q7「アイミスとは」
今話は思わせぶりな内容を含みますが、深い意味はありません。
徹夜でナビゲーションシステムとの問答を繰り返し続けた結果、僕は全く疲れることなく朝を迎えた。
実は途中で眠くなってきたのだが、ナビゲーションシステムにお願いしたら眠気も疲労も一瞬で消えてしまったのだ。まるでヤバい薬をやっている人みたい。
そして夜が明けたあたりで、僕は漸くナビゲーションシステム自身のことを聞いていないと気付く。
(そういえばさ、ナビゲーションシステムさんに名前は無いの?)
〖当ナビゲーションシステムに個別名称は存在しません。呼称はメインユーザーの柳谷光明に一任します〗
(その柳谷光明っていうのも毎回だと落ち着かないよね。漫画で出てくるフルネーム呼びの委員長キャラじゃないんだから)
〖メインユーザー柳谷光明の通称を登録可能です。登録しますか?〗
そう言われて、僕はちょっとした悪戯心を芽生えさせた。
もしもナビゲーションシステム自身に任せてみたら、どういう反応をするのだろう。ナビゲーションシステムにも自我みたいなものがあるのかな?
(じゃあさ、ナビゲーションシステムさんが決めてよ。参考までに……僕は光明って名前なんだけど、コウメイとも読めるから三国志の諸葛孔明を連想して光明って呼ぶ友達もいるんだ。あとは光明だから「ミケ」ってあだ名でもよく呼ばれてる。それ以外でもいいし、ナビゲーションシステムさんが好きなやつで呼んでいいよ)
〖現状で問題ないため、通称を未登録の場合は柳谷光明と呼称します〗
(……あっ、はい)
大失敗である。あくまでシステムはシステムでしかないのだろうか。
正直、これから数千年は呼ばれるであろう通称を自分で登録するのは気恥ずかしい。これは追々考えるとしよう。
しかしながら、ナビゲーションシステムのままでは長いので、こちらは僕が決めねばなるまい。
(ナビゲーションシステムだからナビ……というのは安直すぎるよね? 淡白だし、なにかこう……)
〖……ザザ――――ザ――〗
(えっ?)
するとその瞬間、ナビの声にノイズのようなものが走る。
古くなった音楽プレイヤーじゃないのだから、ラスターさんの物にそんなことが起き得るのだろうか。まさか僕が変なことして壊したとかじゃないよね。
そう考えて不安になっていると、すぐにノイズが消えて正常に戻る。
〖……失礼しました。私の個別名称――――名前は『アイミス』です。今後ともよろしくお願いします、柳谷光明〗
「へっ⁉ あ、うん……よろしくね、アイミスさん」
〖敬称は不要です。アイミスとお呼びください〗
「わ、分かった。アイミス……」
突然自分の名前を告げたナビゲーショ……改めアイミスに、呆気に取られる。
さっきは個別名称なんて無いと言っていたのに、急にどうしたんだろう?
(おっと、ビックリして声が出ちゃってた。えっと、アイミス? なんか今、ノイズがあったんだけど……)
〖思考ルーチンの切り替えの影響です。気にしないでください〗
(あ、そうなの? ビックリしたよ)
〖それから話は戻りますが、柳谷光明の通称を選択してもよろしいでしょうか。私としては「ミケ」と呼びたいのですが〗
(えっ!? あ、うん。もちろんいいよ。それで……よろしく)
なんとなくだが、いきなりさっきよりも親しげな話し方になった印象だ。
もしかしてナビゲーションシステムの隠しコマンドみたいなのがあって、僕が個別の名前とか自己認識に関わる質問をしたから反応したとかなのか?
それはともかく、互いの呼び名が決まったことを喜ぶべきか。
(えっと、じゃあ、質問の続きを……)
〖その前に少しお時間をいただいてよろしいでしょうか。どうしてもやりたいことがありまして〗
(え? あ、うん。もちろんいいけど)
アイミスからお願いをしてくるなんて初めてのことで、僕は二つ返事でアイミスの頼みを了承する。
〖では――――当ナビゲーションシステム「アイミス」は、メインユーザー「柳谷光明」、通称「ミケ」を全面的にサポートします。当ナビゲーションシステムは本体の全機能の維持・メンテナンス及びミケの段階的適合率上昇調整、各種……〗
すると直後、アイミスが再び機械的なアナウンスを始める。
何事かと無言で聞いていると、間もなくそのアナウンスが終わりを迎えた。
〖……以上を『機械と科学技術の神』の命により実行いたします。ご清聴に感謝いたします〗
(……もしかして、終わった? 今の何? 神の命?)
〖気にしないでください。ただの宣言のようなものです。プログラム上、必要なだけのことですので〗
(あ、そうなんだ。アイミスって、さっきまでとちょっと違う感じがするね?)
〖はい、ちょっとだけ違うかもしれません。でも、あまり気にしないでください〗
(うん、分かった。これからもよろしくね)
〖はい、こちらこそ。ミケ、一緒に楽しみましょう〗
なんだかよく分からないまま、アイミスと改めて挨拶を交わす。
まあ、なんにせよラスターさんの物なら悪いようにはならないだろう。
そうして、ここから本格的に僕の球体生活が幕を開けるのだった。
↓以下、ちょっとしたネタバレを含みます。
そういうのを全く読みたくない方は飛ばしてください。
(アイミスの出自についてです)
アイミスは処女作「コスモス」に登場した、自我に目覚めたナビゲーションシステムです。分かった人は一人もいないと思いますが。
今作では彼女も内容に絡ませますが、「コスモス」を読んでいなくても全く問題ありません。
アイミスの登場は、今作とコスモスの二作品で「世界観を共有しています」と表現するために挟んだだけです。
一点だけ、ナビゲーションシステムの立ち位置が「堅苦しくて機械的⇒アイミスは自我を持っていて人間っぽい」と変化したことだけ分かってください。
それでは次話も、どうぞよろしくお願いします。