q39「ナンパ撃退法とは」
これまで使うことのなかった「気配察知」をオンにする。
この機能は、僕自身や登録した人物の周囲に結界のようなものを張り、そこに近付く悪意ある者などを知らせてくれるのだ。つまり識那さんや遠野さん……あと、ついでに灰谷君を登録しておけば、危機を事前に察知できるというわけで。
「ねえねえ、カノジョ。ちょっと遊ばな……」
「おーっと、識那さん。そろそろ昼ご飯でも買いに行こうかァ」
と、こんなふうに先手を打てるというわけだ。
眠らせていた機能だが、この状況では非常に便利である。
「ねえねえ、カノジョ。ちょっと遊ばな……」
「そぉい! 遠野さん、あっちで泳ごうぜ!」
それにしてもナンパ、多すぎじゃない?
しかも、毎回同じ相手じゃないのが面倒だ。確実にそれ目的で来てるでしょ。
「ねえねえ、カレシ。あたしらとイイことしな……」
「おーっと! 灰谷君……って、これは別にいいのか?」
「いや、助かったよコーメイ。さっさと行こうぜ」
「でも、いいの? 結構綺麗なお姉さんたちで……」
「いいから、いいから。興味なし。それじゃあ、失礼しまーす」
てっきり灰谷君の恋路を邪魔したかと思ったが、どうやら今のは宗教の勧誘や詐欺まがい、つまりは金目的の人たちだったらしい。
灰谷君曰く、彼のようにヒョロヒョロした人に声を掛けてくる女性は一定数がそういう手合いなのだとか。あとは弱々しい男を虐めたい、屈服させたいなどの性癖の持ち主が多く、どちらにせよピンチだったことに変わりなかったみたいだ。
一瞬、相性次第では楽しく過ごせそうだなと想像してしまったが、人間嫌いの灰谷君にはマイナスしかないよね。ごめん。
「灰谷君は好きな人とかいないの? 人間嫌いでも、将来は結婚とかさ」
「俺はそういうのいいよ。一生独身で、アンドロイドに世話してもらいながら動物たちと楽しく暮らすからさ。どうしてもって言うならコーメイと結婚するが?」
「いやーん、エッチ。僕も灰谷君なら大歓迎だけど、アンドロイドと仲睦まじく過ごすのを邪魔するのは申し訳ないかな」
「ふっ。すまんな、コーメイ。俺の心は未だ見ぬアンドロイドちゃんに奪われちまってるのさ。とりま大金持ちになっておかないと駄目だな。世の中、金だ」
そんな冗談を言い合いながら、助けた灰谷君を連れて竜宮城……ではなく荷物のあるビーチパラソルまで戻る。流石に警備員から見えるパラソルのところまでは、ナンパ男やナンパ女さんたちも来ないようで。
「……三重籠。本気で彼を狙ってるなら積極的に行かないと駄目だよ。あの通り、素でヤバいんだから。そのうち他の誰かに取られちゃうかもだよ?」
「ふぇっ⁉ な、何言ってるの? それなら、いのりちゃんこそ……」
「わたし? わたしは別に……ま、まあ、さっきナンパ野郎から助けてくれたのはちょっと格好よかったけどさ」
「……前途多難にゃ」
「見境の無い博愛者め。他の陰キャが血涙を流しそうじゃの」
なにやら僕がヤバいという悪口が聞こえた気がしたけど、気を取り直してみんなとの時間を楽しむことにする。
ナンパ目的の人たちは相変わらず徘徊しているようだったが、四人で一緒にいる限りは標的にされないと気付き。僕たちはなるべく行動を共にするように心掛けてナンパ回避に成功した。
それからは平和な時間が過ぎていき、あっという間に日が傾き始める。
今さらながら、こんな美少女たちと一日を共にするとかリア充っぽいな。
「識那! もっと砂の城の穴を広げるにゃ! ポン座衛門が通れないにゃ!」
「えっと……わ、わーい。いのりちゃん、もっとトンネル広げたーい」
「……あー、うん。そうだねぇ。それなら思い切って、小型犬が通れるくらいにしちゃおうかぁ。小型犬サイズに拘る意味、特に無いけどぉ」
「なんだか上手いことやれてるね。遠野さんも噛み合うように気遣ってるし」
「まあ、人間好きの河童じゃからな。あの灰谷という男児も、根はいいやつのようじゃし。悪い影響は無さそうでひと安心じゃ。のう、ポン助」
「ポーン♪」
ひと休みしていると、僕の隣で鈴子が背を預けてくる。彼女、自分から僕に触れるのは問題無いみたいだから、たまにこういうことがあるのだ。
そしてポンちゃんは僕の膝の上でまったりし始めた。君のためにトンネルが作られてるんだけど、参加しなくていいの?
