q4「目的とは」
「ふむ。その点は心配いらないね。というより、是非使ってもらいたいのだがね」
ラスターさんの言葉を聞き、僕はひとまずホッとする。
どうやら今すぐに回収されたり、消されたりすることはないみたいだ。
「それはありがたいですが、是非使ってもらいたいというのは? もしかしてこの球体の実験か何かですか?」
「ふむ。少し違うね。実はキミの記憶情報、人格は未だ球体に馴染んでいない……というより馴染み過ぎると不都合があってね」
「不都合?」
「最高峰の技術、機能が搭載されているわけだからね。超高性能ゆえの急激な負荷がキミの人格を崩壊させないよう、わざと適合率を抑えているのだよ」
パソコンを初めて触る人にVR空間を作れと言うようなものだろうか。たぶん今の僕では機能が凄すぎてどう扱っていいか分からないから、球体のチュートリアルから始めてるところなんだろう。
「キミの人格が崩壊しては意味が無いのだよ。その球体に徐々に馴染んで機能や叡智を上手く取り込めるようになれば、いずれはキミからQ点を説明してもらえるかもしれないだろう? ワタシがキミの記憶を見ることはできても、やはりキミの主観とは違うわけだからね。キミを元の体ではなく球体にしたのはそのためだよ」
「ああ、なるほど。地球人の僕では理解不能でも、ラスターさんの叡智に近付くことができれば上手く説明できる可能性がありますものね」
「ふむ。初期の適合は順調のようだね。さっきよりワタシの話が理解しやすく、考えがまとまりやすくなってきただろう?」
「そう……言われてみれば、そんな気もします」
段々と冴えていく思考。
これは、もしかしたら凄いことになるかも。
「ということは、学校のテストや宿題も楽勝で……」
「ふむ。まあ、それはそうだろうけどね。ラスターの叡智なんだから、もっと高みを目指してもいいと思うのだけれどね」
「……えっと、この体って空も飛べるんですよね。他には何が?」
なんとなくラスターさんに呆れられた気がしたので、慌てて話を逸らす。
想像力が乏しくてすみません。所詮、一介の高校生なので。
「ふむ。キミが想像できるあらゆることが可能だと思うよ。たとえば……」
そう言うと、ラスターさんは再び不思議な「音」を発する。その音はたぶん僕が聞き取れない宇宙人の言葉か何かなのだろう。
ともかく、次は何が起きるのかとワクワクしていると、なにやら周囲の光景が変化し始めた。
「……これは?」
僕の視界に、宙を漂う布切れのようなものや歩く毬藻のような何かが映る。これも立体映像だろうか。
そう思いながら周囲を見回していると、不意に鳥居の陰から現われた白いものと目が合った。
「えっ?」
よく考えたら球体の僕に目なんて無い。つまり相手がこっちを見ただけだ。
そんなことより僕はそれが何なのかを察し、思わず叫ぶ。
「お、お、おばけぇ⁉」
「ふむ。落ち着きたまえ。おばけではないよ」
ラスターさんが冷静にツッコミを入れるが、それどころじゃない。
宙を舞う布切れも、走り回る毬藻も、鳥居の陰の白い奴も、それ以外も。今の僕に見えている全てがおばけにしか思えない。
僕は恐怖で震え上がったが、新ボディの性能かあっという間に冷静さを取り戻してしまう。どうやら、この体で肝試しは望めないらしい。
「……で、これは何なんですか?」
「ふむ。キミは自分に見える世界が全てだと思うだろう?」
ラスターさんはそう話しながら、また「音」を出した。
すると視界からおばけが消え、僕の体も球体ではなく人間の方へと戻る。
「キミたち地球人類で言えば、目で見えている世界は全体のごく一部。その範囲でキミたちが行っている生物の分類学だって穴だらけで、未発見の種だって山のようにいるだろう? ならば見えないだけで未知の世界や生物だって存在すると思わないかね? 同じ地球の上にいても、視覚的異層はもちろんだが空間的、次元的に違えば存在自体に気付くのすら難しい。さらには多元宇宙を渡れば世界の法則さえ違う。話が逸れたが、さっきのは地球人類の見える範囲を超えた不可視の領……」
「あ、あのっ! 僕でも分かるようにお願いします」
「……ふむ。今のキミなら理解可能な話だと思ったのだがね。どうやらラスターのワタシでは、どうやってもキミに難解な話になりがちのようだね。ではここから先はナビゲーションシステムに任せるとしよう」
「ナビ……?」
ナビゲーションシステムとはまるでゲームみたいだなと思いつつ、僕は慣れ親しんだ体で首を傾げた。やっぱり体がある方がいいな、しっくりくる。
「その球体に備わっている機能補助用の疑似人格だよ。キミが知りたいことなら何でも答えられると思うよ」
「この球体のことを、ですか?」
「ふむ。そこに限らず何でもだね。たとえば学校の試験レベルの内容、大学レベルの内容、人類が行う研究の最先端レベル、未知の理論、地球人類では知り得ないこと……とにかく此界のことなら何でもだよ」
「それは凄い。何から何まで助かります」
当分は学校のテスト内容くらいしか聞きそうにないけど、と思いつつ。僕はラスターさんに向かってお礼を言った。
「どれだけ時間がかかってもいいから。そのナビゲーションシステムを活用して球体に馴染んでくれたまえ。キミは現時点ではワタシたちラスターにとって、Q点を解明するための唯一無二の希望なのだからね」
「はい。助けていただき、本当にありがとうございました。どれくらいかかるか分かりませんが恩返しできるように頑張ってみます」
「その時を楽しみに待っているよ。それではワタシはこれで」
僕たちの文化に合わせてくれたのか、ラスターさんは腕を左右に振ってバイバイとジェスチャーをし、間もなくスーッと姿を消してしまう。
宇宙人がいた場所を眺め、僕は濃厚すぎる時間を振り返って溜め息を吐いた。
まさかいつも通りの通学路が、謎現象との遭遇や自身の死、そして宇宙人に出会う場になるだなんて夢にも思わなかったな。
もしも本来の肉体のままだったら、絶対にアワアワ言うだけで終わっていただろう。新ボディのおかげで冷静に考えたり話したりできていただけで。
そう考えてグーッと伸びをし、大きく息を吐く。この体が投影された映像だなんて信じられない。全く違和感が無いんだが。
視線を鳥居に向け、僕は死ぬ前の自身に思いを馳せる。
さっきここでお祈りをして、Q点とかいう現象に巻き込まれて。それなのに今こうして何事も無かったように立っているだなんて、不思議だなあ。
もしかしたらお祈りが神様に通じて、僕は「非日常の世界線」にでも飛ばされたのかもしれない。そんなふうに妄想しながら、僕は冷静な頭で――――
「ヤバい! そういえば遅刻だ! 学校に行こうとしてたの忘れてた‼」
やっとそのことを思い出し、慌てて通学路を走り出す。
たとえQ点が起ころうが、宇宙人との遭遇があろうが、自分自身が「球」になってしまおうが。それでも現実は一切待ってはくれないのであった。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
この四話までが物語の導入部で、ここからはナビや未知の生物たちとのあれやこれやが始まっていきます。主人公の情報や日常なども次話から出てきます。
今作は一話を2000~3000文字を目安に書こうと考えていて、その分全体の話数は多くなるかもしれません。
もし暇で、この作品に興味を持ってくださる方がいらっしゃれば、可能な限りお付き合いいただけたら幸いです。