q70「猫又を探して三千里とは」
光理を連れて隣町に来ていた僕は、行き倒れの猫又を拾う。
妖怪が行き倒れているなんて実に奇妙なことではあるが、とにかく僕はその猫又から話を聞くことにした。
「それで、君はどうして倒れていたの?」
「うう……わたしのことが見えるのニャ?」
「あ、そこからか。うん、見えてるよ。そうじゃなかったら、こうして話しかけることなんてできないからね」
「それもそうですニャ。おかげで少しだけ元気になったニャ」
猫又はそう言って、フラフラしながら立ち上がる。
妖怪は人間に認識されることで満たされるから、僕に認識されたことで栄養補給できたってことかな。それでも微々たるものみたいだけど。
「何か好きな食べ物ってある? そういうの口にすれば元気が出るかも」
「そ、それなら、わたしはお魚が好きですニャ。けど、知り合ったばかりの御方にそんなご迷惑をお掛けするわけには……」
「いいから、いいから。えっと、確か駅の方にコンビニがあったはず……」
とにかく、こんなに真っ青な状態ではのんきに話してもいられない。
ならばと、僕は猫又を抱えてコンビニまで移動し、建物の裏手に光理と猫又を置いて店に入り、フィッシュフライと蒲鉾を購入する。
「こんなのでどうかな?」
「あ、ありがたいですニャ。遠慮無く、いただきますニャ」
なんだかこの猫又、琴子とは大違いですごく礼儀正しいな。琴子しか知らないのもあるけど、猫又のイメージがガラッと変わったよ。
そんな失礼なことを考えていると、猫又はそれらをペロリと平らげ、ひと息吐いてから僕の方に視線を向けた。あまり美味しそうに食べてるように見えなかったけど、本当に大丈夫だろうか?
「感謝いたしますニャ。助かりましたニャ」
「ううん、よかったよ。それで、君はどうして倒れていたの?」
「……実はわたし、とある猫又を探しておりましてニャ。全国津々浦々を旅して、ここまでやって来たのですニャ」
「へっ?」
予想の斜め上の答えに、僕は間の抜けた声をあげてしまう。
隣町の猫又が行き倒れているのかと思っていたが、どうやら違うみたいだ。
「全国津々浦々?」
「はいニャ。南は沖縄の無人島から、北は北海道の端の端まで、それでも未だ目的の人物……ではなく猫又には巡り会えず、こうして二周目と相成りましてニャ」
「に、二周目⁉」
「はいニャ。離れ離れになってから数十年、いつかは巡り会えると信じ、歩き続けておりますニャ。きっと生きていると信じてますニャ」
とんでもないスケールの話に、僕は思わず声をあげてしまった。
店の裏手とはいえ、あまり騒ぐと誰かに聞こえてしまう。気を付けねば。
「それは大変な旅ですね。手がかりとか特徴はないんですか?」
「特徴と言っても、猫又は似たような姿ばかりニャもので」
「そうなんだ? じゃあ、探すと言っても一筋縄では行かないですね」
特徴が分かれば、全国津々浦々に分身がいる件を通じて探してもらうとか、のっぺらぼう校長やぬらりひょんのような大妖怪に協力してもらって探せるかもしれない。そう考えたが、同じ姿ばかりでは難しいか。
「はいニャ。ただ……」
せめて、何県にいるかだけでも分かればなァ。
するとその時、猫又が何かを伝えようと口を開いた。
「強いて言えば、名前があるということくらいでしょうかニャ」
「名前?」
「はいニャ。普通、猫又に名前なんて無いのですニャ。けれど稀有なことに、わたしとその猫又は同時に人間から名前を授かる機会に恵まれましてニャ」
「へえ、そんなこともあるんですね」
「はいニャ。しかも、離れ離れになる少し前には別の人間から呼び名まで頂戴しましてニャ。なので、それが最高にして最大の手がかりですニャ」
「名前と呼び名かァ……あれ?」
なにやら聞き覚えのある話に、僕は既視感を感じた。
人間から名前をもらって、しかも同時に名前をもらった猫又がいて、近代になって呼び名までもらったという猫又。そういえば身近に一人、いたような……?
