q91「新たな力とは」
〖ミケ、準備はいいですか?〗
二学期の中間テストの後、久々にアイミスから適合率上昇の通知を受けた。
前回が夏休みの中頃だったから、随分と久しぶりな感じだ。ここまでハプニングやら出会いやら色々とあったしなァ。
(それじゃあ、お願い)
〖適合率微増……完了しました。気分はどうですか?〗
(……うん、今回も軽い眩暈だけ。大丈夫だよ)
〖それでは、今回追加された機能ですが……〗
安心感さえ覚えるほどいつも通りに淡々と、アイミスは説明を開始した。
こういう時、アイミスがやはりナビゲーション用のシステムだと実感するよ。
〖今回はパッシブとして「鑑定」と「技能/人外・無生物Ⅰ式」が解放され、アクティブとして「術理/再生」と「支配/電磁波」が使用可能になりました〗
(……鑑定?)
〖鑑定は、ミケが認識した物質あるいは生物に関する情報を提示する機能です。情報量は都度、調整可能です〗
(どういうこと? 鑑定ってゲームとか異世界転生系の漫画とかでよく見るけど、そういう感じ?)
〖はい、概ね合っています。ただ実際は名前や特徴、特性、生態などシンプルなものに限らず、構造や含有物質、エネルギーなど多種多様です。その全てをいちいち表示していては日常生活に支障が出ると予想されるため、調整をお勧めします〗
(うん? 分かったような、分からないような……)
そんな僕の疑問は、一度鑑定という機能を使ってみたら解決した。
目の前にあったボールペンに調整なしで鑑定が発動した結果――――
(ギャアアアア⁉ ナニコレ気持ち悪いィィィィ‼)
――――あまりに濃い情報に、僕の脳はパンクした。
まるで百人くらいが同時に別々のことを話し始めたような感覚だ。僕は目が回る・睡魔に襲われる・頭を殴打されるを一度に味わった気分になった。
端々に聞こえたのはボールペンと無関係に思える炭素やステンレス鋼線という単語だったが、たぶん部品の材料のことだと思う。
その後、耳馴染みの無い文字列が聞こえた辺りで、見かねたアイミスが情報量を最小にしてくれたから助かった。調整しろと言った意味がよく分かったよ。
〖と、このようになります〗
(……うん、すごくよく分かったよ。ありがとう、本当に)
〖ちなみにですが、この機能は自動発動型ですので。ミケが何かを認識した瞬間に再発動しますから、注意してくだ……〗
(ギャアアアアッ!? 消しゴム、意外としゅごいのォォォォ‼)
〖……手遅れでしたね〗
そんな試練を乗り越えた結果、鑑定は最も簡単な情報だけが提示されるよう調整をお願いした。必要があれば、そこからより詳細な情報を獲得する形だ。
これならボールペンと消しゴムだけで死にかけるなんてこと、起きないよね。
なお、耳馴染みの無い文字列はエネルギーの単位とかだったらしく、僕には一生必要無いものだなと思った。
それより、あんな状況でも心の声で悲鳴をあげてた僕を、誰か褒めて?
〖技能/人外・無生物Ⅰ式は、特定の種族に自動発動する機能です〗
そんな僕の健気な頑張りをスルーし、アイミスは説明を続けてくれた。
相変わらずマイペースだよね。システムだから仕方ないんだけどさ。
ともかく、続く技能/人外・無生物Ⅰ式というのは、ファンタジーでお馴染みのゴーレムみたいな相手に作用する機能であること。それから任意発動機能の術理/再生は他人の外傷を治せること、そして支配/電磁波は周囲の電磁波に干渉したりコントロールできる機能であることを説明された。
電磁波って電波とかのことだよね。電波ジャックとかできちゃうのかな?
〖どちらの任意発動型も、使いこなすには訓練が必要です。相応の訓練をセッティングしますか?〗
(……どういう訓練か、一応聞かせてもらえる?)
