言葉に首を傾げてみせると、彼はあからさまに目を逸らした。
これはつまり、僕の知らない何らかの対策がしてあるってことだよね。
「まあ、先輩方がそう言うなら。気を付けて楽しんで来てくださいね」
「おう! ありがとな、光明」
「お土産、期待しててよね。君の大好きなもの、あげるから」
「……まさかとは思いますが、お土産は私とか言いませんよね?」
「な、なんで分かったの⁉ だって大好きでしょ、私の裸」
「そんなわけあるか。人聞きの悪いこと言わないでください」
というか、カナ先輩の人間体って遠野さんと同じように偽物だよね?
それを言ったら妖怪の方の裸は本物だって話だけど。今は言わんとこ。
「光明……お前、餓鬼の裸が好きなのか?」
「待って。根古先輩、それは語弊が酷過ぎます。音で聞いたら子どもの裸って聞こえちゃうじゃないですか」
「そうだぞ、ヒラ。彼が好きなのは私の裸であって、子どもの裸では……あれ? いや、どうなんだ? 実は好きなのカナ?」
「ねえ待って。私のも子どものも、断じて違う。僕は普通に同級生とか年上のお姉さんの方が……って、なんてことを言わせるんですか⁉」
「おい禍奈。なんだこいつ、超面白ぇぞ」
「でしょ? 私も気に入ってんだよね、ミケ君のこと」
「人で遊ばないでくださいよ。とにかく、行ってらっしゃい、二人とも」
「おう! ありがとな、光明」
「お土産、期待しててよね。君の大好きなもの、あげるから」
「デジャヴ⁉」
そんな戯れもあったが、二年生は無事に修学旅行へと旅立って行った。
ちなみに天野先輩にも楽しんで来てと伝えたのだが、彼女は「べ、別にお土産とか期待しないでよねっ」とテンプレなツンデレ台詞を言っていた。
まさか天野先輩まで、お土産は私とか言い出さないよね? 美術室の中なら言いそうな気がするなァ。
「……天野先輩のお土産を受け取るの、必ず美術室にしようっと」
〖邪な思考を感知しました。本体を自爆モードに移行します〗
(待って。嘘だから、ごめんって)
〖今のは冗談です〗
(知ってるよ⁉ 冗談じゃないパターンがあったら大変だよ⁉)
相変わらずアイミスはお茶目だなァ。
そんなふうに思いつつ、僕は自分の宿泊研修に意識を向ける。
僕たちの日程は一泊二日だ。あっという間だけど、学校の皆と泊まり掛けなんて初めてだから、少し楽しみだわ。
校外学習もあったけど規模が違うし、今回は行き先も隣県だからね。
「……で、あんたらは運命の赤い糸で結ばれてるのかな? いやマジで」
「はぅぅ……」
「いや、たまたまだから。別におかしくないでしょ、このくらい」
「ううん、おかしいと思う。だって全部のクラスからランダムで選ばれて班を組むのよ? それなのに君と識那さんが一緒の班って、大いなる意思を感じるわ」
「大袈裟だなァ。他の班だって同じクラスから三人選ばれたところもあるし、別に変じゃないと思うけど」
「そうね、ギャルと陰キャと普通女子って微妙すぎる三人は確かにあったけど、友達以上恋人未満はあなたたちだけだからね?」
「ふぇぇ……」
「そろそろ止めない? 識那さんが倒れて、研修に行けなくなりそうだからさ」
そんなふうに茶化されはしたものの、正直なところ、かなり嬉しかった。
だって識那さんと一緒に遊べ……もとい研修できるのだから。
灰谷君と一緒というのも嬉しかっただろうけど、彼とは普段から頻繁に遊んでるからね。最近は生徒会で忙しくてそれなりだけど。
遠野さんとは遊ぶというより遊ばれる感じだし、委員長には妙に警戒されてる節があるから楽しめたか分からない。委員長はいい妖怪だけどさ。
そういうわけで、識那さんと一緒が最も嬉しいのだ。美少女だし、す……とても癒されるからね。色んな意味で。
「気を取り直して、よろしくね。識那さん」
「う、うん。なんかごめんね、光明君」
「アハハ、なんか前と逆だね。謝るなんて、識那さんってば変なの」
「……フフッ、本当だね。ごめんじゃなく、よろしくだよね」
僕と識那さんが校外学習の頃のことを思い出して笑っていると、少し離れた場所で灰谷君と他数名がヒソヒソ話をし始める。
「……マジでいい雰囲気だな。流石だぜコーメイ、やるな」
「わ、いたの? けど、わたしたちもそう思うわ」
「なぁなぁ、賭けない? あの二人、今月中に付き合い始めるかどうか」
「付き合わないにツナ缶にゃ」
「ワシもじゃ。断言できるのじゃ」
「俺もポン。ヘタレだポン」
「うう、わたしも……ですニャ」
「賭けにならないでしょ。絶対に無理だと思うわ」
「俺もそう思う。だってコーメイだぞ?」
そうして僕らは先輩のいない学校を守りつつ、宿泊研修という新たな学校行事を心待ちにして過ごすのだった。
ちなみに全部聞こえてるからね? その通りではあるけどさ。