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q87「文化祭の後始末とは」


 文化祭が終わって、休日を挟んだ翌週。

 僕らは後片付けに追われ、準備期間にも増して慌ただしく働いていた。



「ゴミ、こっちに集めといて」

「もったいねーな。こんなに立派な作品なのに」

「手の空いた人は掃除ね。机も運ぶわよ」

「誰か、実行委員に手を貸して。玄関前の撤去もやらなきゃなの」



 準備期間とはまた少し違った賑やかさを見せ、文化祭に染まった教室がみるみるうちに通常の姿へと戻って行く。

 頑張って作り上げた展示物は、一部を除いて解体され。華やかな飾り付けも次々にビニール袋へと放り込まれて行った。切ないなァ。


 なお、僕たちが制作したリサイクルアートのうち、河童だけは先生方が何処かへ運んで行ってしまった。恐らくは遠野さんが気に入って、校長にでも頼んで保管してもらっているのだろう。いつの間にか湖に立ってたりしないといいけど。


「コーメイ。生物部にも手を貸してくれないか?」


「あ、うん。いいよ。後で行く」


「こっちはもう終わるから、行ってきていいよ。柳谷君」


「そう? なら行ってくるね。ありがとう」


 ひと段落もしないうちに、僕は灰谷君の生物部に駆り出されてしまう。

 とは言っても、そっちは部員たちがいるからすぐに終わったけど。それより心配なのは、天野先輩のいる美術部だ。


「……失礼しまーす」


 クラスと生物部の後片付けが終わってすぐに、僕は美術室へと顔を出してみる。

 するとそこには、予想を裏切らず天野先輩の姿があった。


「あ、楠木先生。こっちに居たんですね」


「あれ、柳谷じゃないか。君はどうして?」


「あ、えっと……クラスの展示物を作る時に、美術部から道具をお借りしたので。今日はそのお礼と、もしも天野先輩が大変そうだったら手伝おうかなと思って」


「そうだったんですね。けど、こっちはもう大丈夫なので戻っても……」


「ありがとう、ミケ君。ちょうど手が足りなかったんだ。こっちでわたしと一緒に作業してくれるかな」


 ポカンとする楠木先生を尻目に、天野先輩が鼻息荒く僕に近付く。

 目をキラキラさせてるけど、そんなに人手が足りなかったのかな?


「ええ、是非とも。何を手伝えばいいですか?」


「こっちの絵を包んで、隣の準備室に片付けるから。支えてくれると助かるよ」


「はい、分かりました」


 そう言って天野先輩は一枚の絵を指差した。

 僕は言われるがまま、その絵を支えるために手を伸ばす。


「……二人とも、いつの間に仲良くなったんですか? 先生、知りませんでした」


「そんな、仲良くだなんて。天野先輩が優しいから話しやすいってだけで……」


「えへへへへ、わたしたち相思相愛なんだ。両想いだから、あとは付き合うだけなの。ねえ、ミケ君?」


「ちょ、楠木先生は僕のクラスの担任なんですよ⁉ そんな冗談、本気にされたらどうするんですか⁉」


「えー? 冗談じゃないんだけどなぁ? 酷いわ。わたしとは遊びだったの?」


「……ふふ、青春ですねぇ」


 楠木先生が微笑ましいと言わんばかりに僕たちを見ているけど、それより先輩を止めてくれないかな。美術室モードで、可愛い先輩が可愛すぎて辛いんだが。


「ミケ君、時間は大丈夫?」


「はい。僕のクラスはもう終わりましたし、ここにいることも楠木先生が知っていれば大丈夫かと」


「そうですね。クラスの方には僕が解散の指示を伝えておきますから。君たちは、このまま作業していて構いませんよ」


「じゃあ、今日はずっと一緒にいられるね」


 そう言いながら上目遣いをする天野先輩に、ドキッとする。

 先輩、それは素で可愛いんですか? それともわざとなの?


