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q46「予言とは」


 目の前で起こった異様な光景に、僕は言葉を失っていた。


 すると間もなく、灰谷君が電話を終えて戻って来る音がした。

 部屋のドアが開くと、彼は真っ直ぐラッピーの下へ向かう。


「すまん、お待たせ。どうだ……って、産まれたのか⁉」


「あ、うん。たった今。けどさ、この子……」


「産声、まだだよな? すぐにマッサージしてやらないと」


「いや、産声っていうか、日本語……」


「は? とりあえずマッサージするから、コーメイは生まれた子犬を見てやってくれ。ラッピーは俺が見る」


「あ、うん。分かった」


 緊迫した空気に、僕は言われた通り四匹の子犬に視線を移した。

 それにしても、今のは何だったんだろう? 目の錯覚や幻聴ならまだいいが、そうでないなら色々とヤバい気がするんだけど。


「……あっ!」


 そんなことを考えていた僕の目の前で、灰谷君の抱える子犬からさっき見た光球が再び出現した。僕はそれを指差すと、慌てて灰谷君に話しかける。


「それ! さっきラッピーに入ったやつ!」


「は? なんだ、どれのことだ?」


「それ! 宙に浮いてる光の玉!」


「うん? それ? 俺には何も見えないんだが……」


「えっ?」


 その瞬間、僕は色々なことを察した。この感覚には覚えがある。

 これ、たぶん妖怪がらみのやつだ。僕にしか見えてない。


「えっと……ごめん、なんでもない」


「そうか? コーメイ、魂でも見えているのかと思ったぞ」


「魂? いや、まさか」


「あながち的外れでも無いんだ。どうやら、この子はもう……」


 そう言って、灰谷君はマッサージの手を止めた。

 彼の腕の中には、ダラリと脱力した子犬の姿があった。


「俺の経験上、この感じは生まれる前に死んでしまっていたケースだな」


「えっ? 死産ってやつ? それじゃあ、その子は……」


「ああ、残念ながら。というか既に冷たくなっていて、刺激しても意味無いだろうな。むしろ皮膚や内臓を痛める可能性もあるし、これ以上は止めた方がいいと思う。安らかに眠らせてやろう」


「……そっか。残念だね。ラッピーも頑張ったのに」


 僕はぐったりした子犬を見つめながら、アイミスに心の声で問いかける。


(ねえ、アイミス。この子、どうにかできない?)


〖残念ですが、生命活動が完全に停止しています。蘇生は不可能かと〗


(アイミスでも、球体の機能でも無理なの?)


〖分かりやすいように言うなら、既に魂が存在しません。なので残念ですが〗


(そう、なんだ。うん、ごめん。ありがとう)


 宇宙の技術でも不可能と知り、僕は小さく溜息を吐いて両手を合わせた。

 灰谷君も目を閉じて祈りを捧げているようで、僕たちは子犬の死を悼む。


「ラッピー、ごめんな。助けられなかったよ」


「ラッピー、頑張ってくれたのに力になれなくて、ごめん」


「ヒャン、ヒャン」


 謝罪する僕らに、彼女は短く二回鳴いた。

 それは「いいのよ。たぶん、お腹の中で死んでたように思うから」と翻訳されて僕に届く。彼女、なんとなく理解していたんだな。


(……ねえ、ところでアイミス。さっきの球体ってさ)


〖はい。あれは子犬の魂……ではなく、妖族の(くだん)です〗


(やっぱり。タイムリーな話だね。妖怪談義がなければ見当も付かなかったよ)


〖どうやら、死んだ子犬に憑りついて体外に出るよう仕向けたのかと〗


(……そっか。じゃあ、琴子の話通りなら、ラッピーを助けてくれたんだね)


 既に光球はどこかへ消えてしまっている。だが、僕は姿無き英雄に感謝を込めて「ありがとう」と呟くのであった。





  ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

  ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆





 出産の後、僕は帰宅した飼い主さんと挨拶してから家に帰る。

 灰谷君の話では、産後の経過とやらも良好だとか。四匹の子犬も元気らしい。

 亡くなってしまった子犬は、飼い主さんと灰谷君で埋葬するそうだ。なので僕は手を合わせてもう一度冥福を祈ることにした。


 そして、問題の(くだん)

