q78「マラソン大会終了とは」
「はーい、お疲れ様でした。ゴールおめでとう」
僕がゴールすると、担任の楠木先生がいつも通りの感じで出迎えてくれた。
どうやら校長先生のお説教のおかげで、今は穏やかな人格のようだ。
「お疲れー! ミケちん、思ったより遅かったねぇ?」
「おお、頑張ったな。無事完走とは流石だぜ。やるな、コーメイ」
ゴールして周囲を見回すと、少し離れたところで休憩している遠野さんたち女子グループや、灰谷君たち男子グループが目に入る。二人は僕に気付くと、集団から抜けて駆け寄って来てくれた。
「灰谷君、無事に戻って来られたんだね。ライカさんとは会えた?」
「いや、残念ながら次のチャンスまでお預けだ。目撃情報だと、サボったり悪いことをしている奴に彼女が声を掛けてたらしい。ならば、そういう方向性で……」
「駄目だよ。それだと出会えても、どんどん嫌われる悪循環だから。正気に戻って灰谷君。ところで遠野さんは何位くらいでゴールしてたの?」
「わたしはちょうど真ん中くらいだね。三十分前には着いてたかな」
そんな話をして時間を潰していると、やがて識那さんや委員長たち女子の最後尾が続々とゴールに辿り着く。どうやら識那さんたちはビリではなくなったようで、彼女たちの後方に別の女子の姿も見えた。
「お疲れぇ、三重籠。委員長」
「はぁ、疲れたわぁ。頑張ったね、識那さん」
「黒大角豆さん、わたしに合わせてくれてありがとう。おかげで頑張れたよぉ」
「よきかな、よきかな。ここに新たな友情が生まれたのねぇ。二人とも本当にお疲れ様、ナイスファイトだぜぇ」
そうして女子が全員ゴールし、男子も続々と到着する。
やがて九割ほどの生徒がゴールした時点でマラソン大会は終了となり、僕たちには解散の号令がかけられた。
残りの走者は回収車で拾うか、本人が頑張るなら一部の先生で待つらしい。皆が帰った後でゴールするのは寂しいだろうけど、最後まで頑張ってほしいものだ。
ちなみにだが、一部の生徒は自主的に最後まで残るらしく。
物好きだなと思わなくもないけれど、最後まで諦めずに走り切った生徒にしてみれば嬉しいだろうね、学友が待っていてくれるなんて。
「さーて、帰ろ帰ろ」
「ふぇぇ、もう歩けないよぉ」
「頑張って、識那さん。家の人が迎えに来てくれてるんでしょ? 車まで百メートルも無いんだから、大会に比べたら一瞬よ」
「じゃあな、コーメイ。お幸せにな」
「待って? どういう意味なの、それ。もうワケが分からないよ」
ガヤガヤと解散する生徒たちは、家族が車で迎えに来てくれる組と、徒歩や自転車で帰る組とで分かれる。識那さんや灰谷君は車組、僕と遠野さんと委員長は徒歩組と、図らずも人類メンバーと人外メンバーで分かれた形だ。
他の生徒たちも続々と帰路に就く中、僕たちは三人で歩き始める。
「ミケちん、全然余裕あんじゃん。本当はもっと速く走れたんでしょ?」
「そりゃあね。けど、改造人間だってバレちゃうから」
「そういう祈紀こそ余裕じゃない? さては湖に寄り道したわね?」
「ありゃ、バレた? ちょーっと山の中を河童モードでね。三重籠には悪かったけど、そうしないと干乾びちゃうんだもん」
すると、識那さんの名前に反応して委員長がピタリと足を止める。
「……ねえ、柳谷君? あなたたち本当に付き合ってないのよね?」
「え? そうだけど、どうかしたの?」
「ここだけの話にしてね? 柳谷君と別れた後、識那さんったらずっと君の話をしてたのよ。わたしと仲良くしてくれるいい人だとか、素敵だとか、今もわたしを気遣って口裏を合わせたのバレバレだとか、そんなところが可愛いだとか……」
「え? そんなふうに言われるとなんか照れるなァ。そっか、バレちゃってたのか、委員長と口裏合わせてたこと」
「いや、そこじゃねーだろ。ツッコミどころはさ」
「そうよ、そこじゃないのよ。もっと全体を見て」
「委員長と共通の話題が僕のことしかなかったのかな? もっと他に、趣味の話とか色々ありそうなのにね」
「……こいつはもう駄目ね。行きましょ、アズアズ」
「……そうね。こっそり教えようとしたわたしが馬鹿だったわ」
(パパ、激鈍さんなの。さっさと帰って寝るの)
「え? なに、どういうこと? 僕、また何かやっちゃった?」
そんなふうに僕は、何故か二人に呆れられることに。
うーん、謎だ。光理まで何が言いたいんだろうね?
