q49「作戦実行とは」
「仮初の肉体、にゃ?」
「そう」
件と話をしたいがため、僕らは計画を練り上げる。
その全容は僕とアイミスしか知らないが、琴子たちにも一部協力を仰ぎ、そして快諾してもらえた。
「仮初の肉体って、まさか店で売ってる牛肉とか豚肉じゃにゃいよにゃ?」
「そんなわけないでしょ。そもそもそれ、死んでるじゃん」
「まさかと思うが、死んだ牛一頭を買うとか言わんじゃろうな?」
「だから、それも死んでるでしょ。しっかり生きた肉体を準備してあるから、そこは信用してよね。色々と秘密なのは申し訳ないけどさ」
「分かったにゃ! 鶏卵に宿らせて、それを孵化させるつもりにゃね⁉」
「だーっ、違うって! 家畜から離れてよ。それだとただの受精卵で条件を満たすとは限らないから、憑りつけないかもしれないでしょ」
彼女たちの質問攻め……大半が琴子だが、ともかく質問攻めを潜り抜け、段取りを彼女たちに伝える。アイミス監修だからきっと上手くいくはずだ。
だが、この計画にはまだクリアしなければならない問題が残っていた。
「件の出現場所?」
「うん。それが分からないと、どうしようもないんだ。どうにか分からない?」
この計画は、件が見付からなければ実行不可能なのである。
発見できれば成功する可能性は高いが、そもそも発見する方法が分からない。件は神出鬼没なのだ。
「それなら簡単にゃ」
「えっ?」
「出産する動物を片っ端から見張るのにゃ。張り込みにゃ。カツ丼食うにゃ?」
「……他に意見のある人は?」
「にゃにゃっ⁉ ウチのナイスアイディアを無視するにゃにゃ!」
「ナイスアイディアって、自分で言ったら駄目だと思う」
しかしながら、そんな琴子の案が現状では最良のようで。
僕たちは結局、そのナイスアイディア(笑)に縋ることを決定する。
「しかしじゃ。出産する動物なぞ、そう簡単に見つかるかのう」
「ああ、それは僕に任せて」
「にゃ? どうするのにゃ?」
「こういう時、一番頼りになる友人がいるもんでね」
そう言ってスマホを取り出すと、僕はある人に連絡を入れた。
ギブアンドテイクじゃないけど、先日とは逆にこっちが頼ってもいいよね。
「あ、もしもし? 灰谷君?」
電話した先は、動物大好き灰谷君だ。
彼の動物情報網なら出産の一つや二つ、余裕で見つかるかもしれない。
「実はかくかくしかじかで、そういう心当たりがあれば教えてほしくってさ。別にお邪魔したりしないし、離れた場所から見るだけでもいいんだけど……って、明日? 明後日も? 四日後と五日後も? え、まだあるの?」
「どうしたんじゃ?」
「何か無理難題を吹っかけられたにゃ?」
「い、いや、もういいから。充分だよ。それより理由とか聞かないの? え、信じてるって? けど、もしも迷惑を……そこも信用してるって? うん、分かった。ありがとう。はい、はーい。それじゃあ、また遊ぼうね。はーい」
「……にゃ?」
「なんか、近日中に出産しそうな動物の情報、山ほど教えてくれたよ。タダで」
「そやつ、何者なんじゃ?」
「ただの動物大好き高校生だよ。僕の親友。一応ね」
思った以上の成果に、僕は灰谷君に感謝と同時に畏怖の念を抱く。
ただの動物大好き高校生とは言ったが、ちょっと自信が無くなってきた。
なにはともあれ、計画は実行可能となったわけで。あとは行動あるのみだ。
「では、計画の実行は明日です。琴子隊員、鈴子隊員、ポンちゃん隊員、よろしくお願いします。君たちだけが頼りです」
「にゃ! いえっさーにゃ!」
「ポーン!」
「な、なんじゃ? い、いえさー?」
「よし! それでは本日は解散! 皆、明日に備えてよく休むように!」
「いや、ワシらは別に休まんでも……」
「さー、いえっさー! にゃ!」
「ポーン、ポン!」
「なんなんじゃ、さっきから⁉ ワシだけ仲間外れは止めるのじゃあ‼」
珍しく一人戸惑う鈴子。こういうノリは分からなかったようだ。というか、なんで琴子とポンちゃんが分かるのか謎だけど。
ともかく段取りは済み、決行は明日である。そうと決まれば……今日は暇なので久々に家でゴロゴロしよう。最近は何かと忙しかったからね。
そして、翌日の夜明け前。
僕は偽装用の分体を自宅に残し、琴子や鈴子、ポンちゃんを引き連れて町外れの牧場へと向かった。ちなみにイリエは言わずもがな留守番である。
「今日は、あの牧場がターゲットです。準備はいいかな、三人とも」
「さー、いえっさー」
「ポン、ポーン」
