q60「夏祭りとは」
お盆期間が明けた、八月の十七日。
僕は灰谷君と約束をして、町の夏祭りへと足を運んでいた。
小さな町だが、ここでは毎年のように十七日から二十日まで祭りがあるのだ。
「やあ、灰谷君。久しぶり」
「ゲームで共闘したから昨日ぶりだけど。リアルでは結構久しぶりだな」
「うん、本当にね。会えなくて寂しかったでしょ?」
「まあな。涙で毎日枕を濡らしてたぞ」
「奇遇だね、僕もだよ。じゃあ、そろそろ行こうか」
「おう、そうだな」
自然な流れで冗談を垂れ流しつつ、僕たちは祭りの初日へ向かう。
とはいえ初日は出店の準備日らしく、毎年この日は特に何も無い。祭りの雰囲気を味わうのが精々だ。
「やっぱり今日は人が少ないか。それでも学校のやつらがチラホラいるな」
「まあ、本番は明日からだからね。いつも通りなら、出店が明日から、御神輿が明後日、花火が最終日だったよね?」
「そうだな。今さらだけど、毎日行く感じでいいか?」
「うん。明日と最終日は識那さんや遠野さんも予定通り来るって。楽しみだなァ」
「状況だけ見たらダブルデートみたいだな。実際はコーメイの二股だが」
「違うし。変なこと言わないでくれる? 二人ともただの友人だから」
そんなふうに言いつつも、心の中で灰谷君に後ろめたさを感じてしまう。
それは密かに付き合ってるからではなく、一人は妖怪河童だからで、もう一人も妖怪が見える同士という秘密の関係だからだ。普通の人間関係は迷子である。
さらに言えば、当日はダブルデートどころか混沌の極みだ。
男性は僕と灰谷君、あとポンちゃんだけど、普通の人間は灰谷君だけ。女性陣は識那さんと遠野さんに加えて琴子、鈴子、擬態した光理が参加する予定だが、そこに普通の女性など一人たりとも存在しない。
「俺も楽しみだぞ。なんだかんだで、二人とは海の時以来だからな。コーメイとのラブロマンスが見られるのを楽しみにしてるぞ」
「それは、僕と灰谷君のってこと?」
「そんなわけあるか。見られるのを、と言ったろ。もちろん識那さんたちだ」
「ああ、灰谷君と彼女たちのね?」
「お前、現実逃避してないか? まあ、二股ともなれば色々と大変なんだろうけど、頑張って二人とも幸せにしてやるんだぞ?」
「なんでだよ。現実逃避は確かにしてるけど、二股じゃないから。二人がいるところでは絶対にそんなこと言わないでよ?」
「心得た。そんなことより、今日から売ってる屋台もいくつかあるみたいだぞ。何か買ってみるか? コーメイ」
マイペースな灰谷君とふざけ合いつつ、僕は男同士の友情を育む。
ちなみに現実逃避は灰谷君が思ってるのとは規模が違う。当日は人間組と妖怪組のややこしすぎる関係性に、再び頭を悩ませることになるのだから。
「……おや、これはこれは。先日はどうも」
不意に、すれ違った人から声を掛けられる。
誰かと思って振り返ってみるが、そこにいたのは見知らぬ人物であった。
「え?」
「失礼。わたくしですよ。来禍です」
「……ライカさん? すみません、会った記憶が無いのですが。もしかして、誰かと勘違いしてませんか?」
「おや、これは失礼しました。そういえば、きちんと自己紹介をしていませんでしたものね。分からなくて当然かと」
そう言って、その人物は僕のすぐ傍まで近付いて来る。
近くで見ると、その人は凄く綺麗な女性で。僕の胸はドキドキと脈打った。
「……ばぁ! ケケケ」
「わぁっ⁉」
だが、次の瞬間。彼女の顔から目が一つ消え失せ、巨大な眼球一つが僕をジッと見つめていた。その様相に、僕は悲鳴をあげながらも漸く彼女の正体に気付く。
「ひ、一つ目⁉」
「ケケケ。この姿の時は来禍と名乗っております。そうお呼びください」
「あ、ごめんなさい。ライカさん」
僕の悲鳴に周囲を歩く人々が何事かと注目するが、その時にはもう一つ目の姿は元に戻っていた。目玉も普通の人間と同様、二つある。
彼女はスタイリッシュなスーツ姿をしていて、まるで男装しているみたいだ。その胸部にある存在感の塊が無ければ、男性かと誤解してしまうだろう。うん。
「ケケケ。相変わらずのむっつりムフフでございますね」
「……し、失礼しました。それにしても驚きましたよ」
僕の視線で察したのか、ニタァと笑う一つ目……改めライカさんに、慌てて話題を変えようとする。だって男の子だもん。
「ケケケ。普段は姿を消しているのですが、今日のように人に見られる必要がある時だけはこうして人間に化けております」
「見られる必要がある……ですか?」
「ええ。今日は夏祭りの視察を兼ねつつ、生徒たちが羽目を外し過ぎぬよう見回りを実施しておりまして」
「ああ……なるほど。お疲れ様です。けど、一つ……じゃなくライカさんって、学校の関係者でしたっけ? もしかして先生?」
「いえ、わたくしは教師ではありません。言うなれば学校長様の使用人でございます。教師たちですと生徒に気付かれる可能性がありますので、その伏兵として動いております」
「それ、僕に話しちゃって大丈夫なんですか?」
「おや、これは失態でしたね。このことは内密にお願いいたします、ケケケ」
ライカさんはそう言って、上目遣いで上体を曲げ、前のめりになる。するとスーツの保持力をもってしても抑えきれないたわわな果実が、僕の目に飛び込んで来た。
「……了解です。決して漏らしません」
「ケケケ。では、わたくしも無かったことにいたしますね。ケケケ」
そう言って、ライカさんはペコリと頭を下げてから去って行く。
今、僕と彼女の前で暗黙の了解が確立したのだ。次からも見ていいってことではないだろうけど、どうやら今回のは許してもらえたようだ。
「……ふぅ。おっと、ごめんね灰谷君。今の人、最近知り合った人でさ」
ふと灰谷君を蚊帳の外にしていたなと振り返ると、ボーっとする彼が目に映る。
だが、僕の視線に気付くと彼は慌てて表情を取り繕った。
「あ、ああ。そうか。今の人、ライカさんって言うのか」
「うん、そうらしいね。僕も今日、初めて知ったんだけどさ」
「そっか、ライカさん……っていうのか……」
「うん? それより、待たせてごめんね。そろそろ行こうか」
「……おう……」
どことなくボーっとしたままの灰谷君に違和感を覚えつつも、僕たちは改めて夏祭り初日を楽しむのであった。