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q52「件の成長とは」


 それから僕たちは、妖怪(くだん)の成長について話し合いを続けた。


 当人の意見はもちろんだけど、琴子たちにも参加してもらう形だ。

 人間基準で成長させるのが正しいとは限らないからね。


「どうせならナイスバディのボディコンお姉さんに成長させるのにゃ! ウチのナイスバディを参考に、ボンキュッボンの……」


「件はどういう姿が好み? 君のなりたい姿に調整するからさ」


「ぼく……」


「にゃあ⁉ 無視は止めるのにゃ! ほんの冗談にゃ! こっち向いてにゃ~」


 当人の意見はもちろんだけど、鈴子(りんこ)やポンちゃんにも参加してもらおう。

 人間基準で考えるのが正しいとは限らないからね。妖怪(ことこ)基準が正しいとも限らないみたいだけど。ボディコンって、いつの時代だよ……。





 そうして分体を調整し、試行錯誤を続けた結果。件の初期設定は人間の赤子からスタートすることに決まる。

 赤子とはいえ、実態は分体ベースの妖怪だから授乳や保育器は必要ないけれど。


「普段、ミケの部屋ではどうするのじゃ?」

「そうだにゃ。赤子が部屋にいてバブバブ言ってたら、ミケの家族が怪しむにゃ」


「そうだなァ……どうせ姿かたちは自由自在だし、ぬいぐるみか置物でもいい?」


「構わナいの。別に人間として生活したイわけでは無いの」


「けど、本当に人間でいいの? 犬でも猫でも鳥でも、なんでもいいんだよ?」


「構わナいの。肉食動物も面白そうではアるけど、手足を使えル人間をやってミたいの。途中で飽きたら変えてもらウから大丈夫なの」


 ちなみに件曰く、草食動物や鳥、虫などは論外なのだそうだ。

 牛や馬では自由に行動できる範囲も狭く、かと言って鳥や鼠、虫では一瞬で捕食されかねない。確かに現代日本で牛馬が自由に動き回れるのなんて、牧場の敷地を除けば一部の田舎や離島の土地くらいか。僕の分体とはいえ動かすのは件だから、捕食されるのも色々マズいし。


 ならば猪や鹿になって山で暮らすのはどうかと提案してみたが、件曰くそれはそれで縄張り争いや生存競争など面倒が多いのだという。

 光球で漂う間も景色や音は感じていたようで、野生動物の暮らしや家畜・ペットの事情、それに人間の情報などはかなり理解しているらしい。


「成長はシてみたいけど、弱肉強食は嫌なの。それに山暮らしより、君たチと話す方が面白そうなの」


「犬や猫は? 人間と違って自由も多いよ?」


「それもイイけど、寿命が短いのが問題なの。それに人間の手足って興味深いの。他の動物は人間に飽きテからでイイの」


「まあ、そこまで言うなら。ちなみにだけど、姿だけなら哺乳類に限らず何でもいいからね。海の生き物でも、架空の動物でも、無機物でも」


「ありがトウなの。これから、よろシくなの」


 そう言って、件はハイハイをして懸命に体を動かす。

 実は、既に幼児の姿には変身させていたのだ。今の件は山中でハイハイしながら人語をペラペラ喋っているわけで、誰かに見られたら一大事である。


 なお、成長速度は普通より遥かに早くする予定だ。件が経験したいのは成長自体だから、わざわざ馬鹿正直に通常の速度で成長する意味は無いからね。

 赤子から園児、小学生と成長して、中学生や高校生くらいになったら再び要相談かな。僕を追い越して大人になってみるか、その先で老化して死ぬまでを経験するか、それとも途中で別の動物にでもなってみるか。選択肢は無限にあるのだから。


 余談だけど、僕だって実は今すぐ大人の姿になることも可能だ。ゆえに分体で大人を装ってアルバイトを経験するとか、お年寄りになって老人ホーム暮らしを経験するとか、そういう選択肢もあるにはある。面倒臭いから今はやらないけど。

