q48「件救出作戦とは」
謎のヒーロー、クダンが現れた事件の翌々日。
僕は自室で琴子たちと一緒に過ごしていた。
「無事に事故を防げてよかったのじゃ」
「お手柄にゃ。謎のヒー……ミケ」
「うん。僕が悪かったから、それを弄るのはもう止めて?」
未だ謎のヒーローの正体は分からないままだが、それでいいと思う。
黒歴史って案外簡単に作れるものなんだね。やらなきゃよかった。
それはともかく、無事に事故を回避できたのは喜ばしい。
今回の立役者であるヒーローのクダン……ではなく妖怪の方の件には、是非ともお礼を伝えたいものだ。
「ねえ? 件と会うことってできないかな?」
そう問いかけた僕に、琴子と鈴子、それとポンちゃんが渋い顔を向ける。
「会うことはできるのじゃ。しかし何のために?」
「いやあ、今回のお礼を伝えたいなって」
「だとしたら、残念ながら無理じゃな。件が人間と会えば、必ず予言を残して死ぬように決まっているのじゃ」
「えっ?」
「そういう定めにゃ。そもそも産み落とされてから僅かな時間しかないのにゃ。予言を伝えるので精一杯で、会話している余裕なんて無いにゃ」
「ポーン……」
「そうなの? けど、件って光の玉みたいに漂ってたよね?」
「見たのにゃ? けど、件はその状態では話せないにゃ。何かに憑依しないと人間でいう五感や言葉は操れないのにゃ」
「そうなのかァ。だとしたら……って、ちょっと待って?」
すると、僕は気になったことがあって鈴子の方を向いた。
「今、人間と会ったらって言ったよね? じゃあ、もしも産み落とされた時に誰もいなかったらどうなるの?」
「その場合は予言を残さず死ぬだけじゃ。恐らくは、自分が救った母の顔でもゆっくりと眺めながらじゃな」
「ええ……そんなことって」
「件はママさんを救うのが第一の使命にゃ。予言はオマケみたいなものにゃ。だから人間が近くにいたら儲けもんくらいな感じにゃ」
「ちなみにじゃが、近くにいたのが人間ではなくワシらの場合は、予言を伝えずに挨拶や世間話をしてから死ぬのじゃ」
「えっ⁉ そうなの⁉」
何でもないことのように言っているが、それはそれでどうなのだろう。
確かに妖怪に伝えても仕方ないのかもしれないが、妖怪だって遠野さんみたいな子なら予言を聞けば行動できるかもしれないのに。
「もしも妖怪が「予言を伝えて」って頼んだら、どうなるのかな?」
「無理じゃな。予言は人間にしか伝わらんよう定められとる」
「ウチらが予言を聞いても人助けはできるにゃ。けど、それは違うにゃ」
「違う?」
「ワシらの存在理由は、人間とは違うと言えば分かるかのう? 件と協力して人助けをし続ければ、人間にとっては嬉しい限りじゃろうがな。けれど、それはワシらの喜びではないのじゃ」
「ウチらは人間に見られて、驚かせて、認識してもらえたら嬉しいのにゃ」
「ポン、ポーン!」
そう言われて、僕は改めて彼女らが妖怪だと理解した。
毎日一緒に過ごすうちに勘違いするようになっていたが、彼女らは人間じゃない。友達にはなれても人間と同じにはなれないのだ。遠野さんですら。
なら、人間の都合で物事を考えていた僕が間違っていた。今の考えは……件が妖怪にも予言を告げたらいいというのは、完全に人間本位でしかない。
「ごめん、ちょっと自分勝手だったね」
「別に構わんのにゃ。ただ、ウチらも件もそういうものってだけにゃ」
「気持ちは分かるがのう。人間が食べて寝ないと死ぬのと同じで、件の行動も予言もそう定められておるというだけの話じゃ」
「ポーン、ポン、ポーン!」
けど、こんな優しい彼女らを僕は大好きになってしまっている。
妖怪だから、人間と違うからといって無下になどできやしない。だから、僕はどうしても件のことを諦められない。
「ねえ、話は変わるけどさ」
「うん?」
「にゃ?」
「ポン?」
「どうにか件と話す方法、考えられないかな?」
「……話、変わってないにゃ」
「まったく、ミケはおかしなやつじゃな」
「ポン」
こうして僕は、僕らは、件と話すための作戦を練ることにした。
とは言っても、不可能は可能にできない。無理なものは無理だ。
情報を整理すると、件は必ず死んだ仔に憑りつく。そして母親から産み落とされると、僅かな時間を予言の伝達に費やして、死ぬ。
近くに伝える相手がいない場合はそのまま死んで、妖怪がいた場合は世間話をしてから、死ぬ。
つまり、時間が無いから人間と世間話はできないし、ルールがあるから妖怪に予言は伝えられない。確認した限りでは生きた肉体には憑依できないし、天寿を全うした亡骸にも憑依は不可能らしい。生きても死んでもいない微妙なラインにしか憑依できないってことなのかもしれないな。
たったこれだけの情報だけど、たぶん彼女たちは何度も何度も件と相対して、少しずつ教えてもらったのだろう。その度に件は、命を終えて。
「たとえば人形とかは? 木彫りとか石像とか」
「これはワシの勘じゃが、生きた臓物が無いと無理な気がするのじゃ」
「なら、人工的にクローンとか作ったら憑依できるってこと?」
「そういうことなのじゃろうが、そんなもん作れるかのう?」
「夏休みの自由研究にゃ。人体模型ならぬ人体複製にゃ」
「先生が卒倒しそうだから止めておこうか。けど、方向性は間違ってないのかも」
彼女らと話しながら、僕はアイミスにも確認を取る。
すると、その線で考えるのは概ね間違っていないと分かった。
〖妖族の件は、分かりやすく言えば魂の無い肉体にのみ宿ることが可能です〗
(なら、死んだばかりの体なら憑りつけるってこと?)
〖死んだ体というのは、そのままの意味で死ぬ、または死につつある体です。そこに宿ることは可能でも、間もなく死を迎えることに変わりはありません。ただ苦しめるだけです〗
(なら、宿ってから回復するのは?)
〖魂が抜けた段階からの回復は不可能です。回復可能な場合は魂がまだ残っているため、件が宿ることが不可能です〗
「ううむ……難しいんだね」
思わず声に出した僕を、琴子たちが見遣る。
結構簡単に考えていたけど、こんなに難しい問題だったとは。そもそも宇宙最先端のナビゲーションシステムが魂とか言い出すの?
〖いえ、簡単なことですよ〗
(へっ?)
すると、アイミスが手のひらを返したようにそんなことを言う。
今の今まで難しいと言っておきながら、今度は簡単だって?
〖難しく考えすぎかと。よろしければアドバイスしても?〗
(うん、何か案があるなら、是非)
〖あるでしょう? 魂が宿っていない肉体が。それも、いくらでも〗
(はあ? そんなもの、いったいどこに――――って、もしかして……)
〖はい、その通りです〗
アイミスの指し示すものが何なのか気付いた僕は、計画を本格始動させて琴子たちに協力を仰ぐことに。まさか、こんな簡単な方法があったなんてね。




