q79「あり得ない来客とは」
マラソン大会が終わり、僕の日常が戻って来る。
朝は家族と朝食を摂り、琴子たちを伴って登校し、灰谷君や識那さんたちクラスメイトと授業を受け、放課後は帰宅して皆と交流したり勉強したり、妹と遊んだり。休日は灰谷君や識那さん、遠野さんと遊ぶこともあるけど、妖怪組と出掛ける日もある。そんな日常。
だが、普通の日々も一旦終わりを迎えた。
学校の一大イベント、文化祭があるからだ。
「わーい、席替えにゃ。ウチは一番前がいいにゃ」
「たわけ。ワシらは固定席じゃろうが。席というより場所じゃがの」
「わたしはお姉ちゃんと一緒なら何処でもいいですニャ」
「ミケ、あんま前に行くと寂しいポン。なるべく後ろにするポン」
(いや、選べないから。運だからね)
おっと、文化祭も大事だけど、その前に席替えもね。
入学してから今までは出席番号順だったから、どうなるか心配だなァ。
(パパ、宇宙パワーで先生を洗脳するの。そうすれば席を選びたい放題なの)
(だから、選べないから。くじ引きだし、先生を洗脳しても意味無いからね)
――――そんな皆の想いが何かに届いたのか、僕の席は一番後ろになった。
しかも琴子たちのいる真ん前、窓際から二番目という最高の位置取りだ。
「よろしくね。なんだか大いなる意思を感じるけど、気のせいかしら」
「気のせいでしょ。たまたまだと思うよ」
「よろしくだにゃ! 小豆……」
「させんぞっ! 馬鹿猫っ!」
「今回は事前に完封ニャ!」
「ナイスコンビネーションだポン。前世からの絆じみたものを感じるポン」
(なんとか識那にバレずに済んだの。けど、これからも不安いっぱいなの)
「……よろしくね、委員長」
「あ、うん。よろしくね、柳谷君」
本当に、想いがラスターさんにでも届いたのかな。あれもある意味で大いなる意思だから、そうだとしたら気のせいじゃないね。
とにかく、僕は委員長と隣の席になった。ちなみに識那さんと遠野さん、灰谷君は廊下側の前から二番目と三番目にキレイに集まっている。いいなァ。
「……なんかさ、識那さん、こっちを睨んでない? わたし、何されるんだろ」
「え? いや、普通に見てるだけでしょ。識那さんはあんまり人を睨んだりしないと思うよ。もしくは僕のいるこの席がよかったとかかな?」
「阿保にゃ」
「鈍感すぎるのじゃ」
「残念な人間ポン」
「うう、フォローのしようがないですニャ……」
(パパ、純粋で素敵なの)
今日も皆、好き勝手言ってるな。まあ、もう慣れたし、いいけどさ。
それより、真後ろで妖怪組の皆が騒ぐと授業が聞こえないのが問題だ。近すぎるのも考えものだね。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ぶわッフ⁉」
席替えが終わって、お昼近くの四限目。
教室に僕の奇声が響いた。
「柳谷、どした?」
「あ、いえ、すみません。大きな虫がいたもので、驚いてしまって」
「そうなの? 大丈夫?」
「はい、大丈夫です。すみませんでした、先生」
クスクス、虫ごときで、ビビりだな……なんて声がヒソヒソと聞こえてくる。
まあ、そうだよね。たかが虫で奇声をあげるなんて普通は無いよね。
(……ああ、柳谷君ってアレも見えるんだね)
(まあ、当然。識那さんが廊下側でよかったよ)
(ああ、識那さんもだっけ。こっそり教えてもらってたけど、アレは見えたらビックリするでしょうね。まあ、けど慣れよ、慣れ)
(慣れないと思うけどなァ。あんな……)
そうやって委員長と念話で話す、僕の視線の先。
窓の外の校庭に――――その、巨大な虫がいた。
(ねえ、何あれ? 怪獣? 特撮映画の着ぐるみ?)
(ううん。校長先生のご友人。というか、ご友妖かな)
(あの巨大な大百足が?)
