q81「部活動の出し物とは」
あれから数日。
僕たちのクラスは順調に材料を集め、作品の制作に取り掛かっていた。
最終的に段ボール組は東洋の龍を、空き缶組はロボットを、そして僕たちペットボトル組は二体の河童とクラス看板を作ることで決定する。
デザイン段階で遠野さんが「ファンシーな河童の胸はもっと寄せて、上げて、大きくして」とか「リアルな方は目だけでも可愛く盛って」などと意味不明な拘りを見せていたが、その真の理由を知る者はごく少数である。
流石に遠野さんの女体……もとい河童を担当するのは躊躇われるため、僕は委員長や識那さんと一緒にペットボトルの蓋を使ったクラス看板を担当する。
「それじゃあ、最初にデザインを考えようか」
「さっき誰かが、リサイクルアートモンスターって言ってたわ。だから、看板は学年とクラスの下にリサイクルアートの文字を入れて、その下にモンスターって文字とデフォルメした河童とかのキャラクターを入れる感じでどうかしら?」
「凄くいいね。僕は賛成」
「わたしも。それでいいと思う」
すんなりとデザインも決まり、本当に順調そのものだ。
それにしても看板ってA3用紙くらいを想像してたのに、実際は縦横とも1メートル以上あるんだね。ペットボトルの蓋、足りるかな?
「じゃあ、デザイン画を描いて実行委員に提出しましょう。絵は識那さんにお願いしていいかしら?」
「あ、うん。上手く描けるか分からないけど、頑張ります」
「それじゃあ、柳谷君は美術室から道具を借りてきて。わたしはペットボトルの蓋を洗って乾かしに行って来るから」
「分かった。また後でね」
それぞれの役割分担をした後、僕は教室を出て美術室のある棟へと向かう。
すると、僕を追いかけるように灰谷君も教室から出て来た。
「おお、コーメイ。相変わらずやるな。両手に華じゃないか」
「違うから。単に河童制作からあぶれただけだから」
「それより、頼みがあるんだが。聞いてくれるか、親友」
「ここぞとばかりに親友呼びするのが怪しいけど。いいよ、聞くだけ聞くよ」
「実は俺、生物部の展示の準備もあってな。もし手が空いたら、そっちも手伝ってくれると非常に助かるんだが」
そういえば帰宅部の僕には関係無いが、部活動をやっている人たちはそっちの準備もあったんだった。灰谷君は生物部だから生き物の研究とか展示かな?
「うん、いいよ。そのくらいなら」
「助かるぜ。本当に暇な時、無理のない範囲でいいぞ。一日八時間も手伝ってくれれば充分だから」
「どんだけ僕を扱き使う気なの? 大人なら普通に給料が貰える労働時間だよね、それ。ブラックが過ぎるよ」
「冗談だ。それじゃあ、また後でな」
「もう、マイペースだなァ。さーて、美術室、美術室っと」
灰谷君と別れ、僕は速足で美術室を目指す。
そういえば琴子たちを教室に置いてきちゃったけど、識那さんや委員長の邪魔してないかな。主に琴子がね。
いや、識那さんならまだいいんだけど、識那さんの前で委員長や遠野さんに絡んだりしないかが心配だ。主に琴子がね。
「おっと、通り過ぎるところだった。美術室、中に誰かいるかな?」
そんな独り言を呟きながら、僕は美術室のドアを開ける。
するとそこには女生徒が一人、キャンバスの前で筆を握っていた。
「あれ? 君、柳谷君だっけ」
「あ、えっと、天野先輩。こんにちは」
そこにいたのは、夏祭りの時に会った天野先輩だった。
そういえば彼女は美術部だって誰かが言ってたから、今は部の準備中かな。
「どうしたの? 何か用?」
「あ、はい。文化祭の関係で道具をお借りしたくて。先輩、一人ですか? 楠木先生とか他の部員さんは?」
「今はわたし一人だよ。楠木先生は職員室に戻ってるし、他の部員は自分のクラスの準備が忙しいみたいだね」
そう話す天野先輩に、僕は少しだけ違和感を覚えてしまった。
何が変なのかは分からないけど、前に会った時と印象が違う気がする。
「わたしのクラスは展示物だけだから楽だし、今は手すきで美術部に行っても大丈夫って言ってもらったからさ」
「そうだったんですね。それじゃあ先輩、道具を貸してもらっていいでしょうか」
「もちろんだよ。大変ならわたしも運ぶの手伝おうか? 一人で持てる?」
「大丈夫ですよ。小さい画材だけなので、お気持ちだけ。ありがとうございます」
「そっか、分かった。君は本当にいい子だね。口調も丁寧だし、わたしみたいな人にもしっかり挨拶してくれるもんね」
そこで、僕は漸く彼女に感じていた違和感の正体に気付いた。
天野先輩、捻くれた物言いばかりの人だったはずなのに、今はそれが全く無いのだ。というか、むしろ普通の人よりも穏やかで愛想がいいくらいじゃないか?
「そ、そんなことはありませんよ。先輩こそ、優しくていい人だと思います」
「そうかな? えへへ、君に褒められると嬉しいね。そういう素直なとこ、わたしは結構好きだよ」
「へっ? そ、それはありがとうございます。僕も好きですよ、天野先輩みたいな素敵な女性は」
「えへへへへ、じゃあ相思相愛、両思いだね。もういっそ、このまま付き合っちゃおうか?」
「ちょ、先輩⁉ そ、それは冗談が過ぎますよ……」
部屋に二人きりで、冗談とはいえ、そんなことを言われるなんて。
改めて見ると天野先輩はかなりの美人である。僕の心は彼女を前にしてフラットになれず、ドキドキと鼓動を速めていく。
「あはは、ごめんごめん。あんまり後輩君を虐めたら皆に怒られちゃうよね。でもその気があれば、わたしはいつでも大歓迎だから。お試しも受け付けてるよ」
「わ、分かりましたから。僕、もう行きますよ?」
「ちぇっ、残念。もっとお話ししてたかったのになぁ」
そう話すと、天野先輩は美術室の入口まで僕を見送りに来てくれる。
本当にどうしちゃったんだろう。前とは別人みたいじゃないか。実は双子だったりするのかな?
「先輩、それじゃあまた。ありがとうござい……」
「もう来なくていいよ。来てもいいけど」
「……へっ?」
「別に、君のことなんか好きじゃないし。待ってなんていないから。来たかったらいつでも来ていいけど、歓迎はしないから」
「あ、はい」
美術室から出た途端、天野先輩の態度が急変する。
僕が呆気に取られていると、彼女はさっさと中に入ってドアを閉めてしまう。
「ええ……?」
何が起きたのか全く分からず、僕は呆然と暫し立ち尽くしてしまった。
そういえば美術部顧問はあの楠木先生だし、この教室に関わった者は二重人格になる呪いか何かを掛けられているのだろうか。
そんなふうに思いながら、たった今そこで目にした優しい天野先輩を思い出しつつ、僕はトボトボと教室に戻って行くのだった。




