q83「文化祭本番とは」
順調に準備期間を終え、僕たちは文化祭本番の日を迎えた。
クラス展示物はきっちりと完成に至り、出来映えも含めて言うこと無しだ。教室で存在感を放つ龍とロボット、それに二体の河童は圧巻である。
そういえば河童が可愛いとか素敵とか褒められて、遠野さんが非常に悦んでいたけど。どうやら機嫌が直ってくれたようでなによりだ。
それにしてもクラスの作品タイトルが「リサイクルアートモンスター」なんだけど、モンスター扱いされるのは問題無いのかな、遠野さん的には。
「助かったぜ、コーメイ。可愛く展示できたベルツノ、是非見に来てくれよな」
「えっと、ベルツノ? あそこにいたカエルだっけ?」
「そうなんだよ。滅茶苦茶可愛かっただろ? あの子は俺がオタマジャクシから育てた至高のベルツノガエルでさ、専用のフードに慣らしたおかげで女子にも人気だし部員たちも愛情を持って接してくれたから人馴れしててさ、最早カエルを超越した何かっていうかきっと長生きしてくれると思うんだよできれば十年コースは突破してもらいたいけど二十年でもってそれは高望みし過ぎかけど愛情を持って栄養管理から環境整備までしっかりやれば不可能ではない気がするんだ大学ではマスコット的存在として研究室で一緒に過ごしたいしベルツノ以外のクランウェルツノ」
……さて、気を取り直して美術部だが。
天野先輩はあの後、見事なサンドアート作品を完成させた。それでも先輩が言っていた通り、美術室まで見に来る客はごく少数である。
けれど僕は、満足気に美術室に座っている天野先輩を見られたので満足だ。今の彼女はいつにも増して魅力的に見える。
「……ねえねえ、柳谷君? クラス展示は特に何もする必要無いし、皆で文化祭を回ろうよ。それとも美人な先輩でも誘うのかな? かな?」
「え? いや、天野先輩とはそんなに面識ないし、展示物のことで話してただけだよ。今回も夏祭りみたいに、また識那さんたちと回れたら嬉しいけど」
「……えへへ、そっか。じゃあ、いのりちゃんや黒大角豆さんも誘って一緒に行こ。もちろん、琴子たちも一緒にね」
「よし! ナイスだ、ミケちん!」
「ふう、一時はどうなることかと……」
「馬鹿だにゃ。それより文化祭楽しみにゃ」
「阿保じゃの。まあ、一件落着なら別にいいのじゃ」
「お姉ちゃん、迷惑かけちゃ駄目ですニャ。ところで魚の丸焼きは無いニャ?」
「まったく、やれやれだぜポン。さっさと回るポン」
(パパ、あっちの長くて太い棒、ぼくに……)
(そろそろ名前、覚えようか? あれはフランクフルトって言うんだよ。あっちはホットドッグ、となりはチョコバナナだから、二度と忘れないでね)
そんな賑やかさに包まれながら、僕は皆と高校初の文化祭を楽しむ。
ちなみに我がクラスの河童は開始前から話題で、拘り抜いたフォルムやキュートさと怖さを併せ持つ姿、あと美乳まで備わっている部分が高評価らしい。
流石だね、遠野さん。いや、これは流石と言っていいのかな?
