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q61「出店巡りとは」



 夏祭り二日目となる、八月十八日。


 今日は出店が本格始動するため、商店街は大賑わいである。その中心を通る道路が歩行者天国となり、全てが出店と客で埋め尽くされるからだ。


「うわぁ、すっごい人だねぇ」

「わ、私、緊張してきたよぉ……」


「大丈夫、識那さん? 人混みに酔いそうだったら、すぐに言ってね。休憩するからさ、無理はしないで」


「ミケ、優しいにゃ。ご休憩でしっぽりだにゃ」

「馬鹿猫、そんなことより自分が(はぐ)れんように気を付けるのじゃぞ?」

「人にぶつからないように気を付けるポン。ミケにしっかり掴まってるポン」

(凄い数の人なの。パパ、ぼく、こんなにいっぱい初めてなの。壊れちゃうの)


 そして、僕の周りも大賑わいで。

 識那さんと遠野さん、そして灰谷君。さらには琴子、鈴子(りんこ)、ポンちゃん、そして眼鏡に擬態した光理である。イリエだけは、本人の希望で留守番だ。


 なお、光理が言う壊れちゃうというのは、ぶつかった衝撃で眼鏡が壊れるって意味だと思う。相変わらずややこしい……というかエロい言い方をするなァ。


「ほら、三重籠(みえる)! あっち、変なアクセあんよ! 見てみよ!」

「きゃあっ! ちょっと、いのりちゃん。急に引っ張らないで」


「灰谷君、僕らも行こう。食べ物も色々とあるよ」

「あ、うん。そうだな、行ってみるか……」


「ミケ、ウチはわたあめとフランクフルトとホットドッグとりんご飴と焼きそばとたこ焼きとツナ缶でいいにゃ」

「たわけっ! ミケが破産するわ! おのれはツナ缶だけで充分じゃろが!」

「そもそも出店でツナ缶は売ってないと思うポン……」

(おっきなフランクフルト、欲しいの。パパ、頂戴なの)


 うん、光理は出店のフランクフルトが食べたいみたいだ。言い方が紛らわしい。

 そんな雑音にも気を配りつつ、僕は灰谷君と逸れないように識那さんたちを追いかける。彼、今日は少しボーっとしているから心配なんだよね。寝不足かな?


 ちなみに琴子たちは纏めて僕の上に乗っかっている。

 つまりは両肩と頭の上が妖怪組に占領されているわけで、身体強化(ブースト)無しでは歩くのも困難だったろう。光理の眼鏡モードが無ければ、座席だって不足してたな。


 そんなわけで、今の僕は猫又・座敷童子・豆狸を搭乗させた移動要塞さながらである。光理のことは未だ識那さんには話してないし、他の変化だと視界や人混みとの接触の問題があったから、どっちにしろ眼鏡モードしか選択肢は無かったけど。


「この姿、識那さん以外に妖怪が見える人がいたら驚くだろうなァ……」


「うん? 何か言ったか、コーメイ」


「あ、いや。なんでもないよ。それより、追いかけないと逸れそうだね」


「そうだな。遠野さん、随分と燥いでるな」


 灰谷君の言う通り、今日の遠野さんは一段と燥いでいてテンションが高い。

 恐らくは皆で遊べるのが楽しくて仕方ないのだろう。このためだけに、待ち合わせの前に水源の湖でたっぷりとチャージしてきたって豪語してたし。


「ミケ! 入江(いりえ)がたくさんいるにゃ! 仲間、増やすにゃ!」

「たわけっ! あれは金魚すくいの金魚じゃ! 普通の魚じゃろうが!」

「お面が売ってるポン。何故か狸の顔もあるポン。狐のは滅びるといいポン」

(パパ、あれ何なの? ポヨポヨして柔らかそうで、手の中で揉み揉みしたいの)


(光理、あれは水ヨーヨーだよ。その手前にいるお姉さんの胸元を見て言ってるんじゃなければ、だけどね)


 頭上の賑やか集団の相手もしつつ、僕たちはやっと遠野さんに追い付く。

 すると、その近くの集団が識那さんたちに声を掛けていた。またナンパか?


