q32「いつでもいっしょとは」
夏休み序盤。
僕はアイミスの助けを借り、速攻で夏休みの宿題を終わらせた。
そして自由な日々を満喫すべく、やりたいことや予定を書き出していく。
「にゃあにゃあ、ミケ? 識那とはデートしにゃいのかにゃ? ひと夏の思い出、契らにゃいのにゃ?」
(契りません。識那さんとはただの友達なんだから、琴子まで遠野さんみたく変なこと言わないでよ)
「なんじゃ、ヘタレじゃのう。男児たるもの、もっと積極的にじゃな……」
(鈴子まで……二人とも恋バナ好きなの? 妖怪なのに)
そんな僕の日常は、いつでも賑やかさで溢れていた。
原因は猫又の琴子と、座敷童子の鈴子である。
鈴子は弥生さんがいなくなったことで、琴子と同じく僕のところに身を寄せていた。他に行くところがあるわけでもなく、僕も二つ返事で受け入れたのだ。
それに座敷童子が家にいると、なんとなくいいことがありそうだし。実際の妖怪にそんな力は無いとアイミスから聞かされていたが。
「ワシも人間の恋バナは好きじゃな。初心な女子と違うて経験豊富な熟女様じゃ、アドバイスも任せるのじゃ」
(……男に体を触られただけで照れる、超のつく乙女のくせに)
「な、なんじゃと⁉ 今、ワシを馬鹿にしたかっ⁉」
「ミケが正しいのにゃ。経験豊富どころか超々初心っ子なのにゃ」
「むおおおぉ! お、おのれら! 祟ってやるのじゃあ‼」
座敷童子の鈴子は、こう見えて男に免疫が無いらしい。
こうして話している分には問題無いのだが、念話を使おうと肌に軽くタッチしただけで大騒ぎだったのだ。今は仕方なく琴子と手を握ってもらい、琴子が僕に触れることで念話できるようにしている。念話は間接でも可能みたいだ。
彼女は離れた場所から人を眺めるのが好きだったそうで、よく天井の梁に登って過ごしていたという。それなら人と接触することは無いよね。
自分から積極的に触れてくる琴子とは対照的に、三歩後ろで話す大和撫子タイプのようで。というか、ただの照れ屋さんかな。
自分から僕に触れるのはまだ大丈夫みたいだが、僕から触れられると乙女心が暴発してしまうらしく。共同生活のルールに「ノータッチ」が義務付けられた。
見た目は琴子と同じ幼稚園児。着ているものは古風な着物。喋り方は昔の人?
なのに男には免疫が無い乙女で、実際は琴子と同様に八百歳超えらしく。漫画のキャラなら、設定てんこ盛り過ぎて胸焼けしそうである。
「まったく、少しはお姉様を敬おうとは思わんのかの」
(オ、オネエサマ……?)
「おい。失礼なやつじゃの」
「にゃははっ。この部屋も賑やかになってきたのにゃ。ポン左衛門もいるしにゃ」
そう言って琴子が頭を撫でているのは、豆狸ことポンちゃんである。
二つの影と言ったが、あれは嘘だ。実は部屋の中にいる妖怪は三人……もとい二人と一匹になっていた。
この豆狸は神社の近くに住んでいて、初めて妖怪が見えるようになった際に目撃した子だ。琴子たちと違って人語は話せないが、念話でなんとなく意思を感じられる。僕の能力が今より上がれば、いずれ意思疎通も可能になるだろう。
それで、どうしてその子が僕の部屋にいるかというと、学校の行き帰りにいつも琴子が声を掛けていたからである。
最初は首を傾げるだけだったが、いつからか僕が「見える人」だと理解したのか家まで付いて来るようになり。玄関前でお座りして待っている姿が忍びなくて、つい部屋に招き入れてしまったのだ。
「ポン助は素直でいいやつなのじゃ。二人とは大違いじゃ」
(そういえばポンちゃんって何歳くらいなんだろ?)
