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q54「呼び出しとは」


「パパ、お腹減ったの。パパのミルク、飲ませてほしいの」


「その体、お腹減らないはずだよ? あと、微妙にエロい言い方は止めて?」


 高校生で独身のはずなのに、急に子持ちになった僕。

 もとい、赤子姿の妖怪(くだん)が我が家の妖怪組に加わったわけだが。


「気分だけでも味わってみたいの。パパのオッパイで手を打つの」


「打たないで? どうしてもと言うなら、分体を女性型にしてみるけど……」


「嫌なの。パパのがいいの。パパのを味見してみたいの」


「言い方! というか男性相手だと何か違うくない?」


 すると、琴子が何か閃いたと言わんばかりに目を輝かせた。

 もう、嫌な予感しかしない。


「そうにゃ! 識那に協力してもらえばいいにゃ!」


「できるかっ! そんなこと頼んだら識那さん、卒倒しちゃうよ!」


「何故にゃ? もしかしてミケもやってみたいのにゃ? なら、オッパイは()()あるから右がミケで、左に(ひかり)が……」


鈴子(りんこ)、ポンちゃん、頼む」


「あい、分かった」

「ポン」


 僕の号令と同時に、座敷童子の鈴子と豆狸のポンちゃんが琴子の口を塞ぐ。

 そのまま拘束され、琴子は沈黙した。僕もだけど、二人も我慢の限界だったな。


「識那って誰なの? パパ、浮気?」


「なんでだよ。浮気以前に本命がいないでしょ、言ってて悲しいけど」


「識那は、ワシらのことが見える人間じゃ。ミケの友人でもあるのじゃ」


「学校のクラスメイトだよ。あと、妖怪が見える仲間かな」


「学校! ぼくも行ってみたいの! パパと一緒に通うの!」


「お願いだから止めて! 赤ちゃんを抱っこして「パパ」とか呼ばれながら教室に入ったら、その時点で高校生活が詰むから!」


「そもそも赤子は普通、喋れんのじゃが。それに夏休みじゃろ」

「ポン……」


 そういえばそうだった。思わず想像して青褪めてしまったよ。

 とりあえず僕は、光理に学校の常識や識那さんのことを説明することにした。その結果、無事に納得してもらえたようで。


「残念なの。ぼくも学校、行ってみたかったの」


「まあ、行くだけならいいけど。けど勝手に入るのは駄目かな?」


「それなら、のっぺらぼうに頼めばいいのじゃ」


「いやいや、僕は面識無いし。それに万が一、僕が妖怪見えるってバレたら面倒でしょ? 校長先生とは極力関わらないように……あれ?」



 そんな話をしていると、空間認識に妙な反応があることに気付く。

 何が妙かというと、その反応は僕の家の敷地内にあったのだ。


「お客さん……じゃ、ない?」


 しかも、反応があるのは玄関などではない。庭だ。

 その反応は僕の部屋の真下に移動すると、そこでピタリと停止した。


「どうしたんじゃ?」


「いや、何か変な気配が……」


 そう言いながら、僕は部屋の窓から階下を覗き込む。

 するとそこには、明らかに今とは違う()()の服装の人物がいた。


「おわっ⁉」


 次の瞬間、僕は驚いて尻もちをついてしまう。

 何故なら、その人物が急に目の前に現れたからだ。


「お初、お目にかかります。ケケケ……」


 僕が再び部屋の窓に視線を戻すと、その人物は窓枠に上半身を引っ掛ける形で僕の方を見ていた。刹那、僕とその人の目が合う。

 だが、僕が目を合わせたのは一つの目玉だけだった。それは片目を瞑っているという意味ではなく、元々が一つしかないからだ。


「おお! 一つ目、久しぶりじゃのう」


「お久しぶりです、鈴子(りんこ)様。ケケケ……」


 そんな挨拶を交わす、座敷童子と一つ目()()

