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q51「ご褒美とは」


「……ねえ、君? ぼく、どウやったら出られルの? 教えテほしいの」


 僕の分体から出られず、困惑する(くだん)

 しかしながら、憑依を解く方法なんて僕にも分かりはしない。


「うーん? ごめんね、分かんないや」


「ソれは困るの。困ってル母体がイると思うの。早く、出しテほしいの」


 懇願する件に、僕はふと気になったことを聞いてみる。

 当人はそれどころじゃないだろうけど。


「ねえ、件って君以外にもいるの?」


「件は、ぼくダけなの。けど、イっぱいいるの」


「え? どういうこと?」


「ぼくが件で、他のぼくモ、()()なの。みンな繋がってルの」


「ええと……」



 その後、アイミスの助けも借りて漸く判明したのだが、どうやら件はラスターさんと似て非なる仕組みの妖怪らしい。

 ラスターが「一つの意識を皆で共有する」という形で集合した存在なのに対し、件は元々が一つの存在なのだ。そこから僕の分体みたいに分かれていき、現在は数多の件が一つの意志の下で統制されているような状態だという。


「じゃあ、どこかに本体があるとかじゃないんだ?」


「本体は()()なの。ドの(ぼく)も本体なの」


「そうなんだね。やっと理解できたよ」


「ソれより早く行きたイの。今すぐ行かせテほしいの」


「ポン……」


「言い方、もうちょっと気を付けようか。天然か狙ってるのか分からないけどさ」


 やはり何となくエロく聞こえる台詞に、僕とポンちゃんは気まずい顔をする。

 そもそも今の見た目は僕だから、ドキドキよりもゲンナリが勝るんだよね。


「でさ。えっと、提案なんだけどさ」


「ナに? なンなの?」


「君って、このまま仮初の体に入り続けるのは駄目かな?」


「え? このマま……なの?」


 僕の提案に、件は真っ青な顔になる。

 自分の顔が真っ青なのを見るとか、貴重な体験だなァ。別に見たくはないけど。


「ヤだ! ヤなの! 行きたイ、ぼく、行きたイの!」


「シッ! 声が大きいよっ! あと言い方!」


「落ち着くのじゃ、件よ。話を聞くのじゃ」

「ポン」


「あのさ、今の話通りなら、君一人くらい居なくても支障ないんじゃない?」


 その瞬間、僕の言葉を聞いた件がピタリと動きを止めた。

 少し失礼な言い方だったかと焦る僕の前で、件は驚いた表情をする。


「たシかに、ソうなの。他のぼくが行ってクれるから、タぶん大丈夫なの」


「ズコッ。じゃあ、さっきの騒ぎはなんだったのさ」


「役目のこと考えタら焦っちゃっタの。けど、君はぼくをコんなふうにシて、イったい何が目的なの?」


 その質問に、僕は改めて考えを整理した。

 そして、たった今聞いた内容を加味して纏め上げる。これで概ね完成かな。


「ふっふっふっ、にゃ。聞いて驚けにゃ、件」


「いや、なんで琴子がドヤ顔なの? そもそも話してないから知らないでしょ?」


 すると何故か、琴子が腕組みで胸を張る。折角集中してたのに気が抜けるなァ。

 ともあれ、ちょっとした茶番劇が終わったところで、完成案を披露することにした。あくまで僕の勝手な思いだから、件には断られる可能性だってあるんだけど。


「あのね、思ったんだ。これまで多くの命を救ってきた件が、少しでも報われたらいいなって。ほんの少しだけでもさ」


「……ソれは、どうモなの」


「でさ、今回の作戦で、件はこうして自由を得られたわけでしょ? 妖怪の件にとって母体を救うのが最大の喜びだと思うけど、それ以外のことができるのとできないのとでは話が違うじゃない? だから、やれる環境を作れたらなって」


「……話が、ヨく分からナいの」


「つまりさ、今、僕の目の前にいる君が、件の「ご褒美を受け取る担当」になったらいいなって思ったんだ。最初はお礼を伝えられたらいいな……くらいの考えだけだったんだけど、件の性質を知ったり、実際に君と話してみて思い付いたんだ」