〖まず、適当な人間を切り刻みます。そして術理/再生を用いて……〗
(却下、却下)
〖次に支配/電磁波ですが、手始めにミケの黒歴史を公共の電波に乗せ……〗
(却下却下却下却下ァ‼)
〖冗談です〗
お茶目なアイミスに肝を冷やしながら、僕は機会があれば少しずつでも練習しようと心に誓う。間違っても公共の電波でやらかさないように気を付けよう。
そうして今回も無事に新機能獲得の儀式を終え、僕は中間テストと儀式の疲れを癒そうとベッドにダイブした。割合は儀式の疲れが八割に思えるけど。
「ミケ、今回のテストはどうだったにゃ?」
「うーん、どうかなァ? 上手く手加減できたと思うんだけど……」
「事情を知らないと、イキってる厨二病にしか見えないポン」
「仕方ないでしょ? そうしないと毎回満点になっちゃうかもしれないんだから。授業を聞いているだけで全部完璧に覚えられちゃうし」
「その言い方も、調子に乗ってる人みたいですニャ」
「う、煩いなァ。まさか本当にそんなこと言う人がいるなんて、僕も思わなかったよ。しかも、まさか自分で言うなんて尚更ね」
「改造人間さまさまじゃのう。元のミケでは、どうなっていたことやら」
「……ぼ、僕の元々の成績なんて、皆は知らないでしょう? そんな悪いみたいに決めつけて話さないでくれるかな?」
「じゃあ、よかったの?」
「ごめんなさい。悪かったです。本当に球体さまさまです」
「ありゅじしゃま~、しょ~じきもにょれすてきれしゅ~。やっぱりしゅき~」
琴音が加わってさらに賑やかになった妖怪組と、そうやって部屋でまったり過ごす。賑やかではあるけれど、こういう感じは嫌いじゃない。
同時刻、僕の分体は見て絞めて押し潰され鳴かれるという殺害地獄の真っ只中なわけだが、こっちは無縁で平和だから別にいいや。
というか、こっちの癒し無しで永遠に殺され続けていたらと思うとゾッとする。
球体のおかげで気が狂ったりはしないだろうけど、普通に嫌な気分にはなっていたと思うし、そもそも凶悪妖怪たちの相手なんて引き受けなかっただろうなァ。
「そういえば僕には効かないからあまり実感ないんだけど、あの凶悪妖怪たちって本当に危険なのかな? 自制できてるんでしょう?」
「……阿保にゃ」
「馬鹿じゃの」
「本物だポン」
「ここまでとは思わなかったですニャ」
「パパ、流石にヤバいの」
「ありゅじしゃま~しゅき~」
皆に好き放題言われ、僕は納得いかなくて食い下がる。
確かに人間に対する殺意は危険だけどさァ?
「いや、だってさ? 自制できてるなら何の問題も無いんじゃない? 僕の分体を使ったガス抜きだって、本当に必要かな?」
「ミケの常識では、日本刀や拳銃を持った危険人物が普通にその辺を歩いていても何も問題ないポン?」
「おのれは、そやつらが自分は自制してるから大丈夫と言い張っていたら、安心して背中を見せられるんじゃな?」
「そ、それは、その……」
ポンちゃんと鈴子の発言に、僕は口ごもってしまう。
二人の言っていることが正しいからだ。そんなの、絶対に目を離せないよ。
「あの妖たちは、単に気合いで我慢してるだけですニャ」
「待て、の訓練をした犬と一緒にゃ。飼い主が見ていなければ好き放題にゃ」
「今は、おぃたち大妖が飼い主みたいなもんだでなぃ。ギャハハハハ!」
その話に、何も言えなくなる。僕だって大好きな漫画の続きが目の前にあって、それを読むなと言われても我慢できる自信なんて無いもの。
そっか、あの妖たちは僕ら人間のために必死に我慢してくれていたのか。自分たちの欲求を無理矢理に抑え込んでまで。
というか、ぬーさん暇なの? 最近来すぎじゃない?
「だからこそパパの存在はすっごく大きいの。あの妖たちは今、大好きな御馳走を食べ放題って感じなの」
「御馳走って……」
「ぼくの憑依も鳴き女たちの衝動も、妖の存在理由そのものなの。それが満たされるのは、人間で譬えるなら大好きな御馳走を食べてるようなものなの。もしくは、大好きな人と一夜を共にするようなものなの」
「うん、御馳走の譬えだけで分かるから。後半要らなかったよね?」
「つまりにゃ。ウチらがミケを脅かすのも、一夜を……」
「止めんか馬鹿猫。マジで危ないのじゃ」
「その見た目でそういうこと言ったら完全にアウトだポン」
「実年齢は人間の誰より上なんですけどニャ」
「ありゅじしゃま~らいしゅき~」
皆のそんな話に、僕は危険極まりないはずの妖怪たちへの好意をほんの少しだけ上方修正したのだった。
役に立てるなら、ちょっとくらいなら付き合ってあげてもいいかな。分体だし、どうせ絶対に死なないのだし、何も問題は無いよね。
……後日、噂を聞きつけた他の危険妖怪たちが僕の分体を求めて集うようになるのだが、それはまた別の話である。




