q73「二学期とは」
二学期のスタートです
楽しかった夏休みもあっという間に終わり、今日から二学期だ。
友達に会えるのが楽しみ……ではあるけれど、一方で憂鬱でもある。
「ねえ、灰谷君。夏休み明けのまだ暑い中、マラソン大会ってどうなの? 学校は僕らを干物にして葬り去ろうとしてるのかな?」
「まあまあ、怒りは御尤もだが落ち着け。炎天下じゃなく夕方から夜にかけて開催なんだし、そう暑くはないだろ?」
「……ねえ、なんだか学校側に寄ってない? もしかしてイベントでライカさんに会えるの期待してたりする?」
「ギクッ⁉ そ、そんなわけねーし。俺はいつだってお前の味方だぞ、コーメイ。あー、マラソン大会億劫だわー」
夏休み中にキャラ変した様子の灰谷君は、どうやら敵に寝返ったようだ。
というか彼もマラソンなんて得意じゃないし、テンション上げるのはいいけど本番ではヘロヘロになるんじゃないかな。ライカさんにそんなとこ見せていいの?
それはともかく、二学期は学校行事が目白押しで。
マラソン大会の後も文化祭や生徒会選挙、中間テストや宿泊研修と暇無しだ。
「ねえ、みつ……柳谷君? 夏休みの宿題でさ……」
「おんやぁ? 三重籠ってば、今、なんて言いかけたのかなぁ? みつ……って何だろうなぁ? そういえばミケちんの下の名前って何だったっけなぁ~?」
「とっても憎たらしいな、遠野さんは。けど俺も気になるぞ。ズバッと言ってみようか、識那さん。ほれほれ」
「ふ、ふぇぇ⁉」
「二人とも止めなよ。識那さんが蒸発して消えちゃうから。僕は別にどっちでもいいんだから、彼女の好きにさせてあげなよ」
「今、彼女って言ったにゃ! 遂に俺の女宣言だにゃ!」
「馬鹿猫! これ以上識那を追い詰めるでないわ!」
「そうだニャ、お姉ちゃん! よく分かんないけど、迷惑かけちゃ駄目ニャ!」
「新学期早々、賑やかだポン。相棒……もといミケも相変わらず大変ポン」
「ポンさんったら、白昼堂々「愛棒」だなんて破廉恥なの」
「ギャハハハハ! 面白ぇやつが揃ってんなぃ! おぃも退屈せんなぃ!」
分かってはいたけど、僕の周りだけ騒がしさが桁違いだ。クラスメイトには妖怪が見えないから、識那さんや遠野さんが戯れているだけに思えるだろうが。
というか、どうして何時の間にかぬらりひょんまで加わってるんだろう? 僕はアイミスに教えてもらって気付けたけど、他の皆はまるで気付いてないし。
「ほら、そろそろ全校集会が始まるよ。体育館に移動しよう」
クラスメイトたちがゾロゾロと教室を出始めたので、僕も皆にそう声を掛ける。
もう既にぬーさんがいないけど、たぶん全校集会を覗きに向かったんだと思う。相変わらず神出鬼没で自由奔放な大妖怪だなァ。
「そうだな。べ、別にライカさんに会えたらなんて期待してないからな?」
「誰もそんなこと聞いてないよ、灰谷君。学校が楽しそうで何よりだけど」
「灰谷っちはライカっち命っちだねぇ? あー、お熱い、お熱いっち」
「ちが多いよ、いのりちゃん。それに茶化しちゃ駄目だよぉ」
「あなた方、少し騒がしすぎよ」
不意に声を掛けられて振り向くと、そこには苦い顔の委員長がいた。
そういえば学校行事の他に、この問題もあったんだった。
委員長――――黒大角豆餡子は、妖怪小豆洗いなのか。
夏休み中に浮上したこの疑惑、どうやって調査しようか未だ考え中なのだ。
まさか本人に聞くわけにいかないし、そもそも小豆が好きだから小豆洗いとは決めつけられないからね。たぶん、のっぺらぼう校長も個人のプライバシーまでは教えてくれなそうだから、本人に聞く以外に方法はないと思うんだけど。
「おっす、委員長。けどさー、わたしたちは別に煩くしてないっしょ?」
「……えっと、まあ、そうね。ごめんなさい、心が狭すぎたわ」
「気を付けないよー? こっちも神経割いて気ぃ遣ってやってんだからぁ、墓穴を掘ったら駄目だかんねー?」
おや? 今の会話、何か変じゃなかったか?