「……あの」
「はいニャ?」
「君の名前と、その探してる猫又の名前って教えてもらえますか?」
「ええ、もちろんですニャ。助けていただいた恩人に名乗らぬなど、猫又の恥じですニャ。申し遅れましたが、わたしの名前は――――」
まさかね。たまたま遭遇した猫又の探し人が、僕のよく知る猫又だなんてこと、普通はあるわけないよね。
「わたしの名前は琴音と申しますニャ。正式には鬼闇楳玉琴猫姫でして、琴音とは呼び名なのですニャ」
「わあ」
……だが、耳に飛び込んで来たのは、よく知る猫又と似通った名前で。
うん、確実に琴子が前に話していた妹さんだね、この猫又さん。
「探しているのは姉……鬼闇櫻玉琴猫姫で、呼び名を琴子といいますニャ。姉とは言っても人間のような血縁関係ではなく、同じ人間から名前を授かった縁ゆえの姉妹という契りで……」
「えっと、琴音さん?」
「ハッ、ニャ! 失礼しましたニャ」
すると猫又の琴音さんは耳を立て、目を見開いた。
そして慌てた様子で僕に何度もお辞儀をする。
「人間さん、お忙しいでしょうに、長々と留めてしまって申し訳ありませんでしたニャ。助けていただいた御恩は決して忘れませんニャ」
「あ、いや……」
「長話に付き合わせてしまって悪かったですニャ。それでは、わたしはこれで失礼しますニャ。ご心配なさらずとも、わたしは必ずや姉を見つけ出してみせ……」
「琴音さん、ちょっとストップ。あなたの探し人、僕、知ってるかも」
「……はニャ?」
サラッとそう告げた僕に、琴音さんがピタッと動きを止めた。
それはそうだろう。何十年も探していた猫又が、こうもあっさりと見つかったのだから。偶然って凄いなァ。
「……ええと、どういう意味ですかニャ?」
「たぶんだけど、その猫又。というか琴子なら、うちにいるよ」
「……ウチニイルヨとは? どういう意味の言葉なのですか?」
「あ、いや。そのままの意味で受け取ってもらえれば。僕の家、我が家に一緒に住んでるよって意味です」
「……ワガヤニ、イッショニ、スンデルヨ?」
衝撃の事実に脳の活動が追い付かないのか、琴音さんは目を点にしてフリーズしてしまった。僕の言葉もオウム返しのように繰り返すだけだし、理解が及んでないな、これは。
「えっと、信じられないかもしれませんけど。琴子なら、僕と一緒に住んでます。琴音さんのことは前に琴子から聞いていたもので」
「ボクトイッショニ、スンデマス……? コトコカラキイテイタ……?」
「おーい、琴音さーん? そろそろ戻って来てくださーい」
「……ハッ⁉ わ、わたし、いったい何を……?」
漸く現実復帰した琴音さんは、キョロキョロと周囲に目を向ける。
余程驚いたのだろう。猫又が語尾を付け忘れるなんて、初めてのことだ。
「大丈夫ですか? 僕の言葉、届いてます?」
「ええと……な、なんでしたっけ?」
「ですから、琴子なら僕の家にいますと言ったんです。驚くのも無理はありませんが、落ち着いてください」
「……ふふ、ふふふふふ」
「あれ? 琴音さん?」
どうしてか、急に笑い出した琴音さんに、僕は首を傾げる。
長年探し求めた相手が見付かったショックで、おかしくなったのか?
「おーい、琴音さーん?」
「そ、そういうことでしたか。どうりで見つからないわけだ。まさか、人間どもに捕まって監禁され、見世物になっていようとは……」
「え? あれ? どうしてそうなった? というか、語尾……」
「ギニャアアアア‼ 人間め、覚悟するがいい‼ 我が積年の――――」
「わあっ⁉ ……って、あれ?」
すると、ワケの分からないことを口走った琴音さんは、急にフラフラと脱力して僕の方に倒れ込んでしまう。どうやらまだ充分に回復していなかったみたいだ。
目を回した彼女を抱えつつ、僕は光理と顔を合わせ、どうしたものかと頭を悩ませるのであった。行き倒れたり興奮したり目を回したりと、忙しい猫又だなァ。