「……ナに、言ってるの?」


 唖然とする件に、僕は真面目な顔で続きを話す。


「だから、言ってみれば沢山の君がいるわけでしょ? そのうちの一つくらい、ご褒美を貰っても(バチ)は当たらないかなって」


「待ってほシいの。百歩譲って、()()ぼくが受け取り担当なノは構わナいの」


「本当に? やった。それじゃあ……」


「けど、どウして君なの? タだの人間が件に体を準備シて、ご褒美担当とか決めル意味が分からなイの。理解不能なの」


「え? それは……」


 件に問われて、僕は頭を悩ませた。

 けど、そんなの考えるまでもない。答えなんて決まってる。


「僕が、そうしたかったから?」


「ぼく、君に何もシてあげてナいの。ダから君が、そウする理由が無いの」


「けど、今までずっと頑張って来たわけでしょう? なら、僕が人間を代表して感謝と褒賞をってことでどうかな?」


「なンで君が人間代表なの⁉ イったい君は何者なの? こンな体を準備シたり、今さらすギるけど猫又や座敷童子や豆狸と普通に話しテたり……」


 ここに来てやっと冷静になったのか、件は矢継ぎ早に僕を質問攻めにする。

 よく考えたらそうだよね。人間が謎の体を準備して、他の妖怪と一緒に自分を表彰するとか言い出したんだから、そりゃ戸惑うよね。

 けど、僕に謎はあっても企みなんて無い。本当にただ、件を褒めて労って自由をプレゼントしたいと思っただけなんだ。


「まあ、落ち着くのじゃ。件よ」


「逆に、どウして座敷童子は落ち着いてイられるの? コの人間、ナんなの?」


「ただの阿呆じゃ。考えるだけ無駄じゃ」

「その通りだにゃ。無垢な馬鹿だにゃ」

「ポ……ポン」


「みんな酷いよ! 大体当たってるけどさ……」


 そう言いつつも、僕を受け入れてくれる皆に心の中で感謝する。

 阿保とか馬鹿とかはさておき、なんだかんだで肯定してくれているわけだからね。肯定……でいいんだよね?


「理解不能なの……」


「まあ、難しく考えないで。たまたま僕みたいな不思議な人間が、たまたま件の頑張りを知ったってだけだから。棚から牡丹餅みたいに思ってくれればさ」


「……ご褒美、クれるの?」


 すると、件の表情が少し変わったのに気付く。

 戸惑いばかりだった件の目に、少しだけ羨望の色が映った気がしたのだ。


「おっ? 何か欲しいものでも浮かんだ? 何でも言ってみてよ。準備できる物には限界があるけど、可能な限り頑張るからさ」


「なら、ぼく……成長してみたいの」


「へっ? 成長?」


 食べ物や装飾品など物品を想像していた僕に、斜め上の要望が告げられた。

 物品以外は少々想定外なのだが、それにしたって成長って何だ?


「ぼく、肉体が無い状態ではズっと生きてキたの。けど、産み落とさレた肉体ではすグ死んでバかりだっタの」


「ああ、なるほど。それで、成長ってことか」


「そウなの。ぼく、一度でいイから成長すルのを経験してみタかったの。けど、叶うはズないって諦めテたの」


「成長かァ。うーん……」


 理由は分かったものの、成長と言われると難しい。

 僕ら人間は勝手に成長するものだし、妖怪……ましてや分体の成長なんて想像もつかないというのが正直なところだ。


(ねえ、アイミス? どう思う?)


 そこで、僕は心の声でアイミスに相談してみることにした。

 怪しまれないよう、考えるポーズで目を閉じながら。


〖スタートをどう設定するかにもよりますが、幼児や幼獣に擬態して徐々に成長した姿に変えていくのはどうでしょう〗


(それってつまり、僕がやるってことだよね)


〖はい。私では、分体の外見の微調整に割り込めませんので〗


(……ちょっと大変そうだけど、挑戦してみる価値はあるかな。よーし、その方向で頑張ってみよう。件のためにも)


 そうして方針が決まったところで、僕は目を見開いて件と向き合った。

 これからどうなるか分からないけど、件が喜んでくれたらいいなァ。



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