「仲良しは素晴らしきことですが、学校で羽目を外し過ぎては駄目ですよ?」


「楠木先生は何を言っているんですか? それ、どういう意味?」


「えへへ、避妊はしっかりねって意味だよ」


「先生の前でなんてこと言うんですか⁉ というか天野先輩って下ネタ言うんですね、ちょっと意外です」


「わたしだってそのくらい言うよ? ねえ、楠木先生?」


「そこで私に話を振らないでもらえます? とにかく、私は一旦クラスに行ってきますから。避妊云々はさておき、真面目にやっててくださいね」


「はーい」

「分かりました」


 そう言って楠木先生が退室すると、天野先輩はクスクスと笑い出した。


「あのタイミングでヤッててくださいねって言われたら、ちょっと別の意味に聞こえちゃうよね?」


「また下ネタ⁉ けどまあ、確かに……」


「ミケ君も結構お好きだねぇ? どうする? 本当にヤッちゃう?」


「ヤるわけないでしょ。本当に冗談が過ぎますって。冗談っぽく言ってくれてるからいいですけど、二人きりの時にそういう話は止めてくださいよ」


「なーに? ドキドキしてるのかな? 冗談じゃないから、もっと本気っぽく言った方がいい? こんなふうに……」


 すると天野先輩は真剣な顔で、僕の目を真っ直ぐに見つめてきた。

 以前の僕なら秒で「う、え、あ……」とか言って本気で恋に落ちていただろうな。天野先輩、マジで美人だし。


「……きゃっ」


「いや、天野先輩が先に恥ずかしがるんかーい」


「だって乙女なんだもん。ミケ君はどうしてそんな冷静なの?」


「冷静じゃないですよ。あと少しで僕も限界でした」


「そうなの? だったら、もう少し頑張ればよかったなぁ。えへへへへ」


「可愛いなあ。先輩、途轍もなくモテますよね、絶対」


「そんなことないよ。ミケ君の前以外だと根暗で人見知りだからさ」


「え? 嘘でしょう? こんなに話しやすいのに……」


 そうやってダラダラとお喋りをしていると、美術室のドアがガラッと開く。

 立っていたのは楠木先生だ。もうクラスから戻って来たのか。


「もう終わりましたか? そろそろ美術室も閉めますよ」


「まだ終わってませーん。今、押し倒してくれるのを待ってるとこでーす」


「だから下ネタ止めて⁉ すみません、もう終わるところです。楠木先生」


「そうですか。ではそれを片付けたら帰りましょうね」


 楠木先生に言われ、天野先輩は渋々作業を終わらせる。

 先生が来てくれなかったらマジで永遠に続けてたかもね、天野先輩は。


「では、二人とも……その」


「え?」


「いえ、なんでもありません。美術室から出ましょうか」


 突然、妙に口ごもった楠木先生を不思議に思いつつ、僕は天野先輩と一緒に美術室から出ようとする。

 するとその瞬間、天野先輩が僕の手をギュッと握ってきた。


「え? え?」


 戸惑う僕の前で、天野先輩は真顔で正面を見据えていた。

 なんだか楠木先生も天野先輩も妙に緊張してないか? どうしたんだろう?


「……勘違いしないでよね。別にわたし、君のこと好きじゃないし」


 美術室から出た直後、天野先輩はまた豹変して冷たい感じになってしまう。

 僕が驚いていると、美術室の鍵を施錠した楠木先生が慌てて僕の前に来る。


「あの、柳谷君。誤解しないでくださいね。彼女は別に君を嫌っては……」


「嫌いだよ。別に好きじゃないし。手なんて握られたから、勘違いしちゃった?」


「もう、君はまたそういうことを。折角彼が仲良くしてくれてるのに……」


「あはは、天野先輩は不思議な人ですね。さっきまでとは別人みたいです」


 そう言って笑った僕を、二人がギョッとした顔で見つめてきた。

 驚く二人を不思議に思った僕が首を傾げると、天野先輩はゆっくり口を開く。


「君は本当に、無駄にいい人だね。わたし、君のこと嫌いだよ」


「そんなこと言わないでくださいよ。僕は好きですよ、天野先輩のこと」


「わ、わたしの言ったこと、本気にしちゃったの? もしかして本気で付き合おうとか、勘違いしちゃった?」


「それは思ってません。冗談だって分かってますし、僕じゃ身分不相応ですよ」


「……も、もう帰る! 君とは二度と会いたくない!」


「あ、先輩。校門まで一緒に行きましょうよ」


「……嫌だ! け、けど、別に、一緒に行ってあげても、い、いいけど……?」


「プッ! アハハハハ!」


 突然、楠木先生が天野先輩を見て笑い声をあげた。

 僕が驚いて唖然としていると、次の瞬間、天野先輩が凄い目付きで先生を睨む。


「あ、ごめんなさいね。あまりに面白くて」


「楠木、お前……この駄目教師が」


「ちょ、先輩⁉ 先生になんてことを⁉」


「アハハ、柳谷君。これからも彼女と仲良くしてあげてくださいね?」


「え? あ、はい。それはもちろん……」


「ッ⁉ わ、わたし、帰るっ‼ もう学校なんて二度と来ない‼」


「あっ、待ってくださいよ、天野先輩。それじゃあ楠木先生、さようなら!」


「はい、さようなら。クスクスクス……」


 まだ笑い続ける楠木先生を残し、僕は速足の天野先輩を追いかけた。

 先輩は何故か俯いて歩いていて、全然僕の方を見てくれない。どうしたんだ?


「もう、付いて来ないでっ!」


「え? 駄目でしたか?」


「だ、駄目じゃないもん! できるだけ一緒に……じゃなくて! ああ、もう、調子狂うなぁ! ミケ君の馬鹿っ!」


「あはは、先輩ってば顔真っ赤ですよ? 先輩でも取り乱すことあるんですね」


「う、煩いっ! さっさと帰るよ! べ、別に嬉しくなんてないんだからねっ‼」


 あまりにテンプレなツンデレ台詞を吐き捨て、天野先輩は言葉とは裏腹にゆっくりと歩き始める。たぶんだけど嫌がられてる感じではないよね、これ。


 美術室の外にいる天野先輩も、これはこれで可愛いなァ。

 そんなふうに思いつつ、僕はほとんど生徒のいなくなった校舎の中を天野先輩と一緒に歩くのであった。



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