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
マラソン大会から数日後。休み明けの学校は大会の話題で持ちきりだ。
最後の走者は僕らが帰ってから三十分後くらいに到着したそうで、それはそれは感動のフィナーレだったらしい。最も遅かったにもかかわらず、彼らはまるでヒーローのような扱いを受けている。
その一方で、回収車に拾われたメンバーも話題の中心になっていた。
やれ、途中の草っ原で熟睡していただの、学外の恋人と通話しながらのんびり歩いていただの、動画投稿サイトの撮影をしながら回っていただの、僕が予想してた強者ぶりを上回る豪胆さである。
そんな中で最も話題になったのは、某アイドル好きなクラスメイトだった。
なんでもコース途中にあった商店に、好きなアイドルの非売品ポスターが無造作に貼られていたらしく。そのアイドルに対する冒涜だと、彼はマラソン大会そっちのけで商店の主と交渉を始めてしまったそうだ。
結果、持ち前のコミュ力で店主に気に入られた彼は、貰った戦利品のポスターを手にホクホク顔で自宅に戻り、そのままポスターを眺めて過ごしていたのだとか。
当然家族や先生からこっ酷く怒られた上に、罰としてグラウンドを大会の倍の距離、数日に分けて走らされたらしいが、同情の余地は無いよね。
けれど彼は、その一途すぎる生き様か、あるいは人柄や人徳のおかげか。その後もクラスメイトから愛され、僕にも懲りずに「そのうちアイドルのライブ、一緒に行こうぜ」と声を掛けてくれた。
もしも彼が登場人物の作品があったら非常に面白いだろうな。僕はもちろん、彼推しに……なんて一瞬そんなことを考えたが、現実の人間にそれは失礼かなと思いつつ首を横に振る。
「ねえ、聞いた? 大会中に山で河童が出たらしいよぉ。怖~い」
「……それはとても怖いね、遠野さん。新手のジョークかな?」
「ふぇ? 何がジョークなの? それよりいのりちゃんは筋肉痛、大丈夫? わたしは昨日まで普通に動くのも辛かったんだけど」
「あ、ああ! 筋肉痛ね! わ、わたしも酷かったよ、もちろん!」
「ぼ、僕も! 休日は寝たきりだったなァ!」
どうやら反応を見るに、妖怪は筋肉痛とは無縁らしい。遠野さん、素で忘れてたっぽいな。まあ、改造人間の僕もだけど。
それはさておき、僕らの一大拷問イベント……もとい、マラソン大会はこうして幕を閉じたわけで。色々あったけど、いい思い出になりそうで良かった。
「ウチも走りたかったにゃ」
「たわけ。どうせおのれは、数分で飽きて帰るじゃろうが」
「その通りですニャ。昔、飛脚と競争するって言い出した時、正にそうなりましたニャ。諦めの早いところも可愛いですけどニャ」
「酷い姉馬鹿がいるポン。ちょっと甘やかしすぎだポン」
(パパ、ぼく、いいことを思い付いたの。マラソンはタオルだったけど、普段は褌に変化して使用していれば一石二鳥だと思うの)
(何と何で一石二鳥か意味不明だね。それに現代はふんどしってマイナーだから。そうでなくてもやらないけどさ)
相変わらず賑やかな仲間に囲まれ、僕はまた日常へと戻るのだった。
いや、すっかり日常が変異してるのに慣れちゃってるけど、僕の人生ってこれでいいのだろうか。楽しくはあるけどさァ。
前話に誤字報告をくださった方、ありがとうございました。