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EX-2「識那三重籠の困惑」

閑話です。


本編に影響しません。読み飛ばし可。


 私の名前は識那(しきな)三重籠みえる

 少し気弱な、普通の女子高生である。



 私に変わったところがあるとすれば、それは()()()こと。

 名は体を表すと言うが、名前が原因なのかは分からない。たぶん違うかな。


 何が見えるかって?

 それは私にもよく分からない。


 けれど、物心ついた頃から私には当たり前に見えていたのだ。

 それらを何と呼ぶかは、当時の私には分からなかったが。



 最初のうちは周囲の人にも見えていると思っていた。

 何故なら、それらは空を舞う蝶々や地面にいるダンゴ虫、あるいは鼠や小鳥と同類で。誰もがそれらを然程(さほど)気にかけず過ごすのと同じことだと思っていたのだ。


 しかし、段々と違和感が生まれる。

 虫や鳥なら図鑑に載っていたし、稀に話題に挙げる人もいた。けれど()()を話題に挙げる人はいなかった。

 ならばと、こちらから話題にしても、指さしても、皆は首を傾げるばかりで。

 

 そんな状況が急展開を迎えたのは、とある夜のこと。



“今夜の特集は、奇々怪々な妖怪たちのアレコレだ”



 たまたまテレビでやっていた特番を見て、私は漸くその名前を知った。

 日常的に見ていた姿に、それぞれに付けられた呼び名がセットで紹介される。どうやらそれらは総称して「妖怪」と呼ばれる存在らしい。


「ママ。これ……」


 テレビを見ながら母に色々と話そうとしたところで、私は酷く困惑した。



“妖怪を見たことがあるという方に話を聞いてみました。どうやら彼女は日常的に妖怪が見えるらしいのです”



 ナレーターの言葉に、私の思考は停止する。

 それはまさに私のことのようで。しかしながら言っている意味が分からない。


「妖怪が見えるとか、絶対に嘘よね」

「構ってほしいだけなんだろ。胡散臭い」

「本当かよ。おかしい人なんじゃない?」


 どれが家族の言葉で、どれがテレビの声か分からない。

 私は強い眩暈に襲われ、動悸が止まらなくなっていた。


 妖怪って、見えないの?

 見える人は変で、おかしい人だと思われるの?

 嘘吐きの、かまってちゃんなの?


 だけど、今もそれらは確かに窓の外にいる。

 家の中にも、寝室のベッドの横にだって存在している。


「ねえ、ママ。私がこの「ようかい」見えるって言ったら、どう思う?」


 思い切ってそんな話を切り出した私に、母は厳しい顔で言い放った。


「そんなこと言うもんじゃありません。変な子だと思われるわよ」

「まあまあ。子どもっていうのはテレビに影響を受けやすいものだよ」

「でもあなた。この子が家の外でそんなこと言って歩いたら、いい笑いものよ」


 その瞬間、私は悟った。

 妖怪は、見えてはいけないもの。私にしか見えない、おかしなものだと。

 私は今後、それらを存在しないものとして暮らさなければならないのだと。


 幸いにも私は自力でそのことに気付けた。

 だから変な子だと言われずに済んだ。普通の子になれたのだ。


 そんな普通の子の私は、妖怪を見て見ぬふりする方法を身に着けて行った。

 おかげで私は普通のまま、高校生になることができた。きっと、この先も……。





「たのもーーーーっ、にゃ‼」


 そんな私に転機が訪れたのは、初夏のある日のこと。

 急に響いた大声に、私は目を見開いて教室の入口を見遣った。


「みーえーてーるーにーんーげーんーは? どこかにゃ?」


 何が起きているのか分からなかった。

 そこにいたのは猫又という妖怪。普段からグラウンドや校舎の隅で見かけてはいたものの、私はいつも通りにスルーしていたのだ。


 それがどういうわけか、急に私の教室へやって来たではないか。

 しかも、()()()()()を探して。


(なんで⁉ 私、妖怪が見えるなんて誰にも言ったことないのに。目を合わせたことも無いし、気付かれるキッカケなんて無かったよね?)


 冷や汗が止まらない。

 顔を伏せて知らんぷりを決め込むが、猫又は確実に私の方へ近付いて来る。


(嘘でしょ。私、どうなっちゃうの? 憑りつかれて殺されちゃうの? こんなところで私の人生、終わりなの?)


「ウーチーとーあーそーびーたーいーひーとー? この指止まれにゃ!」


(ひっ⁉)


 猫又の足音がタタタと聞こえ、私は恐怖に顔を引き攣らせて頭を抱え込んだ。

 もう終わりだと絶望感に苛まれたまま、その時が来るのを覚悟する。


「お前さん、見えてるのにゃ? 見えるにゃよね?」


「……」


「……わっ、なのにゃ‼」


「……?」


 だが、どうにも様子がおかしい。

 なんだか猫又の声、私の傍からは聞こえない。


 恐る恐る顔を上げてみても私の目の前に猫又はいなかった。

 いったい何がどうなっているのかと混乱していると、再び猫又の声が耳に入る。


「しぶといやつだにゃ。カツ丼、食うかにゃ? ウチは油が舐めたいのにゃ」


「……?」


 その声は明らかに教室の後ろの方から聞こえてくる。

 窓の外を眺めるふりをして恐る恐るそちらに視線を向けると、そこでは想定外の出来事が起こっていた。


(えっ⁉ あの人……柳谷君!?)


