q65「場所取りとは」
夏祭り最終日、その夕方。
僕は、灰谷君、識那さん、遠野さんとともに、出店で食べ物を買ってから花火が見える川沿いのポイントに移動した。
正確に言えば、そこに琴子と鈴子、ポンちゃん、さらには眼鏡モードの光理もいるのだけれど。イリエは今日も本人希望で、絶賛留守番中である。
「この辺かな」
「そだねー。結構いい場所押さえられたんじゃね?」
僕たちは花火の二時間も前に、人の疎らな川沿いで場所取りをしていた。
早すぎないかと思われそうだが、モタモタしていると大変なことになるのだ。毎年のことだからその辺は熟知している。
地元民以外は開始の三十分前になって漸く場所を探し始めるようだが、それじゃあ遅い、遅すぎる。せめて一時間以上は前じゃないと特等席なんて取れやしない。
かくいう僕たちだって、真の特等席は既に逃しているくらいで。花火が最もよく見えるエリア、そこには僕らよりずっと前から陣取っている人たちがいるのだ。
ちなみにだが、昔は場所取り合戦が過熱し過ぎて、それだけで別の祭りになりそうだったとか。ブルーシートやカラーコーン、果ては車や規制線テープまで持ち出して場所取りする者が続出し。結果、町のお役人や警察まで出動し、注意して回る事態になったという。
だから今では物を使っての場所取りは暗黙の了解で禁止になっており、こうして早めに誰かが体を張って陣取らなければならないのだ。
もしも妖怪が皆に見えるなら、クッション付きのイリエというこれ以上ない適材適所ができたんだけどね。
「さーて、花火まで暇だなー。ミケちん、なんか面白いことやってー」
「なんでだよ。遠野さんは何処の暴君なのさ?」
「じゃあ灰谷っち。一発芸、お願いねー」
「うむ、だが断る。滑り倒すのはコーメイの特権だからな」
「なんでだよっ! そんな特権要らないから!」
「仕方ないなー。じゃあ、三重籠で我慢すっか。今からこの子が脱ぎまーす」
「いのりちゃん⁉」
「止めたげて! 識那さんが炉心溶融しちゃうからっ!」
そんなふうにダラダラと他愛のないお喋りをしながら、僕たちは出店の料理に舌鼓を打って花火までの時間を潰した。
それにしても、どうして祭りの出店の料理って美味しく感じるんだろう。ホットドッグなんてコンビニでも売ってるのに、断然こっちが美味しい気がする。商店街の皆さんの、愛の力なのかな?
「おお? また会ったな、お前ら」
僕たちが会話に気を取られていると、ふと後方から声がした。
誰かと思って視線を向けると、そこにいたのは先日も見た顔ぶれだった。
「あ、一昨日ぶりだね。七曲君、委員長。それに天野先輩」
「おう、お前らも相変わらず仲良しだな」
「こんばんは。この前と同じメンバーだね」
「……やぁ。別に会いたくなかったけど、会えて嬉しいよ。運命かな?」
「どうも。今日は先生方はいないのかい?」
「おつー。後上ちゃんと山名ちゃんは教員側?」
「そうなのよ。最終日に羽目を外す生徒がいるからって、あっちで頑張ってるわ。教師も大変よね」
「ちょ、ちょっと、いのりちゃん? 先生たちをちゃん付けで呼ぶのは駄目だよ」
「あ、いいのいいの。本人たちもいないし、わたしはいつもこうだから」
それぞれが会話を繰り広げていると、何故か天野先輩が僕の隣にやって来てチョコンと体育座りをする。
どうしたのかと首を傾げると、彼女は僕をジッと見てから、ニタッと笑った。
「……天野先輩、どうしたんですか?」
「ううん、なんでもないよ。お祭り、楽しんでね。もうすぐ終わるけど」
「え? あ、はい。ありがとうございます。天野先輩も楽しんでくださいね」
すると彼女は何事もなかった立ち上がり、スタスタと去ってしまった。
七曲君と委員長もそれに続いて居なくなり、急に静けさが到来する。
「……マジ? ミケちん、天野っちにも気に入られたみたいだね」
「え? そうなの?」
「うん。わたしは昔からの知り合いなんだけどさ、あの人って基本、自分から他人に話しかけないんよ。だから今のは相当珍しいっつーか」
「へえ、そうなんだ。僕、何もしてないけど」
不思議なこともあるものだ。後輩が挨拶したから義理を通してくれたのか?