「生まれてから何度か冬を越した頃、人間たちの間で酷い飢饉があったって言ってるにゃ。他の話も含めて考えると、たぶん三百年くらい前から生きてるにゃ」
(それって、まさか享保の大飢饉? ここにも時代の生き証人が……)
この豆狸、言葉が話せないだけで頭はいいようだ。たぶん素の僕よりも。
琴子や鈴子となら意思疎通も可能らしく、二人に通訳をお願いする形でこうして話をさせてもらっている。しかしながら、こんな愛らしい子まで年上とは。
ちなみに、性別は男である。
名前は本人もとい本妖怪が「ポン」と名乗ったらしく、各々が好き勝手に呼んでしまっている。それって鳴き声では……と思わなくもないが。
それはともかく琴子たちと違ってちゃん付けでも怒らないので、僕はポンちゃん呼びだ。それにしても琴子たちのセンス、左衛門とか助ってどうなの?
(おっと、ポンちゃん。今度はこっちに来たの?)
「ポン左衛門はミケの膝の上が好きだにゃあ。鈴子も見習うといいにゃ」
「ワシを豆狸と一緒にするでないわ。女子が男の膝の上で寝るなど端ないじゃろ」
「今はしゅきぴに膝枕とか普通なのにゃ。鈴子は古いにゃ。プークスクスにゃ」
(はいはい、二人とも喧嘩しないの。ポンちゃんと競ってどうするのさ)
豆狸が僕の部屋に来るようになって数日程度だが、彼のお気に入りは僕の膝の上である。まるで猫のように丸まって寝ている姿はキュンと来る。
なお、彼の場合は琴子たちのように話をするのではなく、こうして触れ合ったり撫でてあげると欲求が満たされるらしい。初日はずっと起きていたのに、今ではこの通り寝ている時間の方が長いくらいだ。
……と、そんなことより今は夏休みの予定を考えなければ。
そう思い、僕は改めて机に向かうとスマホを開いた。
(えっと、無料通話アプリを遡りながら予定を整理しよう。灰谷君と遊びに行く約束がとりあえず明日と来週で、識那さんとの妖怪談義の初回が七月の終わり頃。
そういえばクラスメイトの笠井君が、一緒にアイドルのコンサート行かないかって誘ってくれたっけ。けど今回はお金も無いし、パスさせてもらおうかな。
あとは……遠野さんからも「会いたい」ってメッセージが来てたけど、これは本気なのか冗談なのか判断に迷うなァ)
「ミケ、モテモテなのにゃ。とっかえひっかえにゃ」
「リア充ってやつじゃの」
すると、紙に書き出したスケジュールを琴子たちに覗かれ、茶々を入れられる。
リア充扱いは少し嬉しいけれど、たぶん本物のリア充はもっと充実していると思うし、そもそも恋人とか大人数のグループとかで集まるんじゃないだろうか。
(陰キャの僕みたく自分の部屋で引き籠ってないと思うよ、リア充は。きっと一分一秒たりともね)
「それは偏見が過ぎると思うのじゃが」
「けど識那とデートするのにゃ。なら陰キャとか卑下しなくていいと思うにゃ」
(デートではないし、識那さんは優しいから僕の相手をしてくれるだけ。妖怪の件が無かったらあんな可愛い子と接点なんて無かったと思うよ。そんなことより、二人は遠野さんのメッセージってどう思う? これ、どこまで本気かな)
そう尋ねつつ琴子たちを見ると、何故か二人とも苦虫を噛み潰したような顔だ。
二人のことだから「二股だ」とか茶化されると思ったが、どうしたんだろう?
(どうしたの? 遠野さん、知ってるでしょ?)
「……知ってるにゃ。けど、どうにも……にゃあ、鈴子?」
「ワシに振るでない。あの女子はのう……」
(歯切れが悪いなあ。二人とも、もしかして遠野さんのこと嫌い?)
「嫌いではにゃいけど、ウチの口からこれ以上はちょっと……にゃ」
「ワシも、なんとも言えんの。まあ、早めに会っておいた方がスッキリすることは確かじゃろうな」
(そうかなァ? うーん、それじゃあ返事を送ることにするか……)
妙な空気感の二人を疑問に思いながらも、僕は遠野さんと会うことを決める。
だが、この時の僕は夢にも思っていなかった。まさかあんなことになろうとは。
――――波乱の夏休みは、この時すでに幕を開けていたのかもしれない。