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q64「ミから始まる名前とは」



 夏祭り最終日。


 待ち合わせ時間の二時間前だというのに、僕は独り寂しく商店街をぶらつく。

 まあ、自業自得だけどさ、部屋にもリビングにも居場所が無くなったのは。


「花子さん! りんご飴、食べよっ!」

「そんなに走ったら危ないよぉ、滝村さん」

「ほら、花子。お前こそ転ぶなよ?」

「滝村、待てって。もう少しゆっくり行こうぜ」


「あれ? あの子たちは確か……」


 すると、商店街の一角に見知った顔を見付けた。

 正確に言うと、見知ったというより()()()()見たことのある顔ぶれだ。


(ねえ、アイミス? あの子たちって、あの時の中学生だよね?)


〖はい。ミケが正義のヒーロー・クダンに変身して、華麗に救出した者たちで間違いありません。謂わば正義のヒーロー・クダンによる……〗


(もういいです。そこは掘り返さなくていいから、もう黙ってください)


 意地悪なアイミスに黒歴史を抉られ、僕は心に深刻なダメージを負った。

 だが一方で、予言によって救えたんだと実感が得られ、しょんぼりとしていた心が少しだけ元気を取り戻した気がした。実際は球体の力でフラットなんだけど。


(……本当によかったよ。あの時、件――――光理が予言を齎していなければ、あの子たちはこうして夏祭りを楽しめなかったんだから)


〖はい。その通りです〗

(ぼくなの? あの頃は予言なんて日常茶飯事だったし、いちいち覚えてないの)


 僕の心の声に、アイミスと眼鏡モードの光理が同時に答えた。

 アイミスと光理の間で声は通らないから、僕にだけ二つ聞こえたわけだけど。


 それでも、独りだと思っていた自分に二人も仲間がいると思うと、ホッとする。

 ラスターさんに改造される前は本当に独りぼっちの場面も多かったけど、今は常に誰かが傍にいてくれるのだ。騒がしいことも多いけど、今の状況は結構好きだ。


(さて、気晴らしもできたし、そろそろ家に戻って琴子たちを連れて来ようっと)


 心にエネルギーを補充できたことで、僕は大切な仲間たちを愛しく思い、方向転換して彼女たちを迎えに行くことを決めたのだった。


 今夜は、大切な仲間たちと一緒に、綺麗な花火を見たいと思ったから。




  ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

  ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




「わあ! いつにも増して、凄い人だね」


 琴子たちを乗せた移動要塞と化し、灰谷君や識那さん、遠野さんと合流した僕の目に、これまで以上の人波が飛び込んで来る。


 祭りの最終日ともなると、二日目や三日目の比ではない。二日目は出店しかないし、三日目は家の窓からでも充分に見える。それに対して最終日は出店と花火という最高の組み合わせが、否応なく皆を呼び寄せるのだ。

 休日なのも手伝って、最終日だけでも参加したいという考えの人でごった返しているのだろう。毎年のことだが、この光景を見ると「この町って、こんなに人が住んでたの?」と不思議に思う。


 まあ、他の町から来ている人もいるんだろうけど。

 それはともかく、識那さんが早々に倒れてしまわないか心配である。


「識那さん、大丈夫? 具合が悪くなったらすぐに言ってね」


「あ、ありがとう、光明君。大丈夫、このくらいなら……」


 そうは言うものの、識那さんの表情は暗い。というか青い。

 ならばと、他者に疲労回復を齎すことのできる「術理/治癒」を不自然にならない程度に掛けてあげようと、僕が彼女に意識を向けた――――その時だった。


「わぁっ⁉ ち、ち、違うの! 今のは、あの、その……」


「へっ?」


「あ、あ、あの! 一昨日、柳谷君のご家族に会ったでしょ! それで、それだと全員が柳谷さんだなって思ったから、それを思い出して、うっかり言い間違えただけなの! つい、ポロッと……」


「……なんの話? さっぱりワケが分からな……って、ああ。そういえばさっき、僕のことを光明って呼んでたね。そういうこと?」


「あ、あ、あの……ごめんなしゃい」


 さっきまで青かった顔を赤くした識那さんは、頭から湯気を立ち昇らせて俯いてしまう。一応、術理/治癒は掛けたんだけど、今の彼女は別のことに気を取られて人混みを全く気にしていないみたいだ。結果オーライなのかな?


「あんまり自然だったから全く気付かなかったや。識那さんさえよければ、これからもそれで呼んでよ」


「しょ、そ、そんな! それは恥ずかし……」


「なーにイチャイチャしてんのよ? 付き合ったら「ミーくん」だの「ミーちゃん」だの呼び合う仲になるんだから、名前呼びくらい別にいいっしょ。つか、折角だからミケちんも三重籠って名前呼びにしたらいんじゃね?」


「そうだそうだ。俺たちを放っておいて二人でイチャつくな。さっさとそんなハードル飛び越えて平常運転に戻れ。そして祭りに集中しろ。もしくはさっさとそんなのには慣れて、爆発しろ」


「何言ってるの⁉ いのりちゃん⁉」

「好き放題言ってるね、灰谷君? そんで、何故に爆発を希望するのかな?」


 だが、灰谷君の言うことも一理ある。

 今日は祭りを楽しむために集まったわけだから、僕の呼び方なんて灰谷君たちにはどうでもいいことで。そんなところでモタモタして出遅れては、祭りを楽しむ時間が減ってしまうのだ。


「とりあえず、すぐに変えなくてもいいよ。変えてもいいけど」


「え? あ、うん……」


「それより、今日は祭りを楽しもうよ。ほら、こっちこっち」


「ふぇっ⁉ あ、あ、あの、柳谷君⁉ 手……」


 戸惑う識那さんの()()()()、僕は灰谷君たちを追い越して先に進む。

 出遅れた分、取り戻さなきゃね。これなら灰谷君たちも文句は無いだろう。


「……あのお馬鹿さんはさ、チャンスを潰したいのか掴みたいのか、よく分かんないやね。名前呼びイベントは流しておいて手を握るって、どうしたいの? つか、どうなりたいの?」


「やるな、コーメイ。参考にさせてもらうぞ、反面教師としてな」


「阿保だにゃ」

「たわけじゃ」

「馬鹿だポン」

(たらしフラグクラッシャーパパなの)


(……ねえ、アイミス? みんなが好き放題言ってたみたいだけど、僕、何かした? 割とファインプレーしかしてなかったと思うんだけど)


〖そういうとこですよ、ミケ。それより、どうして手を離したのですか?〗


(え? いや、灰谷君たちより前に来たから、もう必要無いかなって)


〖……もう何も言いません。どうぞ祭りを楽しんでください〗


 急に冷たくなったアイミスに首を傾げつつ、僕はジト目の遠野さんたちと逸れないよう人波をかき分けて進んで行く。

 よく分からないけど、一つだけ分かったことといえば、僕も識那さんも名前の頭文字がミだという点くらいか。



 さて、そんなことより折角の祭りだ。

 気を取り直して楽しもうじゃないか。


「花火って八時からだよね? それまで出店を回り終えちゃおう」


「そうだな。花火は商店街じゃ見えにくいから、川の方に移動しておかないとな」


「……まったく、男どもは馬鹿ばっかりだね。ほら、三重籠も行こう。いつまでも固まってても始まらないよ」


「ふぇ? あ、待ってよ、いのりちゃん。なんだか夢見てたような気分で……」


 そうして僕たちは夏祭り最終日を楽しみ尽くすため、そして花火に間に合わせるため、忙しなく動き回るのであった。



777チャレンジ実施中。

折り返し地点突破、残り三本。

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