q6「家族とは」
「光明。今日は学校、どうだった?」
「えっ? ああ、うん。今日は……もの凄く普通だったよ。平和で、変わったことなんて何も無かったかな」
「へえ、そうなのか。癸姫はどうだ?」
「あたしは授業のあと、水泳クラブでずっと泳いでた。もうヘトヘト~」
父の急な問いかけに、僕は動揺しつつも即興で嘘を吐いた。
もし「登校前に死んで宇宙人に改造されて、それから普通に過ごして、放課後は本体のナビゲーションシステムとずっと会話してた」と正直に言ってしまったら、それはもう専用の病院に入院することになるだろうから。
幸い、すぐ妹へ興味が移ってくれたので、これ以上は追求されずに済みそうだ。
〖柳谷光明。排泄に立つことをお勧めします〗
(……今は食事中だから、あとでね。基本的に食事中はトイレに行かないよ)
〖失礼しました。今後、排泄のアナウンスは食事時以外に設定します〗
(あと睡眠中と授業中も外してね)
〖要望を受理しました。今後、排泄のアナウンスは食事時及び睡眠時及び授業中以外に設定します〗
突然のアナウンスに、頭の中でナビゲーションシステムと会話する。
少し考えれば分かることだったが、ナビゲーションシステムは僕の本体である球体に備わっているのだ。なら、態々声を出す必要なんて無かった。
人前でもナビゲーションシステムの音声は僕にしか聞こえないし、僕の心の声はナビゲーションシステムに届く。ずっと声に出して質問し続けていたが、妹や母が帰って来たところで漸くそのことに気付いたのだ。
実に便利だが、これに慣れすぎると心の声に集中するあまり、ずっと無言の奴というレッテルを張られそうで不安である。
「ねえ、お兄ちゃん? さっきから食べてないけど、どうかしたの?」
「えっ? ああ、ごめん。えっと……来週のテストが心配で、つい」
「光明、食事中はボーっとしないの。ほら、上着にソースが付いちゃってるわよ」
「ありがとう、母さん。えっと、ティッシュティッシュ」
言ってる傍からこれだ。嘘ばかりが上手くなりそうで怖い。
それにしても宇宙人の科学力が改めて凄いと実感できる。
母の料理もいつも通り美味しく感じるし、口に入れてモグモグと噛むのも呑み込むのも全く違和感ない。口に入れたらエネルギーに変換されるって話だったから、てっきり早食い王みたいな食事になると思ってたのに。
でも、昼食も普通に食べてたから、今さらか。
「光明、癸姫。どっちが先にお風呂入る?」
「僕は後でいいよ。癸姫、先に入ったら?」
「ありがと、お兄ちゃん。今日はマジ疲れたから、お風呂入ったら早めに寝るわ。お母さん、一緒に入ろうよ」
「いいわよ。食器洗ってからね」
「母さん、僕が洗っておくから入っていいよ」
「なら父さんも手伝おう」
「あらあら、ありがとう光明。虓甲さん」
いつもと変わらない日常会話だ。なんだかホッとする。
そうして僕は食器を片付け、風呂に入り、部屋に戻ってベッドに横になった。
〖柳谷光明の家族構成を把握。父親「柳谷虓甲」及び母親「柳谷卯乙」及び妹「柳谷癸姫」の姓名を登録しました〗
このまま眠ってしまえば夢から覚めるのではないか。
そんな淡い期待を踏み潰すように現実がやって来た。流石は優秀なナビゲーションシステムである。
(……ありがとう。これが現実だよね)
〖質問の意図が不明ですが、現実です。睡眠中ではありません〗
(うん、本当にありがとう。でも今の僕って眠ったり夢を見たりできるの?)
〖睡眠の必要はありませんが、希望に応じて疑似睡眠状態に移行可能です。夢を見ることも可能です〗
(……ちなみに、夢の内容ってどうなるの?)
〖希望があればその通りに作成でき、ランダムやジャンル指定なども可能です〗
(じゃ、じゃあさ。たとえば…………なんでもないです)
異世界転生してドラゴンになって空を飛ぶ夢や、エッチな夢。それに鯨になって大海原を泳ぎ回る夢や、エッチな夢なんかも見放題なのか。
そう言おうとしたが、よく考えたら夢の内容がナビゲーションシステムに筒抜けってことだと気付き、僕は口を閉ざした。空や海なら今の球体でも可能らしいし。
〖補足ですが睡眠に入らず映像あるいは仮想現実として体験することも可能です〗
(それは凄いね。でも眠らないと朝、疲れないかな?)
〖疲労感は調整可能です。通常通りの疲労感を得たい場合はそうします。瞬時に疲労感を回復させることも可能です〗
(便利すぎて駄目人間になりそうだよ。凄いね)
この球体、地球人からしたら便利すぎて危険だと思う。
食事や睡眠の必要がないし、疲れないし、エネルギー切れもしない。優秀なナビゲーションシステムは意識したら心の声は届くけど、考えるだけなら伝わらないらしいし、質問や要望には何でも的確に答えてくれる。
それに、今はまだだけど空を飛んだり色々できるみたいだし、なんなら宇宙旅行も生身で行けるとラスターさんが言っていた。
今の地球ではいくらお金を積んでも叶わないと思うけど、そんなのを僕みたいな平凡で陰キャの学生が持っていていいものだろうか。
まあ、僕にはラスターさんの叡智に追い付いてQ点を説明する使命があるわけだが、それまではこの球体を自由に使えるわけで。
(凄いよね。スマホもパソコンも要らなくなりそうだ)
〖スマートフォンやパソコンといった機器を所持していないと周囲から不信感を持たれる可能性が高いため、カモフラージュ用に所持し続けることをお勧めします。類似機能及び上位機能を本体で実行可能なため、機器の実際の使用は不要です〗
(……凄いね)
帰宅後から、僕はこの調子で「凄いね」ばかり言っている気がする。
日常生活の注意点などを教えてもらい、その後は他に色々と尋ねてみたが、あまりに疑問が多過ぎて未だ終わらない状態だ。
球体の性能なのか一度聞いたことは忘れないが、元が僕である。そのうち、何を聞くべきか分からなくならないか、不安が残る。
(このままだと、ラスターさんに説明する前に僕の寿命が来ちゃうね)
〖本体の寿命はこの宇宙より長いため、心配は不要です。永遠に姿が変化せず生き続けると、周囲から不審に思われる可能性が非常に高いため、徐々に老化した姿に変更していくことをお勧めします。今から約70年ほど経過後に心肺停止及び葬儀を偽装し、その後は外見を変更して無戸籍で活動するのが理想です。
なお、ラスターは意識統合型生命のため寿命が存在しません。現状から計算して、約200年ほどでこの宇宙全ての叡智に到達。その後は数千年でラスターと渡り合える叡智に到達可能と推測されます〗
(……本当に凄いね。僕、宇宙が消えても死なないんだ)
自分の死よりも衝撃的な情報を知らされたが、最早ちょっとやそっとでは驚かなくなり、そんな自分自身に一番驚く。
そして、どうやら僕の非日常はこれから数千年は続くようで。
改めてこれが夢だったらなあ……と、現実逃避したくなるのであった。
家族三人の名前は当て字なので気にしないでください。