「おお! 先日ぶりだなぃ!」
「ああ、ぬーさん。こんにちは」
「およよ。素晴らしすぎて涙が止まりませんわ」
「鳴き女さん……じゃなかった、流歌さん。それに羅菩君も。こんにちは。見に来てくれたんですね」
「アヘッ、凄い賑やかさだね。誰かおいらをおぶってくれねえかな?」
「それはどうだろう? 頼めば誰かやってくれるかもしれないけど……」
「ま、いいや。ミケちゃん、また時間があったらおぶってくれよな」
「あ、うん。僕でよければ、いつでも」
「そういえば一反木綿さんと百々目鬼さんが何処かに行ってしまわれたのですが、見ませんでしたか?」
「ええ? 見てませんけど……」
教室を出て歩く僕らの前に現れたのは、先日のっぺらぼう校長から面通しされた妖怪たちだった。今は人間の姿に変化していて、人間からも見えるらしい。
随分と賑やかになってしまったが、気のいい人……もとい妖怪たちばかりなので僕も心配していない。伝承だと怖い逸話が多いのに、実物は無害なのだ。
例えば鳴き女さんなんて、鳴き声で人を殺す妖怪らしいのだが。本気で鳴かない限りは無害でなので、実質ただの女性である。
それにオバリヨン君も、頼まれて背中におぶるとどんどん重くなって押し潰されるという妖怪だけど、おぶらなければ無害。ただの可愛い男の娘だ。
ここにはいないけど、一反木綿さんも人に巻き付いて絞め殺す妖怪だけど自制してるから無害だし、百々目鬼さんも人の精神を狂わせる眼光を持つけど目を閉じてれば無害だ。つまりは何もしなければ皆、無害なのだ。うん、無害無害。
「ギャハハハハ! 鳴き女が鳴いてオバリヨンがおぶさって、一反木綿が巻き付いて百々目鬼が見殺せば大混乱だなぃ!」
「止めてください。そんなことしたら校長先生に追い出されますよ」
そして一番無害なのが大妖怪ぬらりひょん、通称ぬーさんである。
この人に関しては存在から意味不明だし、気付いたら居るから厄介この上ないのだが。無害の極みな妖怪だから問題無いよね。
「冗談だなぃ。まあ、こいつらもおめぇさんが居れば大丈夫だなぃ」
「え? 僕ですか? 僕は別に何も……」
「自覚無しかぃ? おめぇさんみたく、妖が見える上に何しても死なん人間たぁ、おぃたちにとっちゃ救世主の類だなぃ」
「そうなんですか?」
「ギャハハハハ! まあ、おめぇさんはずっと変わらず、そのままで居ろや。それが一番ええ気がするでなぃ」
よく分からないけど、僕でも皆の役に立てているみたいで何よりだ。
ぬーさんたち人に化けられる妖怪軍団はそんな感じで文化祭を楽しみに来たらしく、マイペースに歩いて行ってしまった。あんな奇怪な集団も、生徒にしてみれば変わった客程度の認識だろうな。
一方の、人間の目には映らない一反木綿や百々目鬼、先日の大百足なんかは人間に化けられないが、恐らく今も自由気ままに何処かを見て回っているのだろう。こちらに至っては僕や識那さん以外には全く影響しないから、どんな見た目や性質でも関係無いものね。
「……今の、ぬーさん?」
「あ、うん。そういえば識那さんは前に会ってたね」
「へ、へえ? 今の人、ミケちんと三重籠の知り合いナンダー?」
「あ、はい。まあ、ちょっとね」
白々しいぞ、遠野さん。君の方がよく知ってるでしょ?
だが識那さんの手間、そんなことは言えない。ここは話を合わせておいて、後で識那さんと二人の時に詳しく説明しよう。
「……え? ぬーさんって、皆にも見えるの?」
「あ、うん。なんか調整できるらしいよ。その話は皆がいない時にね」
「あ、あれー? 二人で何をコソコソ話してるのカナー? わたしたちに内緒ナンテ、怪しいゾー? アチチ、カナー?」
「ふぇっ⁉ ち、違……」
「委員長、茶化さないで。僕たちの共通の知り合いってだけだよ。そんなことより早く見て回ろうよ?」
演技力はともかく、二人のおかげでこの場は上手く切り抜けられたようだ。
非常にややこしい状況だから、文化祭の間は識那さんの前では気を付けないと。
「何言ってるにゃ? 今のは……」
「ほほいっ! 馬鹿猫、ツナ缶でも探すのじゃ!」
「お姉ちゃん! たまにツナクレープなんてどうかニャ!」
「苦労性なやつらだポン」
(ハラハラドキドキなの。パパ、ぼくも興奮しちゃうの)
(興奮じゃなく緊張でしょ。鈴子、琴音、本当にありがとう。助かるよ。引き続き厳戒態勢でよろしくね)
厳戒態勢って猫又一人に使う単語じゃない気がするけども。
ともかく、僕は綱渡りのまま皆と文化祭を回ることになるのだった。
いっそ識那さんにもバラしてしまった方が楽かもしれないなァ。