 家に帰ってから琴子たちに話してみたところ、僕が見たのは間違いなく件だという結論に至った。そもそもアイミスがそう言ってたし。

 それよりも件が話した内容を検証する方が重要である。


「えっと、あの子は「中学校、二日後、大時計、童、下敷き、死」って言ってた」


「それは件の予言じゃな。必ず当たるのじゃ」

「件の能力なのにゃ。未来予知にゃ。百発百中にゃ。必中にゃ」


「てことは、二日後に中学校の大時計の下敷きになって、こどもが死んじゃうってこと? 確かに中学校に大時計はあるけどさ」


「そういうことじゃ。件の予言は必ず当たるが、それを信じて備えれば変えられるものばかりじゃからな。ミケが対処すれば死なずに済むじゃろ」

「ミケ、ヒーローになれるにゃ。女子を助けてフォーリンラブにゃ。三股……じゃなく四股の開始にゃ」


「待って。今、なんで増やしたの? 誰と誰と誰で三股で、誰を追加して四股になったのか、そこんとこ詳しく」


「そんなことより善は急げにゃ。今から中学校を偵察に行くのにゃ」


「話を聞いてよっ!」


 聞き捨てならないことを言った琴子は後で追求するとして、今は予言の方だ。

 確実に当たる予言だというなら、無視はできない。



 それから僕は琴子たちと一緒に中学校へ向かった。

 この町に中学校は一つだけ。僕が通う高校の隣に建っていて、敷地を一部共有している。どういう仕組みかは知らないが、校長先生も同じ人だ。

 琴子たちの話から察するに、その人が大妖怪のっぺらぼうなのだろう。朝礼で見た時、普通に顔があったけど。


「ねえ、琴子ってさ。僕らの高校にずっと居たってことは、もしかして隣の中学校にも行ったことある?」


「もちろんあるにゃ。識那やミケが通ってた頃もお邪魔してたにゃ」


「へえ、そうなんだ。識那さんはともかく、僕はその頃は見えてなかったからな。すれ違ったこともあっただろうにね」


「そうだにゃ。けど、識那はともかく他の誰も見えてなかったから、つまらないだけだったにゃ。一人遊びだったにゃ」


「それは残念だったね。それにしても識那さん、中学三年間もきっちり隠し通すなんて、やっぱり凄いなァ」


 そんなふうに思い、僕は中学時代の識那さんを想像する。毎日ではないだろうけど、きっと心労が凄かっただろうな。

 ちなみに中学校と高校は同じ敷地だが、エスカレーター式というわけではない。だから高校受験はしっかりとあったし、当然落ちた人だって何人かはいる。そういう人たちは隣町の高校などに通っているらしい。


 僕や識那さんは合格できたので、晴れて同じ通学路を利用する日々を手に入れた。校門と校舎だけは違うけれど。

 なお、識那さんとはクラスが違っていたので中学時代に面識らしい面識は無かった。見た覚えはあるし、一応は同窓生なんだけどね。


「さあ、着いたよ。それで、あれが大時計だね」


 思い出話っぽいものに華を咲かせているうちに、僕らは中学校へ辿り着いた。

 そして、僕らの視線の先には大きな時計台が(そび)え立っている。それは、ちょうど高校と中学校の境界面付近の、やや中学校側にあるのだ。


「久々に間近で見たけど、結構大きいよね」


「昭和からあるのにゃ。おじいさん古時計なのにゃ」


「それだと違う意味に聞こえるんだけど。年代物の古い時計台ってことでしょ?」


「まったく、こやつは昔からテキトーな物言いばかりじゃからな。理解してくれる相棒(ミケ)に感謝せんといかんぞ」

「もちろん感謝してるにゃ。ミケとウチはツーカーの仲にゃ。運命の人にゃ」


「それも意味が違って聞こえるから。ていうか恥ずかしいから止めて」


 運命の人という胸キュンワードに微妙に照れていると、時計台の天辺にある大時計から時報の音が鳴り響いた。かなり大きい音である。


「そういえば、二日後って正確には何時なんだろう? 件の予言からピッタリ四十八時間後ってことなのかな?」


「いや、そこまで正確にはならんじゃろうな。件の予言から二日後、その日の午前零時かもしれんし、午後十一時五十九分かもしれん」

「なら張り込みするにゃ。刑事ドラマにゃ。お供はアンパンと生キャラメルにゃ。もしくはカツ丼食うにゃ?」


「いや、そこはアンパンと牛乳でしょ。水分が無いじゃん。あと、カツ丼は重いよ。ていうか気に入ってるんだね、そのフレーズ」


 今時、刑事ドラマも古いなと思いつつ、僕は作戦を考える。

 確かに琴子の言う通り張り込みが一番いいとは思うけど、冷静に考えれば中学校の入口にずっと居る人なんて不審者でしかない。不審者オブ不審者だ。


 ならば視覚を強化して自宅から監視……だと、こどもの救出に間に合わない可能性がある。いっそ庭木にでも()()して張り込んでいようかとも思ったが、それだと自分の家族に心配をかけてしまう。下手したら捜索願いが出されるかも。


「うーん。家に分身でも置いておけたらよかったのに……あっ!」


 そこまで言って、僕はこの状況に最適な機能があることを思い出した。

 先日入手したばかりで忘れていたが、そういえばアイミスにも褒められたじゃないか。相性が抜群で、使いこなせてるって。


「よし、それじゃあ今日のところは一旦帰ろうか」


「いいのにゃ? 張り込みしないのにゃ?」


「いいのいいの、なんとなく分かったからさ」


 そう言って中学校に背を向けると、僕は琴子たちと一緒に自宅へ戻る。

 ……ただし、その場に二つの()()を残して。



 僕たちが去った後、それらは中学校の時計台に張り付き、まるで時計台の一部であるかのように擬態したのであった。



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