q90「生徒会役員の補佐とは」
生徒会の副会長カナ先輩と、書記の根古先輩の補佐役になって数日が経ち。
僕は生徒会メンバーとも徐々に打ち解け、なんとか補佐の役割を熟していた。
「ねえ、まさかこの計算、たった十秒で暗算したの?」
「いえ、あの、こ、こっそりとスマホの計算アプリをね? ハハハ……」
「この書類の山、三十分前に見た時はまだ分類されてなかったんだけど。完璧に分けられてるのは何故? まさか、君一人で……?」
「それ、副会長と根古先輩と三人で、超特急でやっておきました! ハハ……」
補佐どころか、迂闊な行動で逆にカナ先輩や根古先輩に迷惑をかける始末。
僕が改造人間だと知っているのは妖怪の二人だけだから、下手なことをして正体がバレては元も子もない。もっと気を引き締めなければ。
「難しいですね、普通の人間のフリって」
「そうね。私たちとはベクトルが違うけど、分かるわー」
「いや、分かんねーって。どんだけ超人なんだよ。こいつ逆にポンコツだわ」
……だが、そんな危うい状況も少しずつ改善される。
他の役員たちの仕事を見て学習し、僕は所謂「手加減」を身に着けたのだ。
「ああ、こういう塩梅なのか。勉強になります」
「そう? それにしても一年生とは思えない速さね」
「じゃあ、もっと遅くします」
「何でよ⁉ そこはもっと速くじゃないの⁉」
優しい先輩たちに囲まれ、僕の生徒会役員補佐は順調だった。
登校して普通に一日を過ごし、昼休みは頼まれれば手伝うこともあるけど、基本的には放課後の二~三時間だけ活動する毎日。生徒会メンバーは家に持ち帰って仕事することもあるが、僕の場合はあくまで補佐だから免除されているのだ。
そんな中で意外だったのは、同じ一年生の綾垣さんに懐かれたことかな。
「いやあ、私一人だけ一年生じゃん? 最初はどうしようって不安だったけど、柳谷君が来てくれて助かったわ」
「綾垣さんは一年生枠に推薦で入ったんだっけ?」
「そうなのよ。友達が勝手に推薦しちゃってさ」
「そんな芸能事務所のオーディションみたいなことあるんだね。けど、僕も同じ一年生がいてくれて安心したよ」
「だよね、だよね。これから一年間、よろしくね」
そんな僕ら一年生を気遣ってか、参田会長は積極的に話しかけてくれる。
流石は生徒会長になるだけの人だ。人柄や人徳も素晴らしい。
「二人は仲がいいね。これはカップル成立ってやつかな?」
「いやあ、ごめんなさい。柳谷君のことは頼りにしてるけど、私の好みはもっとイケメンで逞しい人かなあ?」
「……だ、そうですよ。告白してないのにフラれたので、生徒会を抜けることにします。これまでお世話になりました」
「わあっ⁉ ちょ、ちょっと待って! 私が悪かったから、辞めないで! 私が校長先生に怒られちゃうから!」
そんな冗談やノリの良さのおかげで、僕らは楽しく過ごすことができていた。
仕事は少し大変だけど、今のところは特に大きなトラブルも無いし、補佐を引き受けたことを後悔していない。むしろ先輩たちと知り合えてよかったくらいだ。
「時定先輩、須佐男先輩。こっちの書類、できました。チェックをお願いします」
「ありがとう。速いな、柳谷君」
「助かるよ。悪いな、俺たちの手伝いまでさせて」
「いえ、僕でよければいつでも」
「じゃあ私の肩揉んでよ、ミケ君。ついでに胸も」
「パワハラと逆セクハラのコンボですよ、カナ先輩。というか仕事してください」
「そうだぞ、禍奈。揉むなら俺のを揉め、光明」
「こらこら、二人とも。後輩を虐めちゃ駄目だよ」
暫くは、そんな穏やかな日々が続く。
しかし十月に入ると二学期の中間テストもあり、僕の日常は勉強に生徒会補佐に日常生活にと、一気に慌ただしさを加速させていった。
「ごめんね灰谷君。最近はあまり遊べなくて」
「いいって。色々と大変みたいだし、気にすんなよ」
「うええ……ミケちんがわたしと遊んでくれないよぉ、三重籠ぅ~」
「駄目だよ、いのりちゃん。光明君だって遊びたいの我慢してるんだから、テストが終わるまでは、ね?」
「大変ね、柳谷君。それでも居眠りやサボりが無いって凄いわ」
本音を言えば皆ともっと遊びたいけど、今は生徒会の補佐に入って間もないからね。各方面が落ち着くまでは待っててもらうしかない。
「我慢できないにゃ。ウチらともっと遊ぶにゃ」
「馬鹿猫。ワシらは毎日のように家で相手してもらってるじゃろうが」
「そうですニャ。お姉ちゃん、我儘を言っちゃ駄目ニャ」
「出来た妹だポン。魚さえ与えなければ最高だポン」
(パパ、ぼく寂しいの。ぼくにはもう、飽きちゃったの?)
(光理とはむしろ、一番遊んでるよね? 最近は五歳児くらいの姿まで成長してるし、身バレしないようにって三つ以上先の町まで連れて行ってるじゃん?)