(うん。大妖怪の大百足様。ああ見えて、すごく気さくで優しい方だよ)
(嘘でしょ? 人を捕まえて頭から丸かじりするイメージしか湧かないんだけど)
(そんなこと言っちゃ駄目だよ。本当に優しい方なんだから)
ガサガサと土埃をあげ、キチキチと無数の脚を動かして行進する二メートル超の巨大な姿。その見た目からは、優しさを全く連想できないのだが。
ともかく、そんな異常な光景を目にした僕は、昼休みが始まるや否や嫌な予感を察知して教室から逃げ出す。虫の知らせとも言うかな、虫だけに。ハハハ。
「ああ、居た居た。柳谷君、ちょっといいかな?」
「……えっと、楠木先生? 僕、ちょっと急ぎのトイレが……」
「校長室に来て欲しいってさ、校長先生が。アレ関係って言えば君には分かると言ってたけど、いつのまに校長と仲良しに? 先生、知らなかったよ」
「ハ、ハハハハ。何でしょうね、僕、全く分かりませんよ~」
やはりか。あんな巨大な虫の知らせだもん、二つの意味で。そりゃ当たるよ。
というわけで、僕は諦めて校長室のドアをノックする。なんかカサカサ音がするけど、中に何も居ませんように。何も頼まれませんように。
「おお、いらっしゃい。大百足よ、彼が話しとった人間じゃよ」
「わあ、大きいですね~? よくドアから入れましたね~?」
校長室に入って先ず目に飛び込んで来たのは、室内を埋め尽くす巨大な百足の胴体と脚だった。というか室内がほとんど見えないと言うべきか。
せめて漫画みたく「実はこのダンディなおじさまが、大百足の人化した姿だ」という展開ならまだ救いはあったんだけど。今からでも変身していいんですよ?
「ホッホッホッ。その様子じゃと、黒大角豆君か遠野君あたりから既に聞いとったようじゃな。改めて紹介させてもらうが、こちらは儂の古くからの仲間で大百足という大妖じゃ。見た目に反して粋なやつじゃて、もし今後会うことがあれば気軽に話しかけておくれ」
「あ、ええと……よろしくお願いします。大百足……様?」
「気軽にムーちゃんとでも呼んでくれと申しております」
「あ、いたんですね。全く見えませんでした」
「ケケケ。先日はどうも」
声のした方を見ると、大百足の体の向こう側にライカさん……じゃなく一つ目の姿があった。今日は妖怪モードらしい。
そして大百足のムーちゃん、話に聞いていた通りの気さくな妖怪みたいだ。けれど今の僕では意思疎通できないのか、一つ目や校長の通訳無しでは言っていることが分からない。なんか金切声みたいなのが聞こえるけど、それが声なのかな?
「それで……今日は僕にどんなご用ですか?」
「ホ? いや、なあに。ただの面通しじゃよ。そんな構えんでいいわい」
「……へ? それだけ?」
「なんじゃ、厄介事かと心配しとったんか? ほれ、たまたま来とったから町中で見かけた際に怯えんように面通しを、と思ってな。その方がいいじゃろ?」
「あ、はい。助かりますけど……」
「今後も、見た目が人間に馴染み無いような奴らや、危険な妖などは面通しするでな。呼びつけて申し訳ないが、協力をお願いするぞぃ」
「わ、分かりました。それじゃあ、僕はこの辺で」
「ギャハハハハ! 面食らった顔、面白ぇなぃ! 流石は大百足だなぃ!」
いつの間にか部屋にいたぬらりひょんに大笑いされ、僕は腑に落ちないまま教室に戻って行く。厄介事を頼まれる流れかと思ったが、僕の考えすぎだったか。
それにしても今まで出会った中で一番人外な妖怪だったな。慣れる気しないよ。
やがて午後になり、教室で引き続き授業を受けていた僕は、再び校庭を進む大百足ことムーちゃんの帰る姿を目の端で見送った。
最近はもう、非日常というより映画の世界みたくなってきた気がするよ。
なにはともあれ、僕は新たな席と新たな出会いを迎えて普通の日々を終えた。
さあ、ここからは文化祭の準備期間だ。高校最初の文化祭、楽しみだなァ。