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q33「遠野さんとは」

かなり長めです。


 夏休みが始まって暫く経過した、七月の下旬。

 無料通話アプリで遠野さんと会う約束をし、その当日を迎える。


 別にデートでもないのに、無駄に気合いを入れた格好をしてしまう。流石は僕、陰キャのプロだ。

 とはいえ僕のファッションセンスなんて高が知れているので、今回は頼りになる二人にアドバイスを求めてみた。


「バッチリにゃ。報酬のツナ缶を忘れるにゃよ?」

「何を言っとる。ワシのおかげじゃろうが。ワシは和菓子でいいのじゃ」


 そう、今回頼ったのは八百歳レディースだ。

 最初は妹に頼もうか悩んだが、女の子と会うとか説明すると面倒臭そうだから、止めておいた。下手すると夏休み中弄られそうなので。


「二人ともありがとう。お礼の品はあとで買ってくるよ」


「にゃあ♪」

「わーい、なのじゃ♪」


 そうして僕は、遠野さんとの待ち合わせ場所へと向かったのだが。

 どういうつもりなのか、遠野さんが指定した場所は()()()()()()で。そんな場所を指定するくらいだし、録な用件じゃないだろう。


 けれど待ち合わせ場所は彼女から一方的に送られてきたもので、しかも変更は一切認められなかったから仕方がない。そもそも詳細を聞く前に会うことを了承してしまった僕にも非があるのだけれど。

 それにしてもこの湖、神社がある山の隣山の中腹にあるのだが、この時期の絶好のレジャー日和でも誰一人近寄ろうとしないのだ。明らかに異常だと思う。


「でも、待ち合わせなら、もっと近くでも、いいのに。なんで、湖……」


 僕は息も絶え絶えに目的地へ歩を進める。折角の身なりも汗でぐちゃぐちゃだ。

 湖のある山は神社の方より大きくて、その中腹の湖までは当然それなりの距離がある。不自然にならないようにと身体強化せず歩いたら、この有り様で。


「嫌な、予感しか、しない……」


 だがしかし、断ったら断ったで後が怖そうだ。

 ならば今回だけ我慢して、あとは夏休み明けまで二度と会わなければいい。そう決意した僕は、憂鬱な気分で苦行に耐え続ける。





「……あ! 柳谷君、こっちこっち」


 やっとのことで待ち合わせ場所に到着すると、先に到着していた遠野さんが手を振って出迎えてくれた。

 かなり早くに着いていたのか、彼女は全く息が上がっておらず、汗も全くかいていない。そもそも夏場の屋外で汗一つかいてないって大丈夫なのか?


「もう来てたんだ。待たせちゃったかな」


「ううん、全然。わたしもさっき来たところ」


「そうなの? それならよかったけど……」


 汗のことを指摘しようとして、彼女が僕に気を遣っていると察した。

 一応は僕も異性だし、きっと早めに着いて汗を拭くなどしたんだろう。その上で僕が待たせてしまったと考えないように来たばかりと言ったに違いない。そうだとしたら、なんて気遣いができる人なんだ。


 そんなふうに想像し、彼女へのイメージを勝手に上方修正する。

 でも、そう考えなければ説明が付かないのも事実だ。まさか()()()()()()()()()()()()()()()()()()()なんてことはあり得ないだろうから。


「それで、今日はどうしたの? こんな辺鄙な場所に」


 不自然にならない程度にアイミスから疲労感を消してもらい、本題を切り出す。

 すると遠野さんは、不思議そうに首を傾げた。


「えー? ここ、いい景色じゃない? デートにはなかなかだと思うんだけど」


「……遠野さん。今日は二人きりなんだから、そういう冗談は止めてくれない? ぼ、僕が変な気でも起こしたらどうするのさ」


 そんなふうに言うと、彼女は一瞬キョトンとした顔をする。

 だが、すぐに大声をあげて笑い始めた。


「あははははっ! なに、柳谷君ってば? 変な気、起こすつもりなの?」


「そ、そんなつもりは無いけどさ。遠野さんは可愛いんだから、もうちょっとガードが固くてもいいんじゃないかって話」


「うえっ? お、おお……そんなストレートに言われると照れちゃうなぁ。あははははっ、でも大丈夫。こう見えてわたし、とっても強いから」


「へっ?」


 そう話す遠野さんからは、強そうな雰囲気など微塵も感じられない。

 女子にしては筋肉が付いてるとか、ガタイがいいというわけでもないし。けれど自信満々に言うってことは、護身術でも習っているのかな?