「さ、さー、いえさー?」
「では、行きます。うわあ、緊張して来たァ」
なるべく足音を立てないようにして、僕は速足で牧場の端へと向かった。
そこで、空間認識/初期設定の機能を頼りに目的の相手の居場所を探り、驚かせないように慎重に近付いていく。
「よし、まずは僕が交渉してみるから。皆は少し待ってて」
「にゃ? ミケ、牛さんとも話せるのかにゃ?」
「たわけ。ここにいる動物は豚じゃ。よく見んか」
「違う、違う。今日のターゲットはそっちじゃないよ。ほら、あそこ」
「にゃ?」
「なんじゃ?」
「ポン?」
そう言って僕が指差した先にいたのは、一匹の猫だった。
それはそうだろう。牧場の家畜が出産をするとなれば、牧場主が見守っているんだからバレるに決まってる。たとえお願いして見せてもらえたとしても、その人が僕の話や件の存在を信じてくれるとは到底思えない。
「猫、にゃ?」
「そう。今日出産するのは、牧場で暮らしている猫だよ」
だから、今回僕が選んだのは、野良猫である。
灰谷君の話では、牧場の人が飼っているわけではなく勝手に住みついた子なんだとか。けれど牧場主も鼠除けを担ってくれるからと追い出したりはせず、言わば半共生の半野良みたいになっているそうだ。
そして出産の際、彼女は牧場の隅にある秘密の寝床で出産する可能性が高いと彼から説明を受けたのだ。そんなことを知っている彼はマジで何者なんだろう。
「よし、行ってきます」
「にゃ。頑張るにゃ」
「ファイトじゃ」
「ポポン」
皆に見送られ、僕はゆっくりと猫に近付いていく。
すると向こうも僕に気付いたのか、耳をピンと立てて目を見開いた。
「あの、朝早くにごめん。僕は柳谷光明と言います。かくかくしかじかで、出産を見学させてもらいたいんだ。絶対に邪魔しないから、なんとかお願いできない?」
「……フナーッ」
「そうだよね、僕、怪しいよね。遠くから見守るだけにするし、もしもカラスとか他の猫とかが来たら守るから。あと猫缶もプレゼントする。だから、お願い」
「……フミャーッ?」
「えっとね、猫の出産って見たことなくて。何故かこうやって猫と話せるから、もっと猫を知るために勉強したいっていうか。駄目かな?」
「……ミャーオ」
「本当に? ありがとう。何かあったら助けるから、安心してよね」
「ニャー」
どうにか交渉に成功し、僕は後ろの三人に待機しててと合図を送った。
琴子たちの姿は見えていないだろうけど、誰もいないのに物音がしたら警戒すると思うから。一応必要な時まで離れていてもらおう。
それにしてもこの子、大らかで助かった。
警戒心の強い子なら問答無用で威嚇されただろうし、下手をしたら逃げられていただろう。話を聞いてくれて、交渉にも応じてくれるとはラッキーだったな。
まあ、交渉成功は猫缶が決め手かもしれないけど。
「ナー」
「え? おやつも? それに猫缶は高級なのを?」
「ニャーン」
「わ、分かりました。その条件で。けど、これ以上は無しだからね」
「ウナー」
「ミケ、手玉に取られてるにゃ」
「猫語が分からんでも分かるのう。お人好しじゃな」
「ポン……」
琴子たちの予想通り、僕はしっかりと足下を見られていた。初対面の相手に対して結構豪胆だな、あの子ってば。
ともかく、これで無事に舞台は整った。あとは件が現れるのを待つだけだ。
というか現れてくれないと困る。来ないと僕は猫にゴハンを貢いで終わることになるのだから。頼むから来てくれ、件様。
すると、僕の願いが通じたのか。出産が始まって暫くした頃、猫の真上から光の弾がフワフワと舞い降りて来た。それを見て、僕はガッツポーズを取る。
けれど一方で、悲しい気持ちにもなった。何故なら件が現れたということは、恐らく彼女の仔は既に……。
「ナァ」
それを知ってか知らずか、猫さんは寂しそうに鳴く。
時間の経過とともに一匹、また一匹と仔猫が産み落とされるが、やがてラッピーの時と同じように母猫が苦しそうな声をあげる。
「琴子、鈴子、ポンちゃん。そろそろだと思う。準備をお願い」
「いつでもいいにゃ」
「任せるのじゃ」
「ポーン」
そして、遂にその時がやって来た。
光球は何かを察したように母猫へと向かい、その腹部に吸い込まれて消える。そして間もなく、母猫のお腹が蠢いた直後、ズルリと何かが産み落とされた。
「三人とも、今だ!」
「おうにゃ!」
「うむ!」
「ポーン!」
三人が僕を置き去りにして、母猫の下へと急ぐ。
ここからが本番。計画の本当の始まりだ。