q84「文化祭の来賓たちとは」
「わあ⁉ み、三重籠! ここ、お化け屋敷だって! 一緒に入ろう!」
「さ、最高じゃない! 識那さん、ほら、早く早く!」
「ふぇっ⁉ こ、心の準備がぁ……」
皆で文化祭を回っている最中、識那さんは唐突に、お化け屋敷教室へと引きずり込まれてしまう。
どうしてそんなことになったかと言うと、遠野さんたちが僕に気を遣ってくれたのだ。あのままだと僕の秘密がバレかねなかったから、ナイス判断である。
「おんや? ミケはんでねぇだが」
「……百々目鬼さん、こんにちは」
「いつ見ても素敵だねぇ。どれ、ちょっと開眼して見つめてもいいべか?」
「止めてください。下手したら近くの生徒まで失神しちゃいますから。のっぺらぼう校長に出禁にされますよ?」
「ドッドッドッ! 冗談だがね」
二人が識那さんを遠ざけた理由は、この妖怪たちが来たからだ。
さっき、ぬーさんたちが逸れたと言っていた、人の目には映らない妖怪。けれど識那さんには見えるから、話しかけられたら僕が顔見知りとバレてしまう。
「おーい、ミケどーん。おいどんも忘れんでほしいばーい。ばってん……」
「なんで急に九州訛りになったの? 前に会った時は標準語だったよね?」
「……いえ、一反木綿といえばそういうイメージかなと思いまして」
「某妖怪アニメのこと? 本物がそっちに寄せていかなくてもいいと思うよ」
この、ちょっとお茶目な空飛ぶ布は、一反木綿という妖怪だ。
こう見えて、人間を絞め殺すのが大好きな凶悪妖怪である。
「ところでミケどん、ちょっと絞め殺してもいいですか?」
「ミケどん呼びは確定なんだ。あと、軽いノリで物騒なこと言わないで。それに返事する前に巻き付くの止めて? 僕が死なないからって、この絵面は嫌だよ」
「これはこれは、申し訳ございません。絞めても絞めても死なないでいてくれる人間がいるとは夢のようで、つい。てへぺろ♪」
「……てへぺろ、とかやってないで離れてくれない? 軽い口調と裏腹にどんどん絞め付けが強くなってるんだけど?」
以前の僕なら二秒で逃げ出しただろう。そして十秒後には死んでたな。
けど、ぬーさんも言っていた通り、一反木綿みたいな妖怪からすれば僕のような人間は本当にありがたい存在らしい。
面通しの時も、ひたすらに僕を殺そうとしていたし、恐ろし過ぎるでしょ。識那さんとは絶対に会わせられないよ。
「ハァ、ハァ……ミケはん、ちょっとだけならいいべ? 一瞬だけだでな?」
「下ネタみたいに言ってるけど、要するに開眼したいんですよね? 駄目ですって。周りの生徒にも影響が……」
「そうですよ、百々目鬼。ミケどんに迷惑をかけてはいけませんよ」
「いい加減に離れてくれない⁉ さらに絞め付けを強めてるじゃん! マジでのっぺらぼう校長に言い付けてもいいんだぞ? まったく……」
この二人、すぐに相手を殺そうとしてしまうことを除けば、実にお茶目で楽しい妖怪たちなのだ。問題点が巨大すぎるけど。
百々目鬼さんも、全身に無数にある目を開くと人間は発狂して死に至るため、普段は我慢して閉眼している。けど僕の前でだけは思う存分開眼できるため、不本意ながら好かれてしまったみたいだ。ホント、識那さんには絶対会わせられないよ。
「お、居たなぃ。おめぇたち、ミケに絡むの止めれぇ」
「あ、ぬーさん。助かりました」
すると、そこに保護者ならぬ大妖怪のぬーさんがやって来る。
僕一人では収拾が付けられないし、そもそも周りからは一人でブツブツ話してるように見えるから二つの意味で助かったよ。今は誰も見てないけどさ。
「そんな、イケズ……」
