q59「お盆とは」
八月十三日、夕方。
のっぺらぼうと顔合わせをし、妹と遊びに出掛けたその後で。
僕たち柳谷一家は墓参りをするため、全員で外出した。
両親は朝から墓掃除や買い出し、檀家の務めとやらで不在だったが、夕方に合わせて帰宅。その辺は僕にはよく分からないけど、お盆に必要なことらしい。
そして僕と癸姫は夕方からお盆の行事に参加する。未成年の特権なのかな。
なお、我が家では未だ亡くなった人がいないため、柳谷家の墓というものは存在しない。僕の祖父母は既に他界しているという話だが、その墓は両親の兄弟姉妹の方にあるとかで、詳しくは知らない。
それゆえ、我が家のお盆は墓参りというより墓巡りツアーって感じだ。自分の家ではなく各所にある親戚の墓を回って歩くのである。
「……ここで最後ね。それじゃあ帰りましょうか」
「よし、今日は外食だ。いっぱい食べろよ、二人とも」
「わーい! やったぁ!」
「ありがとう、父さん」
そんな墓巡りもすんなりと終わり、お盆お決まりの外食へと向かう。
お盆の過ごし方は各家で様々だろうが、我が家は昔からこのパターンで決まっているのだ。店は大体、焼肉か洋食である。
「二人とも、夏休みの宿題は終わったのか?」
店に入ってひと息吐いた頃、これまたお決まりの質問が始まる。
毎年ワンパターンだが、これはこれでルーティンになっていて良い。
「僕は序盤で終わったから。心配要らないよ」
そんな僕の台詞に、両親と妹が勢いよくこちらを見る。
あまりの勢いに、テーブル上で旋風が発生した……ような気がした。
「……お兄ちゃん、熱でもあるの?」
「なんでだよ。僕が宿題終わってたら変なの?」
「うん、変だね。だって、いつもギリギリまで終わらずに焦るじゃん?」
「そうね、おかしいわ。どうしちゃったの、光明?」
「何か悩みでもあるのか? 父さんでよければ相談に乗るぞ?」
「いや、なんでだよ⁉ こ、今年から高校生になったし、気持ちを入れ替えただけだってば。大袈裟だなァ」
悪ノリが過ぎる三人にツッコミを入れ、笑いながら運ばれてきた料理に手を付ける。アイミスのおかげで今年からは楽勝だけど、確かに小学・中学時代は夏休み終盤まで残してたからな。急に変わったら不審に思うのも無理ないか。
思い返してみれば、これまたルーティンのように「全然終わってない」「大丈夫なの? 今年は手伝いませんからね」「ハハハ、光明は毎年母さんを困らせるな」「お兄ちゃん、駄目駄目だね」という会話が繰り広げられていたっけ。
「癸姫は……聞くまでも無いか」
「うん、大丈夫。お兄ちゃんと違って計画的に終わらせてるから」
「なんでだよっ! 僕も終わったって言ったじゃん⁉」
「まあ、癸姫は毎年きちんとやってるからな。父さんも信用しているさ」
「あらあら、母さんもよ」
「僕のことも信用してよ……今年からは本当に大丈夫だからさァ」
両親からの信頼度の差を目の当たりにし、僕は不貞腐れながら箸を進めた。
妹はお調子者のくせに、やることはしっかりとやるタイプだから厄介なのだ。こうして僕の立ち位置が貶められていくわけで。
「あらあら、それが本当なら、今年は母さんも楽できそうね。よかったわ」
「ハハハ、頑張っているのなら、小遣いアップも検討してやろう」
「本当に⁉ やった!」
父さんの話に、僕は一転してテンションを上げた。
癸姫に貢いでしまった分が補填できるなら、こんなに嬉しいことはない。
「あ、ズルーい。あたしには~?」
「姫……癸姫は充分にあげているだろう? お兄ちゃんと違って何度もアップしてるわけだから、これ以上は我慢しなさい」
「ちぇっ。まあ、いいか。足りなかったらお兄ちゃんのアップした分で補うし?」
「なんでだよ。集る前提で堂々と話を進めるなよ。兄ちゃん、泣くぞ?」
そうやって楽しい時間を過ごし、僕のお盆は終わりを告げる。
いや、お盆自体は十六日まであって、両親はお寺に行ったりとまだまだやることがあるのだけれど。僕と癸姫にはあまり関係の無い話だ。そのうち関係するのだろうけど、それはまだまだ先のこと。僕が大人になってからかな。
「お兄ちゃん、明日の予定は?」
「そうだなァ……家でゲームかな?」
