q5「ナビとは」
鳥居の前での出来事のあと、僕は学校へ向かった。
体感だと大幅な遅刻に思えたのだが、到着したのは朝のホームルームが始まる直前だった。ラスターさんと話している間は不思議な宇宙パワーとかで時間が経過しなかったのかもしれない。
それからは、さっきまでの出来事が嘘のように変わらぬ日常を送る。勉強も、友達との会話も、体育の授業での運動音痴もいつも通りである。
昼休みに弁当を食べようとして「食事して大丈夫か?」と焦ったが、思い切って食べてみたところ何事もなかったので大丈夫らしい。
そんなふうにいつもと変わらず、強いていうならいつもより冷静なくらいで、特別な力などは一切無く。まあ、急に超人みたいになっても困るけど。
そうして帰りのホームルームまで終わって、いつもと同じように下校時間を迎える。ちなみに僕は帰宅部なので、あとはこのまま帰宅するだけだ。
「光明、またな」
「うん、また明日」
何人かの友達と挨拶を交わすと、朝に来た道を再び歩く。
クラスメイトや友人の反応を見る限り、客観的に見ても何ら違和感は無かったようだ。実体のある映像、凄すぎる。
そういえばQ点で消滅したはずの僕の制服や手荷物、それに母さんが作ってくれた弁当まで元通りだったのには驚かされた。ラスターさん、本当にありがとう。
やがて僕は例の鳥居に差し掛かり、そこで足を止めた。
「……夢、じゃないよね」
未だに朝の出来事が信じられない。今こうして見ても、僕が死んだ痕跡や宇宙人が来た証拠なんて何一つ残っていないのだから。
実は白昼夢を見ただけで、あれは全て現実の出来事ではなかったのではないか……そんなふうに思ってしまう。
「ただいまー」
だから、僕は朝の出来事が現実かどうかを確かめることにした。
会社勤めの父とパートの母はいないし、小学生の妹は放課後のクラブ活動でまだ帰って来ない。ただいまの挨拶をして誰もいないことを確認すると、僕は自分の部屋へと急いだ。
「よし」
覚悟を決め、大きく深呼吸をする。
そして僕は僕以外に誰もいない部屋の中で、ボソッと独り呟いた。
「……ナビゲーションシステム、応答せよ。何か反応してください」
もしも朝の出来事が夢や幻なら、これは完全にヤバめの独り言になるはずだ。そうなったら本気で病院に行こう。
だが、そんな僕の懸念はあっという間に消え去ることになる。
〖……声紋を確認、登録を完了しました。はじめまして、こちらは機能補助のための疑似人格搭載型ナビゲーションシステムです〗
「はっ、はじめ、まして……」
〖初期設定は事前に完了しています。生体登録及び仮認証クリア。全機能に異常ありません〗
「やっぱり夢じゃなかったか。よかったような、悪かったような……」
〖仮認証から上位永久認証へ移行します。使用者名を登録してください〗
戸惑う僕を置き去りにし、ナビゲーションシステムとやらが淡々とメッセージを読み上げていく。本当にゲームみたいだ。
「えっと……名前を言えばいいですか?」
〖肯定します〗
「柳谷、光明……です」
〖――――xxxxにおける「柳谷光明」を本ナビゲーションシステムのメインユーザーに登録しました。よろしくお願いします、柳谷光明〗
「うん、よろしくお願いします……」
女性のような優しい声に思わず緊張してしまう。
この球体――新ボディを獲得しても、やっぱり僕は陰キャなままのようだ。システム相手だというのに、相変わらずオドオドした話し方しかできない。
〖柳谷光明、何か要望や質問があればいつでもどうぞ〗
「えっ? そうですね……聞きたいことは山ほどありますけど」
ナビゲーションシステムからそう言われたものの、いざ質問するとなると何から聞いていいかが分からなくなる。学校では色々なことが頭の中を巡っていたというのに、本番となると全く駄目だ。
しかし、球体のおかげか段々と冷静になっていく。すると頭の中が整理され、聞きたいことが浮かび始めた。
「それじゃあ最初に、この球体のことから聞いてもいいですか? 僕にどこまで理解できるか不安ですけど……」
〖当ナビゲーションシステムに敬語は不要です。どんな質問でも返答可能です。返答は地球人類あるいは柳谷光明の理解可能な範囲で翻訳や内容の省略、造語などを用いて行うため、心配は不要です。もし理解が及ばないケースがあれば説明内容を繰り返しまたは訂正します〗
「うん、分かった。それじゃあ最初に、この球体って充電とか必要? お風呂とか食事とかトイレとか、日常生活って普通に送ってて大丈夫? なにか気を付けるようなことはある?」
〖活動エネルギーは複数の経路から補充可能です。地球人類では今のところ未発見なものが多数あり、エネルギー切れの可能性は現状で0%です。日常生活についてはこれまで通りで大丈夫です。球体本体は基本的に外部からの影響を受けないため、入浴行為に問題はありません。投影されている柳谷光明の体を以下「疑似人体」と称すると、疑似人体の口から取り込んだ食物は異空間経由でエネルギーに変換されるため、食事も問題無く摂取可能です。排泄行為も必要ありません。ただし排泄に向かう様子が無いと周囲に怪しまれる可能性が高いため、一般男性の一日の排泄回数を参考にした適時のアナウンスを提案します〗
「……はい。もの凄く優秀なナビゲーションシステムだというのは理解しました。細かいことは任せて大丈夫そうだね、よろしく」
〖承諾を確認。排泄のアナウンスは一日に六回を目安に設定します〗
いかにも機械的で淡々とした説明に、呆気に取られる。こんなに優秀なら何があっても大丈夫そうだけど、こっちが付いていけるかが心配になるな。
そんなふうに思いながら、僕は次の質問を考えるのだった。