なお、美少女に囲まれてリア充死ぬべしと恨まれそうな僕ではあるが。
よく考えたら、うち二人は妖怪幼女である。そしてもう一人というか一匹は男の豆狸だ。可愛いけど。
さらに一人は美少女とはいえ正体が河童だし、本物の美少女ホモサピエンスは識那さんだけという微妙さで。繰り返し言うが、こんな状況はリア充なのだろうか。
まあ、みんな可愛いし、楽しいからなんでもいいんだけどね。
そんなふうに思いながら、僕はやっぱり心地いい時間を満喫するのであった。
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そうして、楽しい時間はあっという間に過ぎていく。
チラホラと帰り支度をする人たちも増え、僕らが事前に決めていた終了時刻まであと三十分くらいと迫った頃。
「にゃあにゃあ。人も減ってきたし、少し散歩してみたいのにゃ」
「そうじゃのう。海辺など滅多に来んし、ワシも賛成なのじゃ」
「ポン! ポーン!」
妖怪組に要望され、僕は彼女らを引き連れて砂浜を歩くことにした。
因みに人間組は灰谷君と識那さん、あと一応遠野さんである。河童だけどね。
それで言ったら僕は何なんだろうと思いつつも、琴子たちが人にぶつかったりしないようにと目配せをする。宇宙組……いや、保護者かな?
「にゃあああ! あっちに岩場があるにゃ! ミケ、競争にゃあ!」
「ポーン!」
「こーら。走ると危ないよ? 誰もいないからいいけどさァ」
「完全に保護者じゃのう。それにしても、あんなにテンションの高い琴子たちは初めて見るわい。ミケと出会えて、本当によかったのじゃ」
「鈴子は燥がないの? いいんだよ、誰も見てないんだし」
「……本当はワシもダッシュしたいのじゃああ! ミケ、ここで見たことは識那やいのりには内緒じゃぞ!? 約束じゃからなあああ!」
「はいはい。まったく……僕も行くぞおおお‼」
一同、羽目を外してテンション高めである。
誰も見ていなんだし、海水浴場の外れだからいいだろう。傍から見たら独りで叫んでダッシュしている男子高校生という痛い図だが、誰も見ていないんだし。
そんなふうに全員で岩場を目指して走っていると、前方にいた琴子とポンちゃんが急に立ち止まって、何かを見つめていた。
そこにあったのは、何やら海藻まみれの塊だった。
「このままだと、死ぬにゃ」
琴子がそう言って指差し、ポンちゃんがフンスと匂いを嗅ぐ物体。
それが何なのかさっぱり分からなかったが、鈴子が近寄って海藻を剥がすと、その全容が明らかになる。
そして僕は漸く、見慣れた頭上のカーソルに気付く。
「……なに、これ? ただの魚にしか見えないけど、海に戻せばいいの?」
「いや、それだと死ぬのじゃ。こいつは魚ではなく人魚じゃからな」
「……へっ?」
鈴子に言われ、改めて見ると。それは頭部に角を生やしており、取り損ねた海藻だと思ったのは髪の毛で。
しかも、顔は人間によく似た……どころか、人間そのものだった。
海水浴の帰り際、僕たちは岩陰で死にかけの人魚を発見したのだった。
そして僕は思う。
人魚って、マーメイドじゃなく日本古来の方か……と。