「じゃあ、あたしもやるー」
「こらこら、あんまりゲームばっかりしてないで体も動かすんだぞ? 父さんの筋トレグッズ、貸してやるから」
「要らない」
「要らな~い」
父の提案に兄妹で声を揃えてNOと言い、僕たちは明日からの家でゴロゴロする日々を確定させる。灰谷君と協力プレイの約束もあるし、忙しくなりそうだ。
夏休みも残り半月程度。僕は新学期に思いを馳せつつも、まだまだ尽きない夏休みのイベントを心待ちにして、短いお盆を過ごすのであった。
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「あれ? 委員長だ」
「まあ、こんにちは。奇遇ね。柳谷君もお買い物?」
八月十五日の午後のこと。僕は家族とともに商店街へ買い物に出掛け、そこでクラスメイトとばったり遭遇した。
まあ、小さな町だから珍しいことでもない。狭い範囲で皆が行動するわけだから、こういうことだってあり得るのだ。
「あらあら、光明のお友達かしら? 息子がいつもお世話になってます」
「どうも、こんにちは。柳……光明君のクラスメイトの黒大角豆餡子です。よろしくお願いします」
「黒大角豆さんはクラス委員をやってるんだ。しっかり者だよ」
「それはそれは、うっかり者の息子をよろしくお願いします。黒大角豆さん」
「誰がうっかり者だよ。父さん、恥ずかしいこと言わないで?」
「フフフ、仲いいんですね。柳谷さんの家は」
僕たちの掛け合いに笑みを浮かべ、委員長は買い物かごを持ち直す。
ふと買い物かごを覗くと、その中には小豆の袋がいくつも入っていた。
「委員長、一人で買い物?」
「ええ。ちょっと必要なものがあって」
「そっか。暑い中、お疲れ様」
「そんなの、お互い様よ。それじゃあ、また学校でね」
「うん、またね」
そう言って、委員長はそそくさとレジに向かう。
彼女のことだから、家では親と一緒に台所に立ち、テキパキと料理とかしていそうだ。勝手なイメージだけどね。
「なんだか落ち着いた雰囲気の人だね。光明と同じ高校生とは思えないな」
「うん、本当にね。クラス委員をやるだけのことはあるよ」
「あらあら、なんだか偉そうな言い方ねぇ。あなたも少しは見習いなさい」
「無理だよ。クラス委員なんて任せられたら、毎日がお通夜の空気になるから」
「だよねー。お兄ちゃんには無理だわー」
「おい! その通りだけど、なんかムカつくなァ……」
ちなみにだが、彼女の委員長という呼び方はあだ名だ。
クラス委員なだけで委員「長」ではないのだが。見た目が眼鏡におさげ髪という委員長っぽさから、四月の時点で当たり前のようにクラス中からそう呼ばれるようになってしまい、本人も受け入れてしまっている。
最初こそ違うと否定していたものの、クラス中から呼ばれ続けて諦めの境地に達したのだろう。捉え方によっては皆から親しまれているわけで、いい流れだ。
「……あれ? そういえば、確か……」
そんな買い物の帰り道で、僕はふと識那さんと見た妖怪図鑑を思い出す。
きっかけは、委員長だ。名前が黒大角豆餡子で、買い物かごの中身が小豆だったから。そんなわけ無いよなと思いつつも、とある妖怪を連想してしまったのだ。
(……だって、妖怪図鑑に描かれていた姿は髭のおっさんだったもんね。眼鏡とおさげの委員長とはあまりに違い過ぎるよな。性別さえも)
そんなふうに考え、僕は頭に浮かんだ仮説を払い除ける。まさかね。
だが、一つ目小僧が女性だった前例があるし、あり得ないことではないのだ。のっぺらぼう校長の庇護下なら、どんな妖怪がいても不思議じゃない。
それに琴子が口を滑らせかけた一件もあり、遠野さんと同じような妖怪が学校内にいる可能性を考えてはいた。もう一人くらいなら普通に通っているかも。
(……小豆洗い、だったりして。たまたま名前がそれっぽくて、たまたま買い物が小豆だった可能性もあるけど。一応、気を付けてみよう)
のっぺらぼう校長に僕の秘密をカミングアウトしたことで、急に脅かされたり襲われる危険からは解放されたと思いたい。
けれど、まだまだ油断はできないなと、僕は一層気を引き締めて妖怪という存在に向き合うのであった。