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q53「光理とは」


 自宅から両親と妹の気配が消えた頃、僕たちはこっそりと帰宅した。

 そして自分の部屋に入ると、留守番をしていたイリエに事情を説明していく。



「……というわけなんだ」


「あーい、わかりまひたぁ~」


「……本当に分かってる? 大丈夫?」


「大丈夫れひゅ~」



 ちょっと心配だったので、僕はイリエをクッションの上から持ち上げてみる。


「ハッ⁉ 殿、おかえりなさいませ。事情は理解致しました」


「誰が殿だ。けど、しっかりと伝わってたみたいで、なによりだよ」


「はっはっはっ。光明殿はご冗談がお好きなようで。もちろん真剣に聞いていたに決まっておるではないですか」


「……」


 それならいいやと、僕は彼をクッションの上に戻す。

 イリエはクッションの上でもキリッとした顔のままだ。


光理(ひかり)殿と申したか。今後とも、よろしくおねあいひまひゅ~」


「え、最後なんて言ったの? それに、顔が蕩けてるの」


 だが、それは数秒ももたなかったようで。

 イリエの顔、最近はこっちの蕩けてる方が普通になりつつあるな。


「われぇ、にんにょのいりぇでひゅ~。ありゅじしゃまの、しもへでひゅ~」


「……えっと、人魚のイリエだよ。僕の眷族になってるんだ。よろしくね」


「あれ、大丈夫なの? ぐにゃぐにゃで原形を保ってないの」


「大丈夫だから気にしないで。イリエはあれで平常運転だから」


「ひりょい、ここりょ~。ありゅじしゃま、やっぱりぃ、しゅきぃ~」




 さて、僕は光理に許可をもらい、彼女の分体を変化させることにした。

 目的はもちろん、自室でのカモフラージュのためだ。急には無いだろうが、妹とかが部屋に来た時、咄嗟にぬいぐるみや置物にしなければ。


「……で、別の分体で試作品を作ってみたんだけど。この中だと、どれがいい? 漫画のキャラのフィギュア、牛のぬいぐるみ、熊の置物……」


「この、牛さんのぬいぐるみが可愛いの。これがいいの」


「じゃあ、これでいこうか。男の部屋には少しあれだけど……」


 そう言いながら、僕はアイミスに頼んで光理の入っている分体にぬいぐるみ姿を登録してもらう。僕の擬態の初期設定と同じで、こうしておけば瞬時に登録した姿に変えることができるからね。遠距離にいたとしても。

 というか作っておいてなんだけど、フィギュアとか置いてたら妹にドン引きされそうだし、熊の置物だったら高校生が急にどうしたと家族から不審がられたかもしれない。牛のぬいぐるみで正解だったな。


「じゃあ、一度試してみるね」


 分体の姿を変化させると、赤子だった光理が一瞬で牛のぬいぐるみになる。

 すると光理はその姿のままで部屋の中を駆け回ってみせた。うん、大丈夫そう。


「不思議な感じなの。これまでのどの体とも違うの」


「ちょっと賭けだったけど、憑依した後に姿を変えるのは問題無いみたいだね」


「ぬいぐるみ姿の件なぞ珍奇じゃのう」

「可愛いのにゃ。ポルターガイストにゃ」

「ポポン」


 可愛いとポルターガイストって共存できるの?

