q74「小豆洗いとは」
思いがけず、委員長の正体が妖怪小豆洗いだと知ってしまった僕。
しかしながら、今はまず全校集会を優先しようという話になり。僕たちはお通夜のような空気を無理矢理に振り払って、体育館へと急ぐことにした。
ちなみに琴子は全校集会が終わるまでの間、鈴子たちの監視下で正座で反省してもらうことが決定する。
「えっと、委員長?」
「あっ、はい」
「その……誰にも言いふらしたりしないから、安心して。後でゆっくり話そうよ」
「……うん。ありがとう、ございます」
体育館に急ぐ中で、僕は放心状態だった委員長にそう声を掛けた。
どのくらい信用してもらえるかは分からないけど、全校集会の間ずっとモヤモヤするよりマシだと思いたいな。
「おお、遅かったな。ギリギリセーフだぞ」
「いのりちゃん、遅かったね? 何してたのかな? かな?」
「ち、違うってば。委員長と話してただけだから」
「ごめんなさい、わたしのせいで。また後でね?」
「うん、それじゃあね」
なんとか間に合った僕らだったが、その後は心ここに在らずという感じで過ごすことになった。まあ、当然だよね。
そして全校集会の締めに校長先生の話を聞いた僕らは、その数十分後、再び校長先生の前に立つことになる。とは言っても、今度は校長室でだけど。
「――――話は分かったわい。琴子よ、お前さんは相変わらず迂闊じゃのう」
「申し訳ないにゃ。以後、気を付けるのにゃ」
「いや、絶対にまたやるじゃろ。ほんに、この馬鹿猫は……」
「申し訳ございませんでした、ニャ。お姉ちゃんが度々ご迷惑を……」
のっぺらぼう校長の庇護下にある委員長がその正体を見抜かれたのだから、勝手に話し合って纏めるというわけにもいかず。
なので結局僕らは昼休みを使い、こうして集まることに。校長先生に事後報告する二度手間が省けるから、こっちの方が楽ではあるけれど。
「ホッホッホッ。お前さんが話に聞いていた妹さんじゃな? まあまあ、そう大事では無いのじゃから、頭を上げなさい」
とんでもない初対面となったのっぺらぼう校長と琴音だが、しっかりした者同士だから心配要らないだろう。それより今はこっちが心配だ。
「あの……わたしも迂闊でした。申し訳ありませんでした、校長先生」
「ホッホッホッ。気にするでない、黒大角豆君。思いのほか早かったが、いつかはこうなる気がしとったわい。それに彼なら悪いようにはせんじゃろ、なあ?」
「あ、はい。それはもちろん」
のっぺらぼう校長に話を振られ、僕は力いっぱい頷いた。
たぶんだけど、僕の話は委員長にも伝わっていたのだろう。それで彼女は余計に気を付けていたんだと思う。琴子のミスが無ければ盤石だったろうに。
「委員長も、気にしないで。遠野さんで慣れてたし、委員長がどんな存在であれ、これからも態度を変えたりしないからさ」
「……うん、ありがとう。ごめんね、隠してて」
「いや、いいって。隠して当然だし、僕だって隠してたわけだからさ」
「ホッホッホッ。どうやら丸く収まったようじゃの。それで恐縮じゃが、柳谷光明君。例の話はどうするかのう?」
「えっ? ああ、もしかして僕のことですか? この際ですし、ついでに話してしまっていいと思います。委員長は信用できそうですから」
例の話というのが僕の正体のことだと、すぐに察しが付いた。のっぺらぼう校長も、僕が見える人だとは伝えていただろうが、正体は秘密にしてたようだ。
けれど、こうして互いの秘密を知った仲である。ここで変に一部だけ隠しててもややこしくなるだけだと思うから、思い切って話すことにしよう。
「――――かくかくしかじか、というわけなんだ」
「嘘、でしょ? まさか、クラスメイトがこんな……」
「本当だよ。というわけだから、おあいこってわけでもないんだけど、僕も委員長のことは秘密にするから僕のことも黙っててくれない?」
「そ、それはもちろん。それにしても……ねえ、これって触ってみても大丈夫?」
「え? 別にいいけど」
「マジ? なら、わたしも触らして~♪」
そう言って、委員長とついでに遠野さんが僕の本体を手玉に取る。もとい、本体の球体を手に取って触りまくる。
そういえば本体を誰かに触られるなんて初めてだけど、人間の触覚とはまた違った妙な感覚だなァ。こそばゆい。
「うわ~ツルツルで真ん丸じゃん」
「驚きの滑らかさね。球技用のボールや鉱石なんかとも違って、変な感じ……」
「あのさ、そんなにマジマジと触られると恥ずかしいんだけど。誰かに触られるの自体、これが初めてだし」
「パパの初めての人なの。初めてなのに二人相手なんて、パパ、モテモテなの」
光理の台詞を聞いて、二人は真っ赤な顔で慌てて僕を投げ捨てる。
すると僕の本体は弧を描いて校長先生の手元へ落下し、そこに収まった。
「ホッホッホッ。確かに不思議な手触りじゃのう、これは」
「あの、校長先生? そろそろ元に戻ってもいいですか?」
「おっと、こりゃすまんのう。ほれ」
校長先生の手を離れた僕は、漸く元の人間体に戻る。
というか、どうして女子二人組は未だに赤い顔をしてるのかな? 男子の体を撫で回したことが理由だとしたら、同じことした校長先生はどうなるの?
「それでは、本題に戻そうかのう」
「あ、はい。本題が何だったか忘れそうになりましたが」
「ホッホッホッ。それでは黒大角豆君、改めて自己紹介を頼むぞい」
「は、はい」
校長先生の言葉を受けて、委員長はその身をくるりと翻す。
するとそこに、笊を抱えた白髪で薄茶色の肌の女性が現れた。
「改めまして、妖の小豆洗いと申します。今はのっぺらぼう様のお力添えをいただいて、黒大角豆餡子という名前で人間に化けて生活させてもらってます。今後ともよろしくお願いします、柳谷君。シャキシャキ」
「う、うん。よろしく、委員……黒大角豆さん?」
「今まで通りでいいわ。餡子でもいいし、シャキシャキ」
「わーお。どさくさ紛れに下の名前で呼ばせるなんて、アズアズってば大胆~」
「……苗字でお願いします。シャキシャキ」
「あ、はい。よろしくね、委員長」
顔を赤らめた小豆洗いがくるりと身を翻すと、再び人間の姿が現れる。
どうせなら小豆を洗うところとか見たかったけど、今はそんな空気じゃないな。
「ちなみにだけど、アズアズに小豆洗うところ見せてって言うのは究極のセクハラだかんね。ミケちん、気を付けてな」
「そ、そんな破廉恥なことできません! 柳谷君のエッチ!」
「いや、僕まだ何も言ってないんだけど」
どうやら小豆洗い基準では、小豆を洗う姿ってとてもエッチらしい。
それにしても危なかった。知らずに頼むとこだったよ、遠野さんグッジョブ。けど、いったい何がどうしてエッチなんだい?
「ホッホッホッ。賑やかでええのう」
「そうなの、とても楽しいの。ぼく、今、とっても満たされてるの」
「ミケと出会えてよかったポン。俺も退屈しなくていいポン」
「少しばかり賑やかすぎるのじゃがな」
「にゃははっ、ミケを見付けたウチのおかげだにゃ」
「お姉ちゃんはもっと反省するニャ。まったくもう……」
こうして新学期早々、僕にまた新たな妖怪の友達ができたのであった。
それにしても、まさかクラスメイトに二人も妖怪がいたとは。
……ところで、もうこれ以上はいないよね?