q56「校長先生とは」
夏休み中の高校の校舎。
怪談では定番のスポットだが、部活や受験勉強関連か、そうでなければ宿題を教室に忘れでもしなければ入る機会の無い場所だ。
そんな場所に、僕は妖怪組の面々と共に入る羽目になっていた。
しかも校長先生からの呼び出しという稀有な理由で。
「こちらです。ケケケ」
妖怪の一つ目に案内され、校舎の二階へと進む。今はお盆だからか、校舎内には僕ら以外は誰の気配も存在しない。ただ一つを除いて。
「この奥でございます」
一つ目に案内された先は、職員室がある棟だった。
だが、職員室には入らない。用があるのは隣の校長室だ。
「……失礼いたします」
慣れた手付きでドアをノックすると、一つ目は内部に向けて声を発する。
すると直後に、中から男性らしき声が応えた。
「どうぞ。入りなされ」
一つ目がドアノブを回すと、扉は音もなくスッと開く。
まだ昼間だというのに、その中は薄暗くてひんやりと澄んでいた。
「失礼します」
僕たちが中に入ると、奥の方に五十代くらいの男性がいるのが見えた。イケおじという言葉が似合いそうなその男性は、真っ直ぐに僕たちを見つめる。
全校集会でも見たことのある姿、彼こそが僕の通う高校の校長先生にして、どうやら妖怪のっぺらぼうであるらしい。見た目は普通の人間だけど。
「やあ、よく来なさった。君が柳谷光……」
「のっぺらぼう! 久しぶりにゃ!」
「おいコラ! 馬鹿たれっ! 戻るのじゃ!」
「ポン……」
どこぞの司令官のような雰囲気で今まさに語り出そうとした校長先生に、相も変わらず空気を読まない琴子が特攻してしまう。
鈴子たちが止めようとするが、時すでに遅し。
「……おうおう、久しぶりじゃのう。元気にしとったかい?」
「おうにゃ! ミケに攫われてからは会いに来なくて悪かったにゃ」
「待って。攫ってないから」
「ホッホッホッ。お前さんはそれ以前から会いに来んかったじゃろ。しかし、前にも増して元気そうで何よりじゃよ」
「のっぺらぼうも変わり無くて安心にゃ」
「ホッホッホッ。積もる話はあるが、先に人間の子と話をさせてくれるかの?」
すると校長先生は穏やかに、だけどハッキリと纏う空気を変化させた。
流石の琴子も空気を読んだのか、あるいは彼のオーラに当てられたのか。ペコリと頭を下げると、僕らの後ろへと下がる。
怒るでもなく、力尽くでもなく、実にスマートに。琴子も怯えて下がったわけではなく、分かっているという感じだった。これが大妖怪なのか。
「童の、豆狸、お前さんたちも久しぶりじゃな」
「うむ。無沙汰してすまんのじゃ」
「ポンポン」
「なに、婆様を見守っておったんじゃ。大義じゃわい」
「ねえねえ、のっぺらぼう。ぼく、体もらったの。凄いの」
「ホッホッホッ。本当じゃのう。こうして目の当たりにすると尚更じゃな」
だが、皆と親し気に話す姿を見て、僕は考えを改めた。
たぶん校長は……この人は、大妖怪とか関係無く人柄で皆に慕われ、認められているんだと思う。少なくとも、人外の身で学校の長をやれるくらいには。
おっと、人柄とか言ったけど彼は人外、妖怪だった。人柄じゃなく妖柄か?