一瞬だけど、遠野さんと委員長がアイコンタクトを取ったような気がした。そして今の会話の内容、二人にしか分からない微妙なニュアンスが含まれていたように感じたのは気のせいかな?
そう思って僕が疑念を籠めた視線を送ると、遠野さんがチラッとこちらを見てから慌てて目を逸らしたのに気付く。
同時に、委員長も同じようにこちらをチラ見したではないか。これは怪しいぞ。
「ねえ、皆、行っちゃったよ? 早く行こう?」
「コーメイ、遅れるぞ。先に行くぞ」
「あ、うん。行こうか」
「ごっめーん。三重籠、先に行っててぇ」
よく見れば、既に教室に残っているのは委員長と遠野さんだけになっていた。
僕は慌てて教室から出たばかりの識那さんや灰谷君の後を追う。委員長のことは気になるけど、また別の機会に考えることにしよう。
「ほんじゃ、わたしらも行こうぜぇ、委員長?」
「そうね。行きましょうか、遠野さ……」
「ウチらはここで待ってるにゃ。行ってらっしゃいにゃ、祈紀、餡子」
「馬鹿猫っ⁉ だ、黙れっ‼」
――――その瞬間、僕は教室の入口から出る寸前でピタリと動きを止めた。
琴子、今、なんて言った……?
「……さ、さあ、行きましょうか? 祈紀……遠野さん?」
「そ、そうですね、委員長さぁん。お、おほほほほ」
「……えっと、委員長? 僕の聞き間違えじゃなければ、今さ」
「な、なんのことでしょう? わたしは何も聞いてませんけれども?」
「わたしもぉ! なーんにも、聞いてないっすねぇ?」
「そ、そう? そっか、なら、僕の聞き間違え、かなァ?」
必死に誤魔化そうとする委員長と遠野さん。言葉遣いがおかしいよ?
……まあ、かなり無理がある気はするが。彼女たちが隠そうとしてるのに暴くのも悪いかなと、僕は二人から視線を逸らして茶番劇に乗っかることにした。
「そ、そんなことより、僕らも早く行こうか。集会が始まっちゃ……」
「にゃにゃっ! すまんかったにゃ、小豆洗い……じゃなくて、餡子! この詫びは後で必ずするのにゃ! ウチは逃げも隠れもせず待ってるにゃ!」
「……あー……」
「……なんかごめん、委員長」
決死の茶番劇すら台無しにされ、委員長は脱力のあまり子どもの落書きみたいな表情になって固まってしまった。本当にごめん、委員長。
そして元凶の琴子には当然、全員から厳しい目が向けられることとなる。
「馬鹿猫……」
「最悪だポン……」
「これは救いようが無いの……」
「なーにしてんだよぉ、まったく……」
「み、皆さん! うちのお姉ちゃんがすみません、すみません、すみませんっ‼」
代わりに謝り倒す妹の琴音が憐れだ。あまりにも不憫すぎる。
流石に僕も琴子を白い目で見るしかない。しかしながら、まさか本人に聞く以外にこんな方法があったとはね。正解は「琴子の口を滑らせる」だったか。
「……うふふっ。小豆、洗いたいわぁ」
「…………にゃ、にゃあ……」
凄まじい眼光で琴子を射抜く委員長、マジ怖いんですけど。
完全に目が据わってて、琴子は正に蛇に睨まれた蛙状態だ。
「落ち着け、アズアズ。気持ちは分かるけど、現実を見て? ミケちんに説明しなきゃだから、現実逃避はその後にしようぜぇ?」
「……うちの琴子が、なんかすみません」
「本当に申し訳ございません、申し訳ございませんっ! わたしからもしっかりと言っておきますので、どうかご容赦くださいっ!」
自分のせいでもないのに、何故か謝ってしまう僕。
そして、僕の横で全力で平謝りをし続ける琴音。
そんな琴音を見て、今まで相当苦労して来たんだろうなと切なさを覚えつつ。
僕は突如として正体がほぼ露見してしまった可哀想な委員長に、どう声を掛けていいものかと頭を悩ませるのであった。