「それに、柳谷君ならそういう心配は要らないでしょ?」


「……それは僕が貧相って意味かな?」


「あははっ、違う違う。柳谷君って真面目だし、すごく誠実そうだもん。実際三重籠(みえる)と二人の時だって厭らしい目で見たりしてないでしょ?」


「そ、そりゃそうだけど……」


 そんなふうに言われると、なんだか悪い気はしない。

 でも二人きりの時に厭らしい目で見るとか言われると、変に意識しちゃうので止めてほしかった。思春期の男子なんだから。


「そ、それより! 今日の本題はなに?」


「……えへへ、なんだと思う~?」


「えっと、言う気がないなら帰るね。お疲れっしたァ」


「ウ、ウソウソウソウソ! 言うから待ってください! 帰らないでぇ!」


 そうして少し巫山戯(ふざけ)た後、彼女は漸く真面目に話し始める。

 こんな場所で話すくらいだから余程のことと思うが、果たしてどんな内容かな。


「コホン。実は、柳谷君に聞きたいことがあってさ」


「聞きたいこと? それなら無料通話アプリでもよかったんじゃ……」


 僕がそう問いかけると、彼女はニヤリと微笑んだ。

 その刹那、彼女の雰囲気が変わったような気がした。



()()()()がいいの。わたしにとってはね」



 一瞬だけ、彼女を怖いと感じてしまう。それも背筋が凍るような怖さだ。

 湖を背景に立つ彼女には妙な()()があって、強いというのも納得してしまう雰囲気である。さっきまでとは別人みたい。


「……でさ、本題ねっ?」


 だが次の瞬間、ニコッと笑顔を作った彼女はいつも通りに可愛らしくて。

 さっきまでの()()はどこかへ消えてしまい、今はいつもと同じに見える。凍り付くような怖さなんて微塵も感じられない。


「柳谷君、歳はいくつ?」


 そして、彼女はそんなことを尋ねてくる。

 今の雰囲気は何だったのだろうと困惑していた僕は、その質問の意図が分からず更に戸惑ってしまった。


「は? じゅ、十六歳だけど……」


「好きな食べ物は?」


「え? えっと……エビフライ、とか?」


「趣味は?」


「しゅ、趣味? ええと……漫画とか、ゲームとか、色々あるかな?」


 突然始まった怒涛の質問攻めに、僕は碌に考える間も無く答え続ける。

 女子の好きそうな心理テストか何かかと思ったが、どの質問も直接的でそんな雰囲気ではない。本当にどういうつもりなのだろう。


「じゃあ、柳谷君。三重籠のこと、どう思う?」


 すると急に、そんな毛色の違う質問を投げかけられた。

 それまでとは一線を画す問いに、僕は少し考え込んでから答える。


「し、識那さん? 識那さんは、そりゃあ……優しいし、可愛いし、話しやすいし、いい子だと思うよ。けど、それがどうかしたの?」


「……ふーん。じゃあ、わたしのことは?」


「えっ? 本人を目の前にして言うのは……ちょっと恥ずかしいよ」


「いいから、正直に言ってみて」


 さっきほどではないが、妙な圧を感じる。って、これはいつもか。

 彼女の意図がよく分からないままだが、僕は渋々ながら口を開いた。


「……えっと、すごく可愛くて魅力的だと思うよ。揶揄ってくるのは困りものだけど、話してて面白いし、識名さんと仲良さそうなところとか見ているだけで楽しいかも。僕は遠野さんのこと……け、結構好きかな。もちろん恋愛感情じゃなく、人としてね。こ、これでいい?」


「……さようですか」


 言われた通り正直に告げると、彼女は顔を赤くして俯いてしまった。

 そういう反応をされると僕まで恥ずかしいのだが。照れるくらいなら聞くなよ。


「えっと、け、結局今日はどういう……」


 僕まで恥ずかしくなってしまい、思わず顔を背ける。すると近くで待機していた琴子と鈴子がニヤニヤしているのが目に入った。

 まったく、二人とも僕の焦ったり照れる姿を面白がって――――



「……コホン。じゃあ、次が最後の質問ね」



 ――――だが、二人の視線は全くもって僕に向いていなかった。

 その向いている先は、明らかに湖の方向。即ち()()()()()見ていたのだ。


「さ、最後?」


 二人がどうして彼女を見てあんなにもニヤニヤしているのか。不思議に思いながらも、僕は遠野さんの声に反応して彼女に視線を戻す。


「え? もう終わり? じゃあ、何のために苦労してこんな場所まで……」


「いいから、もう少しだけ付き合って。最後も正直に答えてね?」


「う、うん。まあ、いいけどさ」


「えっとね、柳谷君って、たぶん……」


 最後はどんな質問が飛び出すのか。

 溜め息を吐いて待つと、彼女は――――あまりに予想外のことを言い放つ。





「たぶん――――()()()()()()()、妖怪とか見えてるよね?」





 意表を突かれ、僕は激しく動揺する。


 どうしてそんなことを?

 それより、どうして識名さんが見える人だと知ってるの?

 彼女はいったい、何が目的だ?


 球体でも抑えきれないほどの混迷が僕の心を揺れ動かす。疑念が次々に湧いて出るが、何一つ考えが纏まらない。冷静になれない。

 強くなりすぎた鼓動に体がついて行かず、足下すら覚束ない錯覚に襲われる。



 そしてどう答えるのが正解か分からなくなり、混乱のまま頭を真っ白にした僕は完全にフリーズしてしまうのだった。



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