「ああ、至高の巻き付き棒が……」
「誰が巻き付き棒だ。他の人に迷惑かけなければ、また今度相手してあげるから。今日は大人しくしててよね」
「本当だべか⁉ ドッドッドッ! ミケはん、大好きだぁ!」
「わたくしもです! この愛を絞め付けで表現いたしましょう!」
「帰れ! まったくもう……ぬーさん、この困ったさんをお願いしますね」
「ギャハハハハ! こいつらを困ったさんで済ませられる人間なんて、おめぇさんくらいだなぃ! まぁ、今後とも仲良くしてやってくれなぃ!」
探しに来てくれたぬらりひょんに連れられ、極悪妖怪たちが去っていく。
まあ、あの妖怪たちと仲良くできる人なんて僕くらいだし、欲求不満を満たしてあげられるなら少しくらいは構わないかな。だいぶ感覚が麻痺してるけど。
それにしてもぬらりひょん、ああしていると妖怪の総大将って設定も理解できる気がする。大妖怪というのも納得だ。どちらかというと保護者っぽいが。
「……いのりちゃんも黒大角豆さんも、嫌い」
「ごめんて、三重籠ぅ」
「悪かったわよ、識那さん」
「あ、お帰り。識那さん……大丈夫?」
ぬーさんを見送っていると、ちょうど皆がお化け屋敷から出て来た。
けれど、珍しく識那さんがご機嫌斜めだ。どうしたんだろう?
「聞いてよ光明君。この二人、お化け屋敷の中で急にお化けの仮装して、わたしのこと脅かしたんだよ? 信じられる? 酷くない?」
「へえ、仮装……って、どんなの?」
「ええと、いのりちゃんが緑で、黒大角豆さんが茶色っぽい全身タイツだったと思う。怖くてハッキリ見てないけど。いつの間に着替えたんだか……」
「……へえ?」
まさかと思って二人を見ると、彼女たちは揃って目を逸らした。
識那さん、たぶんそれ仮装じゃないと思う。この二人、識那さんを脅かすためだけに変化を解いて妖怪の正体を曝け出したらしい。バレたらどうする気なんだ?
「災難だったね、識那さん。こんな二人は放って、僕と一緒に行こうよ」
「ふぇっ⁉ はうぅ……よろしくお願いしましゅ……」
「タラシにゃ」
「天然の、だポン」
「破廉恥なのじゃ」
「大人ですニャ」
(パパ、そこの教室が空いてるみたいなの。誰もいない今がチャンスなの)
(いや、中にめっちゃ生徒いるじゃん。光理の目は節穴なのかな?)
琴子たちシレッと戻って来てるけど、お化け屋敷は楽しめたかい?
そうして僕らが相変わらずの賑やかさで戯れていると、不意に委員長が僕の服をクイッと引っ張った。
(あ、大百足様だ。柳谷君、窓の外に大百足様がいるよ)
「おーっと! 識那さん、あっちに一緒に行こうか! 今すぐにっ!」
「ふぇ、光明君⁉ 手、手ぇ⁉」
「わあ、超カオスだわぁ、面白ぇ。つか、三重籠もいつの間にかナチュラルに下の名前で呼んでるし」
今日いちで識那さんには見せられない大物が現れ、僕は咄嗟に彼女の手を取って駆け出した。さっきの凶悪妖怪以上に、絶対に会わせられないよ。
そんな僕の焦りとは裏腹に、識那さんは顔を赤くして湯気を立ち昇らせている。緊急事態とはいえ、勝手に手を握ったのはマズかったか。
「あ、ごめん」
「ふえぇ……べ、別に大丈夫、だよ……」
「そう? それじゃあ念のため、もう少し外の見えない方に行こうか」
「また、手ぇ⁉ 念のためって、外の見えない方って、どういうこと⁉」
「一周回ってすげぇにゃ」
「勇者が過ぎるポン」
「本物の馬鹿なのじゃろうか」
「あるいは真性のたらしなの」
「……ごめんなさいニャ。わたしも馬鹿に一票ですニャ」
そうして僕は識那さんを大百足のショックから守りたい一心で、あまり深く考えずに一所懸命に行動するのだった。