 そう思ったが、琴子の言うことにいちいちツッコミを入れても無駄か。


「気に入ったの。これはこれで好きなの」


「それはよかった。それより、その姿でも問題無く話せるみたいだ……あれ?」


 そこで僕は、光理のたどたどしい喋り方が無くなっていることに気付く。


「そういえば、光理? 随分スラスラと喋れるようになったね?」


「今まで、出産直後の体から無理矢理に声を出していたの。けど、この体は普通に喋れる体なの。だから微調整に戸惑ったけど、もう大丈夫なの」


「それが素の(くだん)……光理なんだね。本当に、今まで長い間、お疲れ様でした。改めて、ありがとうね」


「どうしてパパがそんなこと言うの? 変なの。けど、こちらこそありがとうなの。こんな素敵なご褒美を貰えて、ぼく嬉しいの」


 そうして僕は件のこれまでを労い、同時に感謝した。

 さっきまで散々伝えてはいたけど、何度だって伝えてあげたいくらいだ。件の頑張りは一度や二度の感謝で済ませられるほど簡単なものじゃないのだから。


「そういえば光理って、いつ頃からいたの? 琴子たちと同じくらい前?」


「ぼくなの? ぼく、人間の言う安土桃山時代って頃から()()やっていたの」


「ウチが初めて件と会ったのは江戸時代にゃ。江戸っ子にゃ」

「ワシもその頃じゃな」

「ポン」


「件を、やっていた……? その言い方だと、それより前は何だったの?」


「覚えてないの。今みたいに母体を助けて件と呼ばれたのがその頃で、その前は……よく分からないの」


 なんだか不思議な話だけど、覚えていないなら仕方がないか。

 そう思いながらも、僕は心の声でアイミスに問いかけてみる。


〖件という呼称は日本独自のもので、国外にも同様の個体がいるようです〗


(えっ?)


〖元はノルンというシン族に生み出された妖族で、分裂していない状態では白澤(ハクタク)と呼称されていたようです。分裂後は以前の記憶が薄れているものと思われます〗


(ちょ、ちょっと待って? 新情報が盛りだくさん過ぎて混乱してる。えっと、白澤って、たしか中国の神獣じゃなかった? それが件の本来の姿ってこと? それにシン族って何?)


 サラリと告げられた内容だったが、僕には未知の情報ばかりで。

 大慌てでアイミスを問い詰めるが、彼女はいつも通り淡々と答える。


〖中国では神獣とされているようですが、同じ妖族です。本質的には変わりません。こちらで言うところの神妖に分類されます〗


(また新情報が……神妖って何?)


〖妖族を、妖族自身が分類したものです。通常の妖怪を基準に、付喪神などを小妖または小妖怪、のっぺらぼうなどを大妖または大妖怪、それから九尾妖狐などの神妖と呼び、四種に分類した形です〗


(……うん、分かった)


〖なお、シン族というのは所謂「神」です。ただし()()ではなく、神話に登場するような()()()()()ですね〗


(……うん、分かった。もうお腹いっぱいだから、これ以上は止めて)


 胸焼けしそうな新情報の盛り合わせに、僕はアイミスとの交信を終了して現実逃避を始める。妖怪だけでもガタガタ震える僕が、九尾妖狐だとか神様が実在するとか、ついて行けるはずがないだろう。あと、本物じゃないって、どういう意味?

 しかしながら、そんな僕でも球体は容赦無くクールにする。おかげさまで現実逃避は強制終了となり、僕に現実が戻って来た。


「えっと……何の話だっけ?」


「パパ、その歳でもうボケたの? しっかりしてほしいの。今は、ぼくが将来パパのお嫁さんになるって話だったの」


「ああ、そうだ。件がいた江戸時代の話だったね。というか今更だけど、パパって呼び方は既に決定事項なのかな?」


「パパはパパなの。光理(ぼく)のパパなの。変なこと言うパパなの」


「まーた変な妖が増えおったわい。件とはこんなんじゃったかのう?」

「ミケと絡むと皆、おかしくなるにゃ。マトモなままなのは、ウチだけだにゃ」

「ポ……ン……?」


 なんだか色々と好き勝手に言ってくれてるな。琴子、あとで覚えてろよ?

 とにかく、こうしてまた新たな仲間が、僕の部屋に加わったのだった。



再度言いますが、本作の妖怪などは独自の視点で描かれています。

本来の妖怪とは著しく異なる場合がありますので、予めご了承ください。

白澤が分身したのが件というのも創作です。本作はフィクションです。

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