「おっ、柳谷。それに灰谷。お前らも来てたのか」

「まあ、柳谷君。よく会うわね、この間ぶり。灰谷君まで」


 すると、集団の中の二人が僕にも声を掛けて来る。

 よく見れば、そこにいたのは先日会ったばかりの委員長と、隣のクラスでサッカー部の七曲君だった。


「ああ、委員長。それに七曲君?」


「お前ら、妙な組み合わせだな。柳谷と灰谷、識那さんと遠野は分かるけど、それが一緒にって……もしかして付き合ってんのか? ダブルデート?」


「違うから。わたしら仲良し四人組だから。海にも一緒に行ったんだぜぇ? まあ、三重籠とミケちんはラブラブだけどさ」

「いのりちゃん⁉ ち、違います! 四人で仲良しグループなだけで、誰も付き合ってませんからっ!」


「お、おう。そうなのか? 識那さんが大声出すの初めて見たな」


「そっちこそ、なんだか珍しい組み合わせじゃない? 委員長と七曲君こそ、もしかして付き合ってたの?」


 僕がそう言うと、二人は顔を見合わせて微妙な顔をした。

 どうしたのかと不思議に思っていると、二人は揃って僕の方に顔を向ける。


「いや、このメンツは昔馴染み……まあ、親戚みたいなもんだな」

「そうなのよ。七曲君と、あとは天野先輩ね。他はよく知ってるでしょ?」


「えっ?」


 委員長から言われて視線を移すと、そこにいたのは確かによく知る人物だった。

 なにせ、学校で毎日のように会っていたから。


「あ、山名(やまな)先生? それに後上(うしろがみ)先生も」


「よぉ、柳谷。灰谷。しっかり筋トレしてるか?」

「お久しぶりねぇ、柳谷さん。灰谷さん。お元気だったかしら?」


 二人とも私服姿で集団に溶け込んでいたから気付かなかったが、社会科の後上先生と家庭科の山名先生だ。どうして委員長たちが先生と?


「詳しく説明すると色々複雑ですけれど、簡潔に言えば七曲君たちとは親戚筋みたいなものなのですよ。今日もこうして一緒に出向いて来たのですよ」


「えっ、そうだったんですか? 知りませんでした」


「あと、こちらは初めてかしら。あなた方の一つ上級生、天野さんよ」


「……はじめまして。わたし、天野です。気軽に話しかけていいからね」


 山名先生がそう言って紹介してくれたのは、何やらどんよりとした雰囲気を纏う女性だった。天野先輩というらしいけど、見るからに暗そうである。


「はじめまして、天野先輩。よろしくお願いします。柳谷です」

「灰谷です」


「……わたし、別に君らに先輩って呼ばれる筋合い無いから。天野でいいよ」


「ちょっと、天野さん? そういう言い方しないの」

「すまんな、二人とも。こいつは捻くれた言い方が癖でな。許してやってくれ」


「いえ、別にいいですよ? 気にしませんので。ねえ、灰谷君」

「そうだな。特に気になりません」


「……君ら、()()()いい人そうだね。今後ともよろしく」


 注意された傍から棘のある言い方をする天野先輩。

 先生たちや委員長たちは溜め息を吐いているところを見ると、本当にそういうのが癖なんだろう。特に気にならないし、僕は構わないが。


「それでは、我々はこの辺でお暇を。皆さん、羽目を外し過ぎないようにね」

「しっかりと筋肉に力を入れて歩くんだぞ。そうすれば、ぶつかっても大丈夫だからな。また学校でな。それまで筋トレ欠かすんじゃないぞ?」

「……学校で、声を掛けてくれてもいいよ。別に掛けなくてもいいけど」

「悪かったな、柳谷。灰谷。ゆっくり楽しめよ」

「また学校でね、識那さん、いの……遠野さん」


「あ、うん。またね。そっちも楽しんでね」

「また、学校で」

「あ、バイバイ。ま、またね」

「おー! まったなー、おつー」


 なんとも濃い時間であった。賑やかさを含め、あらゆる意味で。

 その後、他のクラスメイトや僕の家族とも遭遇したのだが、正直委員長たちが濃すぎてあまり記憶が上書きされなかったほどで。


 それはともかく、僕らはあれやこれやと出店を楽しんでいった。

 途中で識那さんが案の定、人酔いしてしまったけれど。その頃には大体の出店を見て回れたし、買いたい物も買えていたので問題は無かった。


「……ごめんね、わたしのせいで」


「いや、僕もかなり疲れてたから。識那さんを言い訳に人混みから脱出できて助かったよ。だから気にしないで」


「そーそー。とりま充分楽しんだし? そろそろいい頃合いなんじゃね?」


「うん。俺もそう思う。ここらで少し休憩にしよう」


 そうして、満場一致で僕らは休憩を取ることにした。僕は球体のおかげで疲れないんだけど、これだけの人混みでは気疲れした気がしないでもない。

 というわけで商店街の裏手にある空き地へ移動し、僕らは出店で買った食べ物を分け合いながら、他愛のないお喋りに興じた。


「やっぱ暑いねぇ。湖にでも飛び込みたいわー」

「フフッ。そんなことしたらズブ濡れになっちゃうよ、いのりちゃん」


「コーメイ、やるな。これが狙いか?」

「ねえ、流石に言ってる意味が分からないんだけど? どの辺が何なの?」


「アチチだにゃ。この後はしっぽりにゃ」

「それ、意味分かっとんのか、たわけ。祭りの風情を台無しにするでない」

「楽しかったポン。人波の中なんて初体験だポン」

(ぼくも初体験だったの。パパの上で、上下に激しく……)


(光理、それ以上は言わせないよ? 僕が歩いたから揺れてたってことだよね、人混みとか祭り自体が初体験ってことだよね? 言い方には気を付けようか?)


 思考/分割の機能をフル稼働し、僕は人間組とも妖怪組とも楽しくお喋りして祭りの夜を楽しんだ。

 やがて二日目の終了を告げる町内放送が流れるまで、その夢のような時間は続いたのであった。



※社会科の後上先生はq8にもチラッと登場しています。


今年も777チャレンジ実施中!

(7月7日に7本投稿する毎年恒例のチャレンジ。特に意味は無いし、達成しても未達成でも何も変わらないという作者の自己満足イベントですw)

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