以前の僕だったら、こうやって先輩と軽快に話すことも、クラスメイトとの輪を広げることも無かっただろう。そもそも生徒会に関わることも、女子とこんなふうに頻繁に話すことさえ無かったかもしれないな。
「ミケ君、忙しそうだね。別にわたしのために時間割く必要なんてないから、さっさとあっち行きなよ。迷惑なんだけど」
「はいはい。じゃあ、もうちょっとだけ話したら帰りますから」
「……生意気。けど、仕方ないからもうちょっとだけ付き合ってあげる」
天野先輩とも、文化祭以来こうしてたまに会っている。
連絡先を交換してあるし、先輩から「別に会いたくないから」みたいなメッセージが来たら、察して会いに来る感じだ。素直じゃないよなァ。
ちなみに会うのは部活の無い日の美術室だったり、学校の外だと喫茶店やカラオケで会うこともある。
休日に会うことは無いけれど、放課後たまに親交を深める程度には親密な仲だ。折角できた繋がりだし、あと美人と過ごすと癒されるからね。
「……最近、忙しいね。生徒会の人とか、あの先輩とも会ってるんでしょ?」
「うん。カナ先輩とか根古先輩とか、あと天野先輩とか。忙しいけど楽しいよ」
「それなら、こうやって気を遣って妖怪談義なんてやらなくてもいいよ? 忙しいんだから、時間が勿体ないでしょ? もっと他の人に時間を割いても……」
「え? もしかして識那さん、僕と二人で過ごすの嫌だった? 僕はこの時間を、凄く大切に思ってるんだけど」
「い、い、い、嫌じゃないです! むしろ好きです、大好きでしゅ! ただ、わたしなんかと居ても退屈かなと思っただけで……」
「この時間が一番楽しいよ? 僕と識那さんの仲じゃない。僕も大好きだよ」
「ふぇっ⁉ はうぅ……」
「出たにゃ、天然たらし」
「うむ、天然たらしじゃ」
「無自覚な天然たらしですニャ」
「馬鹿と天然たらしは紙一重だポン」
(男女二人きりで好き好き言い合って、恋人じゃないのが不思議なの。もういっそ付き合っちゃえばいいと思うの。どうして付き合わないの?)
(いや、好きなのはあくまで妖怪談義だからね? 識那さんも妖怪談義が好きだってハッキリと言ってるじゃない。僕はたらしじゃないし、唯一人間で妖怪が見える友達なんだから、ずっと大事にしないと)
まあ、僕が普通の人間だったら、忙しさに押し潰されて色々なことを蔑ろにしてしまっていたに違いない。だから、こうやって大切なものを大切にできる現状は、ラスターさんに感謝しないとな。普通じゃなくてよかったよ。
そんなふうに思いながら、僕は――――
「ドッドッドッ! 全開で見つめても死なない人間なんて、滾るべぇ! もうミケはん以外なぁんにも見えねぇだよぉ! ドゥヘヘヘヘヘヘ‼」
「ああああ! ご、極上の絞め心地ぃ! わたくし、昇天しちゃいますぅ! ミケどん、生まれてきてくれて本当にありがとう! うひょひょひょひょ‼」
「ミケちゃん、最高だよ! これでもまだ潰れないなんて夢みたいだ! おいらの重すぎる愛、もっともーっと受け止めてくれよな! アヘッ、アヘヘヘヘ‼」
「およよ、皆さんに好き放題されるミケさんが不憫で、私、涙が止まりませんわ。およよ、およよ、およよよよ……キヒヒヒヒヒヒヒィ‼」
――――僕は、色んな妖怪たちからSATUGAIされ続けていた。
いや、正確に言うと、死なないから好き放題されていると言うべきか。
今は、先日も顔を合わせた百々目鬼や一反木綿、それにオバリヨンに鳴き女など、人間を殺したくて仕方のない妖怪たちのガス抜きに付き合っているのだ。
改めて解説すると、百々目鬼は全ての目を見開いて僕を殺そうとし、一反木綿は全力で僕を絞め殺そうとし、オバリヨンは僕の背で重さを増して押し潰そうとし、鳴き女は本気の鳴き声で僕の精神を壊そうとしているのである。相変わらず恐ろしすぎるし、絶対に何があっても識那さんには会わせられないよ。
「本当にすまんのう、柳谷君。生徒にこんなこと頼むのもどうかと思うんじゃが……正直、非常に助かるわい」
「いえ、分体はいくつでも作れますし、気にしないでください。それに皆さんも喜んでくれているみたいなので、僕も嬉しいです」
「ギャハハハハ! 殺そうとしてんのに嬉しいですたぁ、すげぇ大物だなぃ!」
「おやや、全くであるな。我々も正直大助かりであるが、この見た目は地獄絵図以外の何物でもないであるな」
「いや、まあ……嬉々として殺しに来てるのはゾッとしないでもないですけど。それを除けば皆さんいい妖怪ですから。それを除けばね」
「それを除いて考えられるのがそもそも普通じゃないと、ぼくは思うの。パパ、究極のサイコパスなの。もしくは慈愛に満ちたサイコ仏なの」
「変な造語を作らないで、光理。仏様に失礼だよ?」
そんなわけで、僕は生徒会に友達に先輩に、そして校長経由の人身御供にと、大忙しなのであった。改めて思うよ、僕が普通じゃなくて本当によかったと。
……いや、よかったのか?
これって逆に、よくなくない?