「さて、その体について聞かねばな。柳谷光明君」
「……はい」
そんなことを考えていた僕に、ふと校長先生が訝しげな視線を向ける。
咄嗟に遠野さんが一歩踏み出し、僕と校長の間に立ち塞がった。友人として僕を庇おうとしてくれたのだろう。
けれど僕は遠野さんの肩にポンと触れ、「大丈夫だよ」と呟く。
「遠野さん。それに、琴子、鈴子、ポンちゃん、光理。皆にも聞いてほしいんだ」
ここに来る前に、既に覚悟は決めてきた。
僕は真っ直ぐに校長――――のっぺらぼうと向き合い、周りの皆にも聞こえるように意識しながらゆっくりと、これまでのことを語り始めるのだった。
「……というわけです」
全てを話し終えた時、僕の目には吃驚仰天といった皆が顔が映っていた。
それはそうだろう。なにせ、今回は本当に全てを打ち明けたのだから。僕が宇宙人に出会い、改造されたことも含めて全てを。
「これ以上の証拠は必要ないですよね?」
そう言って、僕は球体のまま皆の前でくるくると回転してみせた。
この通り、話の途中で敢えて本体を晒したのである。そうしないと、こんな突拍子もない話は信じてもらえないと思ったから。
「……う、うむ。こりゃたまげたわい」
「……うっそーん。何かあるとは思ってたけど、予想の上を十段くらいぶっちぎってきたねぇ、ミケちんってば」
「ビックリしたにゃ。流石ミケだにゃ」
「いや、流石で済ませていい話ではないじゃろ」
「驚いたポン……」
「パパ、凄いの。ぼく、惚れ直しちゃったの」
「これはこれは。わたくしも目玉が飛び出るかと思いました」
各々が十人十色の反応を示すが、共通して驚いてはいる。
それにしても一つ目の発言は、冗談なのか素なのか判断に迷うな。ちなみに赤子姿の光理は一つ目が僕に代わって抱っこしてくれている。
「そのラスターなる御仁にお会いすることはできるんじゃろか?」
「え? それは……どうでしょう」
〖不可能です〗
「えっと、無理らしいで……無理だと思います。残念ですけど」
校長先生の問いかけに迷う僕に、アイミスがアドバイスをくれた。
ちなみに今回の暴露、前もってアイミスには相談済みである。彼女が話しても問題無いだろうと言ってくれたからこそ、こうしてカミングアウトできたのだ。そういえばラスターさんも秘密にしろとは言ってなかったっけ。
「一応、大丈夫だとは思いますけど。念のため、このことはこの場にいるメンバー以外には秘密にしてもらえますか」
「う、うむ。その方がいいじゃろうな」
「光理もね。件経由で他に漏らさないようにね」
「了解なの。ぼく、口は堅いから大丈夫なの」
「どの口で言ってるの? まあ、いいけどさァ」
今回の発端となった光理がいけしゃあしゃあとそんなことを言うが、今さらだし怒ったりはしない。今後気を付けてくれればいいや。
「まさか、こんな人間が居ったとはのう。いや、今や人間ではないんじゃったか」
「いえ、三か月前までは普通の人間でしたよ。たまたま事故に遭わなければ」
「そんな日本語、聞いたこと無いんだけど? たまたま宇宙人に改造されっとか、人間じゃなくなるとか、あり得なくない?」
「けど実際に起きたのにゃ。事実は小説より奇なり、にゃ」
「人間にしてみれば、ワシらも充分に奇のはずなんじゃがな」
「その通りだポン」
「パパ、超凄いの。ぼく、受け止めきれないの」
「わたくし、目から鱗でございます。まさかそんな世界が在ろうとは」
どうやら一つ目は、目に関したことを言うのがマイブームみたいだ。
それはともかく、事情を知る仲間が増えたのはありがたい。特に学校の長である校長先生が事情を知っているのは心強いな。
「遠野さんも、ごめんね。ずっと秘密にしてて」
「あー……うん。これは秘密にするわ。むしろカミングアウトしてくれて超嬉しい感じかも。ちょーアガるわ」
「そう? 琴子、鈴子、ポンちゃんも追求しないでいてくれて、ありがとう」
「にゃ! これで相思相愛にゃ!」
「たぶんじゃが、馬鹿猫は運命共同体と言いたかったんじゃと思うぞ」
「秘密は守るポン。俺とミケの仲だからポン」
皆に感謝を伝えると、僕は改めて校長先生と対峙する。
「それで、僕をどうしますか?」
「ホッホッホッ。そう構えんでもいいわい。取って食ったりせんよ」
「それはよかった。とは言っても、こんな体なので食べれませんけど」
そう言って、僕は元の人間体へと姿を戻す。
見慣れた外見に戻ったことで、皆の視線が僕の頭の方へと上がる。さっきまでは床の近くに浮いていたからね。
「そうじゃのう……お前さんは特に妖に抵抗も無いようじゃし、河童や猫又たちに好かれとるのを見る限り、害どころか益を齎しそうじゃて」
「べっ、別に好いてねーわ! 何言ってんだ顔無しジジイ!」
「祈紀、顔真っ赤にゃ」
「今の論点、そこじゃないのじゃ、祈紀」
「ヒューヒュー、だポン」
「むむむ……パパ、女たら……じゃなく、すけこましなの」
「光理、言い直しても同じ意味だから、それ。僕は女たらしじゃないし?」
「ケケケ……自覚無しの天然たらしほど恐ろしいものは無いですね」
「ホッホッホッ。賑やかじゃのう」
遠野さんのツッコミ(?)で話が中断したが、校長は気にせず笑っている。
この器の大きさこそ大妖怪の証しって感じがするな。違うかもだけど。
「なにはともあれ、事情は分かったわい。今後は困ったことがあれば相談に来なされ。学業のことはともかく、妖関連のことじゃったら力になるぞい」
「ありがとうございます、助かります。僕の方こそ、力になれることがあれば言ってください。妖怪と人の橋渡しなんて大それたことは言えませんが、こんな状態だからこそ役に立つ場面もあるでしょうし」
「ありがたく頼りにさせてもらおうかのう。内申点には響かんが、色々と融通しておくから楽しみにしておくのじゃぞ」
「ええ……? 逆に怖いですけど、とにかくありがとうございます」
こうして僕は新たな妖怪との出会いを果たし、そして最高の協力者を得ることができたのであった。