だけど、それなら灰谷君も同じのはずなんだけど。もしかして僕が見るからに弱そうだから、パシリに使えるとでも思ったのかな?
そんなことを考えていると、突然町内放送のスピーカーが鳴り響いた。
それは、花火の開始まで一時間を切った合図で。そろそろ、人も増えてきて場所取り合戦が本格化し始める頃だ。
「うわぁ、ぞろぞろと動いてきてんねぇ」
「ちょっと怖いね。変な人とか酔っ払いのおじさんに絡まれないかな」
「その時はまたコーメイが守るだろ。な、コーメイ」
「あ、うん。もちろんだよ、識那さん。まあ、僕より遠野さんの方が強そうだから、心配してないけどね」
「そこは俺様に任せろって言えばいいのにゃ。男が廃るにゃ」
「今だけは馬鹿猫に同意じゃな。ミケ、まだまだじゃのう」
「男なら、俺を頼れって堂々と言い切るポン」
(パパ、ぼくのことも守ってほしいの。こんな暗がりで押し倒されたら、ぼく怖くて抵抗できないの)
(押し倒すじゃなくて落とす、だよね? 眼鏡なんだから。それに眼鏡なんだから、抵抗はもとよりできないと思うよ。眼鏡なんだから)
皆にやんややんやと言われるが、心の中で遠野さんが強いのは本当だろとツッコんだ。なにせ河童だし、ここは川沿いだから向かうところ敵無しだろう。
というか、彼女なら皆が花火を見上げている隙にナンパや酔っ払いを川の藻屑にだってできてしまいそうだ。もちろん、そんなことはしないだろうけど。
そんな話の流れから、僕たちは順番でトイレを済ませておくことになり、家が近い識那さんと遠野さんは二人一緒に。その次に灰谷君、そして僕の順番で席を外すこととなった。まあ、僕はトイレに行く必要は無いが、カモフラージュである。
やがて周囲の人の数が最高潮に達した頃、漸く僕の順番が回って来た。
「おお、柳谷。お前も来てたのか」
「おっす、柳谷。久しぶり」
「あ、柳谷君。久しぶりぃ。元気ぃ?」
人混みをかき分けて歩いていると、途中で何グループか、クラスメイトたちと遭遇した。教室でそれほど親しい間柄じゃなくても、祭りの熱気のせいか皆がフレンドリーだ。祭りあるあるである。
今日は大半のクラスメイトが参加しているようで。来ていないのなんて、アイドルのコンサートがあるんだと夏休み前から興奮していた笠井君をはじめ、数人だけかもしれない。アイドルは応援しなくても、君のことは応援してるよ、笠井君。
そんな中にはクラスの女子グループもいたけど、教室とは打って変わって僕みたいな陰キャにも積極的に声を掛けてくれた。そのせいか、僕はちょっとだけテンションを上げた状態で、識那さんたちのところに戻ることに。
すると、ちょうど彼女らの近くに差し掛かった辺りで、今度は渋い声の男性から呼び止められる。
「おお、今日も来てたんじゃな、柳谷君」
「あっ、校長先生。他の先生方も。昨日に引き続き、見回りお疲れ様です」
そこにいたのはのっぺらぼう校長をはじめとした教師陣であり、さっき委員長たちの話していた後上先生や山名先生、それに僕らの担任の楠木先生たちもいる。たぶん、先生たちは何班かに分かれて見回っているんだろう。
会話の声で気付いたのか、近くにいた識那さんらも慌てて先生方に挨拶する。
「ホッホッホッ。君らは仲良しさんじゃのう」
「にゃ! この間ぶり……」
「馬鹿猫っ! それは本当にマズいわっ! 識那もおるんじゃぞ⁉」
「ギリギリセーフだポン。識那には気付かれていないポン」
「あっぶね。鬼のようにややこしくなるとこだったわ」
「ふぇ? いのりちゃん、何か言った?」
「……今度から琴子には猿轡でもしておいた方がいいかもね」
(パパ、変態さんなの。こんな小っちゃい子に緊縛なんて、鬼畜の極みなの)
「君たち、仲良しグループなんだね。先生、担任なのに全然知らなかったです」
祭り特有の熱気の中、そうして僕は多種多様な人々と遭遇し。
多彩で心地良い賑やかさを感じながら、夏祭り最後の時を過ごすのであった。
777チャレンジ実施中。
あと二本で達成です。