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q47「謎のヒーローとは」


 僕の分体が張り込みを始めて、丸一日経った頃。


「なあなあ、ガッコーに遊びに行こうぜ」

「ええ? お、怒られちゃうよぉ」

「大丈夫だって、花子は心配性だなあ」


 夏休み中の中学校に、三人の生徒がやって来る。

 ボールを持った活発そうな男の子に、眼鏡の男の子。それに花子と呼ばれた女の子の三人組だ。中学生になっても男女で遊ぶとは、相当な仲良しかな?


「ねぇ、止めようよぉ。夏休み中は用事が無いと入っちゃいけませんって、先生に言われたでしょお?」

「大丈夫だって。見つかっても怒られるだけだし。少しくらい、いいじゃん」

「結局怒られるんじゃねーかよ。あはははっ」

「うう……分かったよぉ。けど、見つからないように、なるべく静かにねぇ?」


 三人は、中学校の校門から入ってすぐのスペースでボール遊びを始める。女の子はともかく、残る二人は全く隠す気が無いよね。確実に見つかると思う。


(……そういえばさ、大時計の下敷きってどういうことなんだろう? 時計台が倒れたりはしないよね、流石に)


〖ミケの機能を借りて調べたところ、時計台と大時計の接続部に深刻な老朽化が見付かりました。恐らく、あと二十四時間十五分四十二秒後に破損するかと〗


(ええっ⁉ それじゃあ、すぐに直さないと! よかった、事前に気付けて)


〖いえ、待ってください〗


 すると、僕の提案にアイミスが待ったをかける。

 修理すれば解決するんだから、止める理由が見当たらないんだが。


〖それでは、またいずれ同じ事態に陥ります。次回もミケが対処できるとは限りませんし、今回より大きな被害になる可能性もあります〗


(えっ? それじゃあ、どうしたら……?)


〖なので、私に案があります。今回の老朽化に伴う破損は敢えて見過ごし、事故に()()()もらいましょう〗


(へっ⁉)


 とんでもない提案に、僕は動揺を隠せない。人が死ぬのを見過ごせって?

 アイミスが愚策を考えるはずもないし、その真意は何なんだ?


〖勘違いしないでくださいね。別に犠牲を出そうという話ではありません〗


(え? あ、そうだよね。ビックリしたァ)


〖今回は事故に起きてもらいます。大時計が落下し、こどもが下敷きに……()()()()()という事故に〗


(へっ? あ、そういうことか。死亡事故じゃなく物損事故ってことね)


〖はい。そうすれば中学校や市町村も事態を重く見て、対策に乗り出します。今後は同じような事故が起きないよう点検を増やしたり、他の箇所にも注意を払うでしょう。結果的にメリットが勝る結果となると思われます〗


(なるほど。流石はアイミスだね、まさかそこまで計算してくれてたとは)


〖恐縮です〗


 ナビゲーションシステムというより会社の秘書のような彼女に、僕は改めて尊敬の眼差しを向けた。アイミスのことは見えないけどね。

 それにしても、今回の事態はちょっとした騒ぎにはなりそうだ。けれど未来が良くなると考えれば、むしろ大きな問題になってくれた方がいいくらいで。


(その策って、僕の動きにかかっているってことでいいんだよね?)


〖はい。ミケが落下からこどもを助けられるかが鍵です〗


(こども……たぶん、そういうことだよね)


 そう言って、僕は目の前で無邪気に遊ぶ三人を眺める。

 なんとなくだが、僕にはこの子たちが事故の犠牲者に思えてならないのだ。予言の日は明日だというのに、何か予感めいたものがある。


(うん。分かった。それじゃあ、アイミスの案を受け入れるよ)


〖ありがとうございます。ナビゲーションシステムとして光栄に思います〗


(僕も、アイミスがナビゲーションで良かったと思えるよ。いつもありがとう。これからもよろしくね)