 なんと、猫又はクラスメイトの柳谷君の机によじ登っていたのだ。

 しかも明らかに彼を狙い撃ちして叫んでいる。つまりは最初から彼が狙いか。


(え? まさか彼も見える人なの? けど、完全に無視を決め込んでるよね)


 よく見ると、彼は何をされても教壇に目を向けたまま動じていない。

 それが自分と同じく幼少の頃から鍛えられたスキルによるものなのか、それとも本当に見えていないのかは不明である。

 けど、猫又は彼が見えると思ったからここまで来たのだろう。私はドキドキしながら事の顛末を見守ることにした。




「……残念にゃ」


 やがて、諦めたのか。猫又は騒ぐのを止めた。

 どうやら決着がついたようで、柳谷君が憑りつかれる事態は回避できたらしい。


「にゃ?」


 だけど、次の瞬間。

 机の上で片足立ちしていた猫又が、バランスを崩して後方に倒れたのが見えた。


「あっ⁉」

(えっ⁉)


 その瞬間、柳谷君が猫又の腕を掴んだのが分かった。

 彼の声にクラス中の視線がそちらに向けられると、そこには言い訳のしようも無い程にしっかりと猫又に触れる彼がいた。


「……柳谷? 急にどうした?」


「あっ、いえ。消ゴムが落ちそうになったので、咄嗟に……」


「そうか。それじゃあ授業を続けてもいいか?」


「すみませんでした。どうぞ続けてください」


 平然と嘘を吐く彼に、私はあることを確信した。

 彼は私と同じ、見える人。しかも私が経験したことのない「妖怪に触る」という行為をやってのけた人だ。


 私は視線を教壇に戻すと、ニヤけそうになる顔を必死で取り繕った。

 同志が見つかったこと、慌てふためく彼の姿、意外とファンシーな猫又。どれにニヤけそうなのか自分でも分からないが、とにかく我慢するのが大変だった。


「……にゃはっ♪」


 だが、一転してその声にゾッとする。


 ニヤけている場合ではないのかもしれない。彼はこの後どうなるのだろう。

 もしかしたら彼と会えるのは今日が最後になるかもしれないのだ。妖怪に憑りつかれた人がどうなるかなんて、私にも分からないのだから。

 けれど私には何もしてあげられない。私は見えるだけで霊能力者や陰陽師ではないのだ。彼がこの世から消えるとしても、ただ黙っていることしかできない。


 そうして私が自分の無力さに打ちひしがれ、彼との別れに怯える日々を――――








 ――――過ごし始めてから、数日後。


「にゃははっ! ミケ、この漫画、めっちゃ面白いのにゃ! 早く次のページにスライドするのにゃ!」


 彼はまだ生きていた。

 それどころか、猫又を頭の上に乗せて普通に生活していたのである。


「煩いのにゃ? 悪かったにゃ。今夜マッサージしてやるにゃから、許せにゃ」


 しかも驚くことに、なんだか仲良さそうにしているではないか。

 話の内容から推測するに、猫又は彼の家に一緒に帰っている可能性すらある。夜のマッサージってどういうこと?


(え? あれが憑りつかれてる状態? それともただの友達? 居候? 共生? 同棲? あんな小さい子と? 柳谷君って……もしかして変態?)


「ちょっと、三重籠ちゃ~ん? 聞いてますかぁ?」


「……へっ? あ、ああ、ごめんごめん。いのりちゃん、何?」


「だーかーらー! 来週の校外学習、柳谷君と一緒の班でしょ? 今のうちに一回、挨拶しておこうかって言ってんの」


「や、柳谷君⁉ あ、う、そう、そうですね」


「……な~にキョドってんの? で、どうする?」


「うん、ごめん。そうだね、声かけておこうか」


 友人の提案で、私は我に返った。

 結局、彼と猫又の関係なんて分からないままだ。けれど偶然にも接触するチャンスができたようで、この機会に彼のことをもっと探るべきか。


 そんなふうに思い、私は友人のいのりちゃんと一緒に彼の席へと向かう。

 来週の校外学習、波乱の予感しかしない。


「来週の校外学習、同じ班みたいだから」




 ……この時の私はまだ知らない。

 まさか向かった先の古民家で、あんな光景を目の当たりにするとは。


 私の普通な日々は、もしかしたら既に崩壊しているのかもしれない。

 妖怪たちと……彼の存在が原因で。





「はぁ~、今日もポン君は可愛いねぇ」


「識那! ウチも撫でるにゃ!」


「はぁい。琴子も可愛いよぉ~」


「……すっかり馴染んだね、識那さん」



 そして、想像もしていなかった。

 まさかわたしが、彼の部屋で妖怪たちと一緒に過ごすことになろうとは。



 私は識那三重籠。

 少し気弱な、普通の女子高校生……のはず。たぶん。



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