 でも、いざという時は分体や擬態を活用することも視野に入れておくとしよう。こんな摩訶不思議な状況なら、何が起きても不思議じゃないんだから。


「それで、これからドウするの?」


「どうしようか? そろそろ帰ってもいいんだけど」


「なら、抱っこシてほしいの。パパやママに抱っこサレるのも夢だったの」


「そっか、そういうのも初めてなんだね」


「仕方ないの。産まレた子が急に目を開けて喋り始めたら、気味が悪くて抱っこドコロじゃないと思うの」


「……それはそうだね。というか、気味悪い自覚はあったんだ?」


 そういえば初めて件と会った時も、こっちをガン見して予言を伝えた後で「キャハハハハ」とか気味悪い笑い方をしながら息絶えてたっけ。

 だが、当人に聞いてみたところ、ガン見したのと予言に関しては死にかけの体で必死だから仕方ないらしい。確かに間もなく死ぬって時に、相手に好印象な喋り方とか考えてる場合じゃないもんね。


「じゃあ、最後の不気味な笑い声は?」


「それは……自分なりに愛想よくシたつもりだったの。人間の劇とかいうやつで、最後の瞬間は笑顔の方がカッコイイとかやってたの」


「……うん。けど、演劇や舞台は作り物だからね。本当に死ぬって時に笑顔は怖い気がするし、そもそも笑顔と笑い声は別だから」


 どうやら間違った情報を真に受けていた結果がアレだったようだ。件なりに考えてのことだろうから非難はできないけど、今後は止めてもらいたいな。

 というか、昔の劇とか舞台って派手な死にざまのイメージなんだけど。歌舞伎なんて、死に際が超絶長い印象だったのだが。笑顔なんてあったっけ?


「次からは気を付けるの。そんなことヨリ、パパ。抱っこシてなの」


「誰がパパだ。そういえば件、件って呼んでるけど、名前ってあるの?」


「無いの。件は件なの。けど、赤ちゃんの名前はパパが付けるものなの」


「だから、誰がパパだ。けど、名前か……」


「ミケパパ、ウチも抱っこするのにゃ」


「今は定員オーバーです。琴子たちも、何かいい案はない?」


 僕は赤子姿の件を抱き上げると、件……彼女の名前を考え始める。

 なお、今の件は女の子だ。そこは母親たちを救ってきた関係か、即答で女性の性別を選んでいた。彼女なりの拘りがあるのだろう。


「クダン仮面とかどうにゃ?」


「それ、いい加減に忘れてくれないかな?」


「なら、クー子とかどうじゃ?」


「安直すぎるの。どうせなら、もっと人間っぽい名前がいいの。光明とか琴子みたいなの、考えてほしいの」


「うーん……件、光球、母親の味方……希望の光……」


「ポン!」


 すると次の瞬間、僕の呟きにポンちゃんが反応する。

 未だ彼の言っていることは分からないけど、そこに込められた感情くらいは分かるようになってきた。つまり、彼の指し示したものは……?


「ひかり?」


「ポン!」


「ねえ、件? ひかりって名前はどうかな? ポンちゃんがいいって言ってるみたいで、母親にとっての希望の光、光球の姿とか、君にピッタリに思えるけど」


「ひかり……うん、それいいと思うの。それにするの」


「じゃあ、それで決まりだね。ひかり、今日から君はヒカリって呼ぶよ」


「嬉しいの。ぼく、今日からヒカリなの」


 どうやら気に入ってもらえたらしく、件の人間としての名前はヒカリに決定した。人間というよりは僕の分体、人間モドキだけどね。

 その後、それっぽい漢字ということで「光理」というのが彼女の正式名称になる。あくまで人間状態を呼ぶ時だから、件は件だけど。


「パパ、光理、将来はパパと結婚するの」


「ハハハ。はいはい、お約束のやつだね。楽しみにしてるよ」


「なんだかパパに抱っこされてると、すごくホッとするの。件として死ぬ時とは違う、変な感じなの……」


 そう言いながら、件……改め光理は僕の腕の中で寝息を立て始める。

 その穏やかな寝顔に、僕は本当に父親になったように錯覚するのだった。



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