q72「夏休み最終日とは」
「ああっ! 自由研究をやり忘れてた!」
「もう、そそっかしいわね。母さんは手伝いませんよ?」
「父さんもだぞ。これに懲りて、次からはしっかりと確認しとけよ」
「お兄ちゃん、駄目駄目だね」
「とほほ。こんな夏休み最終日は、もう懲り懲りだよ~」
……なんてことも起きず。
優秀すぎるアイミスというナビゲーションシステムのおかげで、僕の夏休みは平和なまま終わりを迎えようとしていた。
どんなスケジュール管理アプリでも、あるいは社長秘書だってアイミスには叶わないかもしれない。実物の社長秘書なんて見たこと無いけどさ。
そんなわけで、新たに琴音という猫又が加わった我が家の妖怪組御一行。
賑やかさを増したその中で、僕は明日から始まる新学期を妄想してドキドキとワクワクを同時に抱いていた。
「にゃにゃ? ミケが阿保面してるにゃ。エッチな妄想かにゃ?」
「ニャニャ! お姉ちゃん、失礼だニャ! そういうのは触れちゃ駄目ニャ!」
「馬鹿猫の世話係ができて楽じゃわい。騒がしさは増したがのう」
「賑やかで楽しいポン。好物を食べる時は怖いけどポン……」
「わりぇがいりぇば~、おちゃにょこしゃいしゃいれしゅ~」
「パパ、こんなにたくさん入れちゃって、処理し切れないの。パパもこっそり自分の時間が持てないと思うの」
「部屋に大勢入れ過ぎて会話を処理できない、だね? 言葉足らずに気を付けて、光理。あと自由時間は確かに無いけど、光理が言うと別の意味に聞こえるよ。普段からそんなことばっかり言ってる弊害だね、主に僕だけが被ってるけど」
ちなみにだが、ポンちゃんの言ってた好物を食べる云々は、琴音のことだ。
彼女の好物は魚なのだが、僕がコンビニで買ってあげたようなフィッシュフライや蒲鉾は彼女のドストライクではなかったらしく。如何にも魚という、頭や鰭が付いたままのを好むのだと琴子から教えてもらった。
……そして、恐怖の瞬間は訪れる。
注文通りの魚を差し出したところ、琴音は豹変したのだ。ポンちゃんだけでなく、鈴子や光理までドン引きするほどに。
「ギニャハハハハハ!」
興奮した琴音の姿は、ひと言でいうなら化け猫だった。
無我夢中で好物を貪る間、彼女は図鑑の猫又……というより化け猫の様相になり、魚を食い散らかしたのだ。その後、自分で掃除してくれたけどさ。
あまりの悍ましい姿に、僕やポンちゃんは抱き合ってガタガタと震え、鈴子はベッドの下から出て来ず、光理に至っては危うく分体から幽体離脱しそうになる。そしてすぐ、琴音にそのままの魚を与えるのは禁止しようと満場一致で決まる。
「にゃははっ、琴音は昔から変わらんにゃ。嬉しそうに食べてて可愛いのにゃ」
その瞬間、僕は「琴子って実は大物なんじゃないか?」と錯覚してしまう。
ただの姉馬鹿なのだろうが、あれを見て平然と笑っていられるとは驚きだ。ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ見直したよ。
「ほへぇ~? みぎょとなたべっぷりでしゅ~」
そして大物はここにもいた。
ちなみにだが、イリエの好物はクッションである。今さらかな?
それはさておき、僕には今日中にやらなければならないことがあった。
それは、妖怪組との打ち合わせだ。明日からの生活についての、ね。
「で、イリエの留守番は確定でしょ。あとの皆は?」
「ウチは行くにゃ! 教室の後ろで見学するにゃ!」
「な、なら、わたしも行きたいですニャ。お姉ちゃんが過ごしてた場所を見たいし、のっぺらぼう殿にも挨拶したいですニャ」
「ワシも行くのじゃ。馬鹿猫がやらかさんよう、見守らねば」
「俺も行きたいポン。識那や祈紀の顔が見たいポン」
「ぼくもイキたいの。パパの上に乗って、パパの言う通りにするの」
「うん、眼鏡モードで僕の顔面の上で大人しくしてくれるんだね? それじゃあ、全員学校に通う感じかな? イリエ以外は」
「いってらっしゃいましぇ~」
ということで、僕たちの新学期のスタイルが決定する。
琴音のことは識那さんと遠野さんにメッセージを送っておくとして、光理のことはまだ内緒かな。ごめんね、識那さん。
問題は登校の時だ。光理はともかく、皆の歩幅に合わせて一緒に歩くなら、少し早めに出ないといけなくなるな。残念だけど朝に観人さんと遭遇するのは諦めないといけないかもね、今後は。
まあ、僕の両肩と頭の上に乗せるという手もあるんだけど、流石にぎゅうぎゅう過ぎて暑苦しく、皆が可哀想だ。席が三つしかないのに、四人いるし。
そんなことを考えながら、僕は識那さんたちへのメッセージや明日提出する宿題の準備などに追われ、最終日を過ごす。
アイミスのおかげで忘れ物や寝坊は無いけれど、二学期からも平穏にやれるか心配だな。こんなにたくさんの妖怪と一緒だなんて。
それに、懸念もある。委員長が小豆洗いという可能性が残っているからだ。
まさか「小豆洗いなの?」と本人に直接聞くわけにいかないし、どうやって探るかを考えておかないと。
「楽しみだにゃ、ミケ」
「……まあ、そうだね。僕も楽しみだよ。これからもよろしく、琴子、鈴子、ポンちゃん、イリエ、光理。それに琴音も」
「にゃ!」
(アイミスも、よろしく。取って付けたみたいで悪いけど)
〖いえ、こちらこそよろしくお願いします。賑やかになりましたね、ミケ〗
(本当にね。これ以上は増えなくてもかなァ……)
そう考えながら、僕はこれからの生活を想像して溜め息を吐くのだった。
きっとまた増えるんだろうなァ。ぼっち、よりはいいけどさァ。
次は閑話で、その次からが新学期の話になります。
今後とも、どうぞよろしくお願いします。