〖……は、はい〗


 なんだか一瞬、アイミスが口ごもった気がしたけど、そんなわけないよね。

 それはともかく、僕は翌日の事態に備えて脳内シミュレーションをしながら残りの時間を過ごすのだった。





  ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

  ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆





 そして、翌日のこと。

 昨日と同じ時間帯になり、僕の目の前では例の三人が無邪気に遊んでいた。


「もう、帰ろうよぉ。今日こそ怒られちゃうよぉ」

「大丈夫だって、昨日も結局見付からなかっただろ?」

「花子は心配性だな。いいから遊ぼうぜ」


 運よく見付からずに遊び切った三人……というより二人の男の子は、味を占めて今日もこの場所にやって来る。しかも、メンバーを一人増やして。


「ははん! 花子さんってば臆病ね! そんなんだから駄目なのよ‼」

「滝村さん……そんな大声を出したら、余計に見付かっちゃうよぉ」

「よーし、ビビりの花子は置いといて、遊ぼうぜ」

「今日は四人だから、二対二だな。行くぞー」

「わ、分かったよぉ。もう……」


 女の子が一人増えて四人になったこどもたち。楽しそうで何よりだ。

 だが、あと十五分ほどでこの楽しい時間は終わってしまうのだ。可哀想だけど、未来のために犠牲になってくれ。犠牲といっても、絶対に怪我はさせないから。


「コラーッ! 誰だ、勝手に入って来てるやつは!」

「ヤバッ⁉ 森永先生だ、逃げろ!」

「や、やっぱり見つかったよぉ。だから言ったのにぃ……」


 すると十五分後、教師に見つかったこどもたちは蜘蛛の子を散らすようにその場から逃げ出す。男の子二人はバラバラの方向に、そして女の子二人は一緒に。

 そして、愈々(いよいよ)僕の出番のようだ。誰を助ければいいかは一目瞭然、時計台に隠れようと走って来る二人の女の子のどちらかだろう。


「あうっ!」


 次の瞬間、滝村と呼ばれた子が足を縺れさせて転倒してしまう。

 花子と呼ばれた子がそれに気付き、慌てて引き返し――――



「危ないっ! 上だーーっ‼」



 ――――その悲劇は起きてしまう。


 大声で叫ぶ教師と、上を見上げたまま固まる二人。

 何事かと立ち止まって振り返る男の子たちも、もちろん教師だって彼女たちを助けることは叶わない。距離があり過ぎるのだ。


 咄嗟に花子と呼ばれた子がもう一人を付き飛ばそうとするが、中学生の女子の腕力では足りない。大時計は二人ともを巻き込むコースで鈍い音とともに落下。


 残念ながら痛ましい事故は防げず、後日の臨時集会で皆は同級生の死を知る……なんてショッキングな展開になっていたのだろう。

 だがそれは、(くだん)と僕が出会っていなければの話だ。



「いやああああああああ‼」

「きゃああああああああ‼」


「大丈夫だよ。(くだん)はママさんだけじゃなく、君らの味方でもあったから」



 そんなことを呟きながら、僕は二人を小脇に抱えて救出する。

 突然現れた僕にポカンとする教師や男子生徒を尻目に、僕は彼女たちを安全圏へとエスコートして着地した。


「……へぇっ?」


 女の子の間抜けな声と、辺り一面に大時計の轟音が響くのはほぼ同時だった。

 ズズンと地響きが鳴り、少女たちは地面に着いた手足で必死に体を支える。


「……あの、ありがとうございました。あなたは、いったい……」


「僕の名はクダン。通りすがりの正義のヒーローさ」


「……は、はあ……?」


「それじゃあ、アディオス。無事でよかったね、お嬢さんたち」


 口の周りだけを露出した仮面に、頭には鬼のような角。

 漫画のキャラが舞踏会で着ているような服装と、大袈裟な赤いマント。

 どこからどう見ても、正義のヒーローである。これでもかというくらいに。


〖……ミケ〗


(待って。言いたいことは分かるけど、僕の姿のままじゃ後が面倒でしょ? どうせ変装するなら胸焼けしそうなくらい大胆な方がいいじゃん?)


〖……ミケ〗


(いいじゃん! こういうの一度やってみたかったんだよ! 言いたいことは山ほどあるだろうけど、こんな機会なんて二度と無いかもしれないんだし)


〖…………ミケ〗





 翌日、町の地方新聞にセンセーショナルな記事が掲載された。

 内容に反してその文面は至って真面目なものだったが、最後の方に「なお、女子児童を助けた人物はヒーローらしき仮装をしていたと複数の証言があり、警察も行方を追っている」と書かれていた。


 ネットでも「正義のヒーロー、クダン(変質者)女子中学生を救出」と一時話題になったが、その正体を知る者は誰もいない。



「……にゃ。ミケ?」

「……おぬし」


「違うよ? 女の子を助けたのはクダンってヒーローだから」


「……にゃ。ミケ……」

「……まあ、ええがのう。おのれが、それでいいのであればじゃが」


「ねえ、誰か一人くらい褒めてくれてもよくない? 僕じゃなくクダンだけどさ」



 そうして僕は、皆の冷たい視線を浴びながら一人自分を称賛するのだった。

 それより警察が追っているって、表彰の意味だよね? 変質者が中学校に現れたって意味じゃないよね? 誰か違うと言ってほしいんだけど。



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