q71「琴音とは」
「……お、お姉、ちゃん……?」
「にゃにゃ? 琴音じゃないか、にゃ! おっす、久しぶりにゃ!」
隣町で行き倒れていた猫又を拾った僕と光理は、彼女――――琴子の妹の琴音さんを連れて家に帰り、琴子と再会させることを決めた。
本人に相談無く決めたのは悪かったけど、目を回してて起きないし、起きたとしても話を聞かずに再び暴走しそうだったから仕方ないのだ。琴子本人から説明してもらえば、さっきみたいなことにはならないだろうから。
「お、お、お、お姉ちゃーーん‼」
「おー、久々だにゃ。元気だったかにゃ?」
「おね、おね、おね、お姉ちゃん! わた、わた、わたし……」
「にゃははっ。琴音は相変わらず甘えん坊だにゃ。一緒にツナ缶、食うかにゃ?」
そして僕の算段は上手く働いたようで。目覚めた琴音さんは、目の前にいた琴子の姿を見るなり感激して、ご覧の有り様である。
というか姉妹なのに、琴音さんと琴子の反応の差が酷いな。感極まっている琴音さんに対し、琴子は一週間前にでも会ったような淡白な反応だ。逆に凄いよ。
「馬鹿猫の妹とはな。妙なこともあるものじゃ」
「前に話してたポン。まさかミケが拾ってくるとはポン」
「別に拾ってきたわけじゃ……いや、拾ってきたね。どこからどう見ても」
「にゃははっ、ミケ、琴音を連れてきてくれてサンキューだにゃ。久々に会えて、ウチ、めっちゃ嬉しいにゃ」
琴子の方も、なんだかんだ言って嬉しいみたいだ。
いつもより笑顔だし、楽しそうに笑っているからね。
「本当にたまたまだよ。まさか道端で行き倒れてる猫又がいるとは」
「パパ、グッジョブなの。女の子をお持ち帰りなんて、なかなかやるの」
「お持ち帰りって言わないでくれる? 女の子じゃなく妖怪だし」
僕たちがそんな会話をしている間も、琴音さんはビービーと泣き喚いていた。
二人が同時に名前をもらったのなら、しっかりしていそうな琴音さんがお姉さんなのでは……と思ったが、この姿を見たら琴子が姉というのにも納得だ。
というか、姉を探し回って日本を一周してみたり、僕の話を聞いて勝手に妄想を爆発させたりと、なかなか癖の強い妖怪なのかもしれないな、琴音さんは。
「かくかくしかじか、というわけでさ」
「こいつ、昔から思い込みが激しいのにゃ。普段は冷静なくせに、感情が昂ると周りの声も聞こえなくなるし、にゃ」
「も、申し訳ございませんでした、ニャ。命の恩人なだけでなく、お姉ちゃんとの再会を手助けしてくれようとした人間さんに、わたしったら……ニャ」
ひと頻り泣き喚いた後、琴音さんは漸く冷静さを取り戻したようで。語尾も戻っているから、もう大丈夫だろう。
平謝りする琴音さんを宥めると、僕はこれまでの経緯を彼女に説明し始めた。
「……にゃんと、そんなことがあったとはニャ」
「だから、琴子とは春頃に出会ったばかり……というか見えるようになったばかりでさ。それまではずっと学校とかにいたらしいよ」
「琴音と離れ離れになってから、あちこち彷徨ったにゃ。そんで、のっぺらぼうの縄張りに居座らせてもらえたから、この町でずっと過ごしてたのにゃ」
「うう、ごめんね、お姉ちゃん。あの時、わたしが目を話したばっかりに、そんな放浪生活をさせちゃって……」
どうやら琴音さん、感情が昂ると語尾を忘れる癖があるみたいだ。怒ってたらすぐ分かるから、便利ではあるけど。
ともかく、話を聞く限りだと昭和初期くらいなのか。その頃に大きな祭りの最中に離れ離れになった二人は、片やフラフラと放浪を始め、片やその場に留まって忠犬ハチ公の如く待ち続けたらしく。犬じゃなく猫又だけど。
そして琴音さんは痺れを切らして捜索の旅に出て、琴子は放浪の途中で見つけたのっぺらぼうのいる学校を気に入って留まり続け……って、姉妹でチグハグな行動だな。片方が動けば片方が留まり、一方が留まればもう一方が動き始めるとは。
まあ、なにはともあれ、こうして再会できたなら万々歳だよね。
これからはずっと一緒にいられるだろうし、離れ離れだった分も仲良くしてほしいものだ。姉妹なんだし。
「人間さん。改めまして、わたしは猫又の琴音という者でございますニャ。御恩をどう返そうかと考えていましたが、こうして姉ともどもお世話になることができるならば、わたしの全身全霊をもって恩返しに努めて参りま……」
「ちょ、ちょっと待って。硬い硬い。別に、たまたまだし、気にしなくていいからさ。えっと、僕は柳谷光明です。気軽にミケって呼んでね」
「では、お言葉に甘えて。ミケ殿、この大恩を返すべく、全身全霊を……」
「だから、硬いって。まったく、琴子とは正反対な性格だなァ」
仰々しく挨拶をする琴音さんを宥め、僕は改めて彼女に自己紹介する。
というか今更だけど、彼女もここに住む感じで決まりなのか。いいけどさ。
「それじゃあ、琴音さん。改めてよろし……」
「ミケ、琴音も滅茶苦茶年上にゃ。さん付けは……」
「……琴音。今後ともよろしくね」
「はいニャ。ミケ殿、こちらこそ末永く……」
「琴音、ミケと呼ぶにゃ。殿ではないにゃ」
「……ミケ、末永くよろしくお願いいたしますニャ」
なんとなく同じ苦労を共有できそうな琴音に、僕は親近感を抱きつつ受け入れを決定したのだった。琴子に振り回される彼女の姿が目に浮かぶなァ。
「しかしながら、どう恩返ししていけばいいかニャ? お姉ちゃん」
「いや、そんなの別に気にしなくて……」
「それならミケは人間の男だし、琴音のテクで御奉仕してやればいいにゃ。きっとミケも大満足にゃ。ウチはあんま上手くできなかったからにゃ」
「…………ミケ? いったい、お姉ちゃんにどんないかがわしいことを?」
「待って。完全なる誤解だから。琴子の言い方がアレなだけで……」
「パパ、ぼくもそういうの、やってみたいの。そろそろ体も大きくなってきたから、色々なことができると思うの」
「光理はちょっと黙っててくれないかな? 体が成長してきたから幼児として色々できるようになったと言いたかったんだろうけど、このタイミングだと悪意しか感じないからね? 琴音の誤解を超加速させないでくれる? 今は火に油だよ?」
「こ、こ、こんな幼子にまで、そんないかがわしいことを……」
「ほらァ! 今さっき、思い込みが激しいって説明されたばっかりなのに! 琴音、ちょっと落ち着いて話を聞いて……」
「ギニャアアアア‼ お姉ちゃんの仇‼ 成敗っ‼」
「仇って何⁉ 頼むから落ち着いてぇ!」
その後、琴子の言う彼女のテクというのが裁縫や掃除などの家事全般だと判明する。確かに男の僕は苦手分野だし、大助かりだけど。琴子……覚えてろよ?
そうして夏休みの最後に新たな賑やかさが加わり、僕の生活はより一層人間離れしていくのであった。