 そう、目の前にいたのは誰もが知る有名妖怪の一つ目()()だったのだ。


「驚かせてしまい、申し訳ございません。玄関からお邪魔しようかとも思ったのですが、ちょうど窓が開いていたもので」


「構わないにゃ。ゆっくりしていくにゃ」


「いや、なんで琴子が? というか普通に玄関からお願いします」


「これはこれは失礼をいたしました。琴子様、それに他の皆様方もご無沙汰致しております。そちらの人魚様は初めまして、ですね?」


 特に動じる様子もなく、一つ目()()は淡々と挨拶を交わしていく。

 だが、僕にとってはあまりに突然の出来事で何が何だか分からない。


「あの、一つ目小僧さん? どういったご用件でしょうか?」


「おや、これは失礼しました。それと、わたくしは()()ではありませんよ」


「へっ? それはどういう……あっ」


 僕は、すぐに彼……改め、彼女の言っている意味を悟った。何故なら彼女が上半身を引っ掛けていた窓枠に、()()()なモノが実っていたからだ。


「し、失礼しました。一つ目と言えば小僧だと思い込んでて」


「構いませんよ。構いませんとも。ええ」


「何故だか、人間は一つ目が必ず男だと思い込んでおるようじゃの」

「実際は男も女もいるにゃ。子作りはできないけどにゃ」

「ポン……」


「えっと、じゃあ、一つ目……お嬢さん?」


 僕が恐る恐るそう口にすると、彼女はケケケと笑う。


「一つ目、で大丈夫でございます。呼び捨てにしてくださいまし」


「分かりました、一つ目さん。じゃなかった、一つ目。それで、ご用件は?」


 立派な果実からそーっと視線を逸らしつつ尋ねると、一つ目はベロッと舌を出しながら再びケケケと笑った。


「それでは申し上げます。そちらの人間様、実は……」


「あっ。ごめんなさい、気が利かなくて。とりあえず部屋に入ってください」


「おや、よろしいのですか? これはこれは、ご親切に」


 なんだか話の流れを遮ってしまった感もあるが、一つ目はペコリと頭を下げると腕の力だけでピョンと部屋の中に飛び込んで来る。

 彼女の姿は目玉以外、普通の女の子という感じだった。半ソデ短パン……というか麻の甚平っぽい服装だから、現代の女の子としては普通ではないけど。


「これ、どうぞ」


「おや、ご丁寧に。ありがとうございます」


 普段は使いもしない客用の座布団を差し出すと、一つ目はその上に膝を折る。

 だがしかし、短パンの女性が目の前に正座するということは、太腿が生々しく目の前に鎮座するという意味でもあり。


「……あの、これ、ひざ掛けです」


「おや、何から何まで。本当にお気遣いいただき」


「いや、それはたぶん親切とかではないのじゃ」

「ミケ、エッチにゃ」

「パパ、やらしーの」


「煩いよ? というか、そうならないようにひざ掛けを渡したんだけど?」


「おや、むっつりムフフでしたか。ケケケ」


「あの、そろそろ本題に入ってもらっていいですか?」


 不利な空気を感じたので、僕はさっさと話題をすり替えることにした。

 すると一つ目は真面目な顔をして、出していた舌を引っ込める。


「では、改めまして。わたくしは一つ目という妖でございます。本日は、のっぺらぼう様の使いとして参りました」


「えっ?」


「こちらにお住まいの人間様に、所属先の学校長、のっぺらぼう様より言伝を預かっております」


 その瞬間、のっぺらぼうという名前に冷や汗が流れ出す。

 別に、校長先生から僕になら問題は無い。だけど今、一つ目はハッキリと「のっぺらぼう」と表現したのだ。それはつまり、相手が妖怪だと明かしたことになる。


 そして、それは同時に僕が妖怪を見ることのできる人間だと気付いている可能性も示唆していた。というより、これは確実に把握しているのだろう。

 一つ目には今さらだが、せめて校長先生には隠しておきたい。


「えっと、のっぺらぼうと言われましても……」


「ああ、そちらの事情につきましては誤魔化さなくて結構ですよ。確たる情報源がおりますので、のっぺらぼう様もご存知ですから」


「えっ?」


 情報源と言われ、真っ先に思いつくのは妖怪組の皆である。

 一瞬の間に、僕の中で候補が次々と浮かんでは消えていく。琴子や鈴子、ポンちゃん、あとは留守を任せていたイリエ。考えたくはないが遠野さんもだ。

 その中で最有力候補は遠野さん、あとは可能性としてあり得るのがイリエか? 琴子たちは僕と常に一緒だったからね。


 いったい、裏切り者は誰だ?



「ですよねえ、(くだん)様?」


「今のぼくは光理なの。呼び名を貰ったから、そっちで呼んでほしいの」


「いや、君かよ!」



 そんな僕の横で、情報源(うらぎりもの)があっさりと明かされる。皆、疑ってごめん。

 だけど光理はずっと僕の傍にいた。なのにどうして?


「光理、いつの間に連絡なんてしてたの?」


「ぼくだけど、ぼくじゃないの。他のぼくがそっちで話をしたの」


「あ……そういうことか」


「ええ。件様が光の球のまま話すことは不可能ですが、のっぺらぼう様ほどの大妖怪ともなると、その状態とでも意思疎通が可能なのです。それで、妙な人間がいるという話がわたくしどもまで伝わってまいりまして」


「光理……」


 軽率な行動をした光理をジロリと見るが、彼女はキョトンとした顔をする。

 考えてみれば、僕が妖怪の見える人間なのを秘密にしてとは言ってなかった。ならば彼女が分身を通じて他の妖怪に伝えても非は無い。裏切り者と違う。


「あのさ、今度から僕のことは秘密にしてくれる?」


「秘密、なの? それならそうと、先に言っておいてほしかったの」


「あ、うん。次からね。のっぺらぼうと一つ目以外には秘密にしてほしいかな」


「それなら、もう手遅れなの。とっくに皆に自慢しちゃったの」


「……うぉい⁉ 皆って⁉」


 光理のとんでもない暴露に、僕は首がねじ切れる勢いで彼女を見遣る。

 彼女のいう皆というのが、いったいどこまでの範囲なのか。それ次第で、僕の今後に大きな影響があるからだ。


「皆って、どこまで⁉ 何人くらい⁉」


「それは……光理(ぼく)以外のぼくが世界中で自慢してるから、数えきれないの。いっぱい、いーっぱいなの」


「oh……」


 ガクリと項垂れた僕の背中に、妖怪組と一つ目の手が優しくポンと触れた。

 慰めてくれるのはありがたいけど、これって本当にマズくないか? 下手をしたら世界中の妖怪に知られたってことだよね?


 すると秘密が世界中にバレたかもと焦る僕に、一つ目が追い打ちをかける。


「こんな時になんですが。のっぺらぼう様から「一度会って話がしたいので、今週中にでも校長室に来てほしい」とのことです」


「もうやめて! とっくに僕のHPはゼロよっ‼」



 こうして僕の夏休みは、突如として波乱の展開を迎えたのだった。

 どうせ呼び出されるなら、普通の校長先生でお願いしたかったなァ。



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