q43「次なる新機能とは」
夏休み中盤の、とある日。
僕は久々に適合率上昇のタイミングを迎えていた。
何度も経験して慣れたとはいえ、前回のことが頭を過ってしまう。この前は急に妖怪が見えるようになってビックリしたからなァ。
〖ミケ、準備はいいですか?〗
「う、うん。お願い」
少し緊張するが、覚悟を決めてGOサインを出す。
今回はどうか、心臓に優しい機能でありますように。
〖では行きます。適合率微増……完了。気分はどうですか?〗
「……うん。今回も相変わらず、軽い眩暈だけだったよ。あっさり済んだね」
〖はい。それでは、今回追加された機能ですが……〗
何か起きるかと身構える――が、今回は特に何も無かった。まあ、そうだよね。
前回が特殊だっただけで、そうそう不思議なことなんて……いや、新機能を獲得すること自体が普通の人間ではあり得ないんだけどさ。
〖今回はパッシブとして「属性技/炎氷」が解放され、アクティブとして「術理/治癒」と「思考/分割」が使用可能になりました。さらに特殊機能の「分体」も解放されています〗
「おお! また術理が増えたんだね。他のも凄そう」
〖属性技/炎氷は、熱操作の機能です。パッシブ機能なので状況に応じて自動発動します。術理/治癒は、他者の疲労やダメージなどを回復することができます。ミケがいつも行っている疲労回復が、他者に応用できると思ってください〗
「ふーん? 熱操作はよく分からないけど、術理はやっぱり便利そうだね」
アイミスの解説を聞き、新機能の想像をする。
使い勝手はよさそうだけど、使いどころは難しそうだ。事情も知らないのに急に疲労が抜けたら困惑しかないだろう。
〖思考/分割は、使用すると複数の思考を同時に行えるようになります。分割できる数は熟練度や適合率によって変動します〗
「なんだかゲームや漫画に出てきそうな能力だね。頑張って練習してみようかな」
〖最後に、分体機能ですが。こちらは自分の複製体を出現させることができます。その際の外見は、擬態機能と同じく自由に変えられます〗
「えっ? それって……つまり、こういうこと?」
なんとなく想像が付いたので、早速それを扱ってみる。
頭の中でイメージを膨らませると、僕の目の前に二つの影が出現した。うん、成功のようだ。
〖……これは?〗
「えっと、怪獣vs機械化怪獣を想像してみたんだけど」
〖ミケはこの手の機能との相性が抜群ですね。まさか説明しただけで、こんなにあっさりと使いこなすとは……〗
「うん、そうかも。擬態もそうだったけど、想像力なら自信があるよ」
珍しくアイミスに感心され、調子に乗って分体を自分の姿に変える。
三人並んだ僕たちが立ち位置を素早くシャッフルし、ポーズを決めた。
「本物、どーれだ?」
〖……本気で言ってます?〗
「ですよね。流石に分かるよね?」
〖はい。もしこれが分からなければ、ナビゲーションシステム失格です〗
「ですよね……」
テンションが上がってアホなことを言ったが、アイミスに通じるわけが無い。
陰キャが調子に乗ると碌なことにならないと、改めて思い知らされるのだった。
さて、そんなことより今日は、識那さんとの第二回妖怪談義の日だ。
今日の一番の問題は、人魚のイリエだ。識名さんにイリエのことをどう説明すべきか、それが悩みである。
結果、僕が導きだした結論は、こうだ。
「……なんか、クッション売場にいたから、連れてきた」
「雑だにゃ」
「雑じゃのう」
「ポーン……」
正直に話したいところだが、そうすると遠野さんの秘密がバレてしまうし、もしそこだけ伏せても荷物に隠して運んだことの説明が付かなくなる。
それなら、心苦しいが全面的に嘘を吐いた方が無難だ。下手に複雑にして、遠野さんにまで迷惑をかけるわけにはいかないからね。
「は、はじゅめましゅてえぇぇ~」
「よ、よろしくおねがいします……」
「はへえぇぇ……ここは極楽浄土ぉぉ~」
「よ、余程、クッションが好きなんだね? 人魚なのに……」
幸いにも、実際の光景を目にしたおかげで識名さんは全く疑いもしなかった。
クッションから離したらキリッとした顔で「嘘はいけません」とか言いそうなのに、駄目モードだとこれだもんな。
まあ、イリエは義理堅そうだから「話を合わせましょう」と言ってくれる気もするけどね。
あとは琴子たちがボロを出さなければ大丈夫だろう。信じてるよ、琴子。
「け、けど、人魚って言うから部屋にエッチなマーメイドのお姉さんがいるのかと思ったよ。日本独自の方だったんだね」
「だよね。僕も人魚のイメージって、マーメイドだったよ。まあ、慣れたけど」
「識那はエロJKなのにゃ。エッチって、何を想像してたのにゃ?」
「ち、ちがっ! じょ、上半身が裸の女性でしょ、マーメイド! だから……」
「こんの馬鹿猫の言うことを真に受けんでいいのじゃ。識那は純粋じゃのう」
そうして識名さんとの妖怪談義は平和に進み、今日も色々な話題で盛り上がる。
美少女JK……もとい女子と二人なんて、互いに変に意識してしまいそうなものだが。生憎、賑やかな妖怪たちのおかげでその心配は無さそうだ。
「海彦って未来を予言できるんだよね? なら、協力してもらって占い師として商売できそうじゃない?」
「前にも言ったが、海彦はただの海坊主なのじゃ。たまたま言ったことが当たってしまっただけで、あやつに予知能力なぞ無いのじゃ」
「一発屋なのにゃ」
「ああ、そういえば言ってたっけ。うーん、残念。動画投稿で稼げるかと思ったんだけど」
僕が、そんな若干邪な考えを巡らせていると、識名さんが妖怪図鑑を捲って何かを指差す。
そこには、人面魚ならぬ人面牛のイラストがあった。
「じゃあ、これは? 予言を残す妖怪、件だって」
そのイラストの妖怪は、ニンベンにウシと書いて「件」というらしい。
文章で「くだんの……」とは聞くけど、こういう漢字を書くのは初めて知った。
「……けど、解説がちょっとエグいね」
「えっ? そこはまだ読んでなかった……ふえぇ、本当だぁ」
「えっと、件とは……妊娠した家畜に憑りつき、腹の中にいる出産直前の仔を殺して成り代わる妖怪である、だってさ。しかも、生まれると予言を残してすぐに死んでしまう、とも書いてあるね。こんな怖い妖怪もいるのかァ……」
「ちょーーっと、待つにゃ!」
残酷な説明文にドン引きしていると、急に琴子が声を張り上げる。
どうしたのかと見遣ると、鈴子やポンちゃんまでもが怒りを露にしていた。
「その話、真っ赤な嘘にゃ! デタラメにゃ‼」
「へっ?」
「琴子の言う通りじゃ。あやつは……件は、仔を殺したりしないのじゃ」
「ポン! ポポーン!」
この三者が揃って怒るだなんて、珍しいな。
そう思いながら、僕は識名さんとアイコンタクトを取り、首を傾げる。
「本当は、どんな妖怪なの?」
「にゃああ! 件はめっちゃいいやつだにゃ! ママさんたちの味方なのにゃ!」
「え? え? どういう……こと?」
憤慨する琴子の説明ではよく分からず、僕たちは余計に困惑するのだった。
件って、いったい……?